商人 津田兼法
「これが本物の城下町! しかもあの清州だなんて!」
人気のない裏路地を抜けて、大勢の人が行きかう表通りへ出た一鉄は、その賑わう様に感嘆の声を上げる。
「気にいっていただけたようで何よりです。それじゃあ、早速遊び……じゃなくて案内に参りましょう!」
楽しそうに通りに出たお市には、先程までの凛とした武士の面影はなく、一鉄と変わらぬ年頃の女子に見える。その姿に、一鉄は今の正確な年代を聞いていなかったことに気づく。
お市の容姿から見るに彼女の年齢は一八~一九ほどに見えるため、生年月日から逆算すると今が一五六五年頃だと思われる。
しかしこの世界は一鉄が知っている戦国時代でもない。
「早く行きましょう一鉄様! 日が落ちるまでに回れませんよ」
お市は振り返ると、圧倒されていた一鉄の服を掴み引っ張る。一鉄は我に返り、お市に引かれて通りに出る。
気にはなったが、一先ずは楽しい城下町の観光だ。折角美人が案内してくれるのだから楽しまなければ。
一鉄は気持ちを切り替えて、お市の後を追うように通りを進んでいった。
そうして歩くこと約十分。一鉄達は大通りを左に抜けて、一段と活気の溢れる座市通りへ辿り着いた。
「ここが清州城下町一番の市場です。今日は堺から有名な行商人が来ているはずです、急ぎましょう!」
目を輝かせたお市は目の前にある出店へ吸い込まれていく。本当に案内なのかという疑問をかき消して、一鉄はお市の後に続く。
「お久しぶりです兼法様!」
「おや、これはお市様。お久しぶりでございます」
一座の長と思われる男は、久しぶりに見た可愛い少女に頭を下げる。兼法は成長したお市をまじまじと眺めると、感嘆の息を漏らす。
「壱年見ておりませんでしたが、これはまた一段と美しくなられましたな」
「もう、からかわないでください!」
「はっはっはっ。これは失敬。それで、そちらの御仁はどなたでしょうか?」
じろりと、ナマズのように大きな目が一鉄を一瞥する。
「あ、はじめまして! 南一鉄です」
「兄上が新しく迎え入れた家臣の方です」
「それはそれは、大変失礼致しました。某は織田家御用商人を努めております、津田兼法と申します。以後お見知りおきを」
お市からの紹介を聞いて、彼はすぐに表情を和らげる。兼法は不気味な顔立ちから想像できない、随分と優しい言葉使いで挨拶する。
「今日は城下の案内を頼まれたんです。それで、先ずは兼法様に挨拶をと思いまして」
「それは嬉しい限りですな。体格から見て武士とお見受けしますが、何か戦働きを?」
「あ、実は武士じゃないんです。成りたてっていうか......」
まだ戦働きしたことがないんです、と伝えると、兼法はとても驚いて目を見開く。しかし彼は顎に手を当てると、次の瞬間には目の色が変わる。身を乗り出した彼の目は、商人の目そのものだった。
「なるほど......それじゃあ、一鉄殿はまだ魔匠具足をお持ちでないと?」
「はい......」
魔匠具足がどのようなものか一鉄にはある程度察しがついていた。お市や信盛のつけていたロボのような鎧、それが魔匠具足である。
そして兼法が彼の話に喰いついたのは、兼法が魔匠具足の卸元だったからだ。
「ふむ。ということは、後日改めてお世話になりそうですな」
「その時はよろしくお願いします!」
「随分と気に入られたようですね。一鉄様は人から好かれるのが得意なのですか?」
幾つかの手工芸品を買った後、二人は談笑しながら次の場所へと向かっていた。
お市は一鉄が兼法に気に入られていたのを、とても驚いていた。
「え、なんですか急に?」
「兼法様はああ見えて随分と用心深いお方ですから。兄上以外はあまり信用していないのです」
お市のいう通り、兼法は商人の間では変人と言われていたが、それと同時に一流でもあった。金の匂いは見逃さないのが商人。一鉄は彼が自分に向けた視線に納得した。
「そんなことはないですよ。自分の故郷ではよく変人だなんだと罵られていましたし」
友達らしい友達は今まで数えるほどしかできたことがなかった。
一鉄が自虐風に語ると、お市は途端に憤慨する。
「そんなことはありません! 一鉄様は命がけで私を助けてくれた優しく勇敢な方です! 少なくとも、私はそう思っています」
まだ出会って間もないというのに、まるで自分の事のように怒るお市。とても優しい人だと、一鉄は思った。現代に居たときも、ここまで親身になってくれる人はいなかったのだ。
お市は周囲の視線が彼女たちに向いていることに気づき、恥ずかしそうに下を向く。
「失礼しました......。一鉄様、その……あったばかりで変かもしれませんが――」
お市は一鉄に向き直ると、凛とした態度で、まっすぐと一鉄を見つめ口を開く。
「私も兄上も、一鉄様の人間性を信頼しております。ですから、もう少し自信を持ってください。貴方は人を惹きつける魅力があります」
それを言うと、お市は恥ずかしそうに再び歩き出す。随分とおかしな人だが、それでもその言葉に一鉄は胸の中のおもりが一つとれた気がした。
これ程自分を見てくれる人がいるなら、こちらの世界も中々悪くないのかもしれない。早歩きで歩くお市を追いかけながら、一鉄はそんなことを考えていた。
――同刻、清洲城内 信長私室
評定を終えた信長は、広い畳に大紋を脱ぎ散らかすと着替えもせず帰蝶の膝を枕に寝転がっていた。
「それで信盛、かの者を見つけたこと、実に大義であった」
「ありがたき幸せに存じます」
信盛は頭を下げる。主君の判断に半疑であった彼だが、信長から話を聞いた信盛は衝撃を受けたと同時に、主君の判断に感嘆していた。
「それで、一鉄殿を召し抱えたことは良いとして、誰の預かりにいたしますか」
信長お気に入りの臣下を誰の下に置くか。家臣たちにとっては、これが一番大事だと言えるだろう。
「あー......そのことなんだが」
信長は身体を起こすと、頭を搔きながら少し不満そうな様子で告げた。
「あやつは勝家の預かりにする。お市も一緒にな」
「え⁉ か、勝家殿ですか⁉」
予想の斜め上の回答に、信盛は思わず大声を上げる。確かに、秀吉や長秀に預けるよりはましだろうが、一鉄が会ったこともない人物に預けるとは思っていなかった。
「面倒見は奴が一番いい。一鉄の事をしっかり武士にしてくれるだろうて」
「確かに否定はしませんが……相談もなしに決めては、また小言を言われますよ」
「仕方あるまい。お主も林も、六角で忙しいだろう? 勝家の方はもう終わるらしいからな」
「既に書簡は送ってあるの。だから、後は勝家が戻って来るのを待つだけよ」
「うむ。だから、その間の面倒は頼んだぞ信盛」
笑う二人の主君を見て、信盛はその行動力に溜息をもらす。後先を考えないその決断は最早信盛の知るところではなかったが、彼は怒る勝家の顔を想像して只々気が重くなるばかりであった。




