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友達

 日が紅く染まり傾きだした夕方。大手門から繫華街まで一通りの案内を終えて、一鉄はお市に連れられ清州城内へと戻ってきていた。


「お疲れ様でした。随分と連れ回してしまったようで……お恥ずかしい……」

「いえいえ……だ、大丈夫です」


 城下に出てからまだ三時間ほどだったが、既に一鉄の身体はそこかしこから悲鳴を上げている。再び空を飛んで戻ってきたのはよかったが、降ろされた時の足に走った久しぶりの筋肉痛は顔を歪めるほどだった。


「でもほんとに……楽しい一日でした。ありがとうございます」


 満身創痍の身体が気にもならないほどに、今の一鉄は興奮していた。

 憧れの時代の憧れの町。見るものすべてが新鮮で、また飽きることのない最高の一日だった。


「それならよかったです。私も……その、とても楽しかったですから」

「ええ。また行きましょうね」


 一鉄がそう言うと、お市は驚いた表情で固まってしまう。

 初対面の女性に対して馴れ馴れし過ぎただろうか?


「あ! えっと、勿論嫌だったらいいんですけど――」

「是非! またお出かけしましょう!」


 勢い良く身を乗り出して食い気味に返事をしたお市に、一鉄は訂正の言葉を詰まらせる。

 びっくりして身を引いた一鉄に気づいたお市は、慌てて身を引くと恥ずかしそうに咳払いする。


「ごめんなさい! その……こうして誘われたのは初めてでしたから……」


 嬉しかったんです、と小声で呟くお市は、戦場で見た凛々しさの欠片もなく、年相応の少女に思えた。

 

「私、友人というものができたことが無くて……それで、こうして一緒に回れたのが嬉しくて……」


 確かに、大名家の者となれば友人を作るのは難しいだろう。それが女ともなれば尚更だ。

 小さく丸まってしまったお市を見て、一鉄はある決心をする。


「……お市様」

「はい......な、なんでしょう......か?」

「さっき言っていたお礼、決まりましたよ」


 恥ずかしさで顔を赤くしたお市は、袖で顔を隠したまま向き直る。一鉄はそんなお市の両肩を優しく、そしてがっしり握る。


「俺と、友達になって下さい」


 同情でも、下心でもない。

 この人と友達になりたいと、一鉄は心の底から思ったのだ。


「あう......えっと、その……」


 正面から真っ直ぐと見つめられて、お市は再び顔を赤くして固まってしまう。

 彼女の胸中には、彼女の今まで感じたことがない熱くむずかゆい感情が溢れていた。

 願い事を言い切った一鉄は、緊張が解けて視界が戻ると、お市の様子と自分の状況を理解し慌てて手を離す。


「すみません! ちょっと熱くなってたっていうか!」

「......本当に、なってくれるのですか?」


 お市は、慌てて離れた一鉄の袖を掴み引き寄せる。

 

「本当に、私と友達になってくれるのですか?」


 袖が切れるのではと思うほど力強く握りしめて、お市は一鉄へ真剣な眼差しを向ける。

 一鉄はその喰いつきように驚いたが、にこりと笑って頷いた。


「もちろんです。ていうか、俺から言い出したことだし......」

「~っ! ありがとうございます一鉄様!」


 お市は袖をつかんだまま嬉しそうに縦に振る。

 一鉄はその様子が可笑しくて息を漏らす.


「どうかされましたか?」

「いや、今日あったばかりの人と、それも女性の方と友達になるなんて思わなかったもんですから」


 思えば、一鉄がこの世界に来てまだ一日も経っていないのである。

 そう考えた瞬間、足にどっと疲れが押し寄せる。

 思わず倒れこみそうになった一鉄を、お市は優しく抱きとめる。

 二人は顔を見合わせて、恥ずかしそうに小さく笑いあうのだった。


「それじゃあ改めて、今日からよろしくお願いしますね。一鉄様」

「こちらこそ、よろしくお願いしますお市様」



「戻ったわ」


 本丸奥の屋敷でくつろいでいた信長の元に、二人のお守を終えた帰蝶が戻って来る。


「どうだった? 二人の様子は?」

「随分と仲良くなっているようだわ。お市ちゃんは落ちたかもね」

「あれは男を知らん。なればそれでよし。一鉄は想像以上に使い道があるやもしれぬからな」


 信長は満足そうな声を上げると、既に暗くなりかけた庭へ出る。

 紅く染まった陽射しが信長の目に突き刺さる。


「......実に激動の一日であった。今日はもう疲れたのう」


 山間に沈む夕日をじっと見つめると、彼はぽつりと呟く。

 帰蝶はそんな夫を背後から抱きしめる。


「明日から、もっと忙しくなるわよ」

「言われずともわかっておる。お主にも、期待しておるぞ」


 夫婦は静かに笑いあうと、屋敷の奥へと戻るのであった。


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