お茶会をしましょう
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──お茶会をしましょう
俺が今回持ち込むのはまた別の品だ。
子供たち用のお菓子、貿易用のお菓子を準備しながら、俺はリーゼロッテさんのために準備したいものがある。
それは紅茶だ。
前にリーゼロッテさんの家で出してもらったお茶は正直微妙だった。だが、調べたところお茶が世界中に広まり始めたのは大航海時代ぐらいからで、それより以前には限定的にしか流通していなかったそうだ。
それならばきっと紅茶は未知の味で、喜ばれるかもしれない。
俺は市内のデパートでちょっといいダージリンという茶葉を買うと、紅茶を入れるのに必要な茶器も一緒に購入した。
それから同じデパートでクッキーとチョコレートを購入。これはお茶菓子だ。
さて、それらを持っていざ異世界へ!
「あ! ジンさ~ん!」
「リーゼロッテさん!」
リーゼロッテさんは散歩中であったらしく、ひとりで村の粉ひき小屋がある付近をぶらついていたところを見つけた。
「今日もいろいろと持ってきました」
「わあ! 楽しみです! 今日も集会場の方に行きますか?」
「それはあとからで。今日はまずお茶会をしましょう!」
「おちゃかい?」
ちゃんとしたお茶がなければお茶会という文化もないのは当然なことで、リーゼロッテさんは俺の言葉に首をひねっていた。
「ええ。まずはリーゼロッテさんの家に行きましょう」
「はい!」
俺たちはリーゼロッテさんの家へ。
「今日の主役はこれです」
俺がトンと机の上に置くのはダージリンの茶葉。
「おおっ! 何やらいい匂いがしますね、ジンさん! これもお菓子ですか?」
「いえいえ。これはお茶です。まずはお湯を沸かしてもらえますか?」
「任せてください!」
俺はリーゼロッテさんがお湯を沸かす間に、ネットで調べた通りにお茶を入れる準備をする。俺自身、茶葉から紅茶を入れた経験はなく、いつもペットボトルの紅茶だったので初体験だ。
ティーポットにふたり分の茶葉を入れる。
「お湯が沸きましたよ~!」
「ここに注いでください」
「はいはい!」
リーゼロッテさんが湧いたお湯をティーポットに注ぐ。
それから持ってきたティーカップ──これはお安いやつ──を並べ、ティーポットでお茶を暫く蒸す……ようにインターネットのお茶の入れ方には書いてあった。
「ああ。凄くいい香りがしますよ、ジンさん!」
「そうですね。そろそろいいかな?」
最後にティーポットの中をスプーンで少し混ぜ、茶こしを使ってティーカップに紅茶を注いでいく。
「さあ、召し上がれ」
初めて入れた紅茶だが、それなりによくできたのではないだろうか? 少なくとも見た目的にはばっちりだ。
「いただきます!」
リーゼロッテさんはまずはティーカップから漂う上品な紅茶の香りを味わい、それからティーカップに口を付ける。すると彼女は目を見開いた。
「お、美味しい! 香りが素晴らしくて、風味は上品なもので……。ジンさん、ジンさん! これは何という飲み物なのですか!?」
「紅茶っていいます。お茶ですね。そして、こうしてみんなでお茶を飲むことをお茶会というのですよ。茶菓子もありますから自由に召し上がってください」
俺はそう言ってクッキーやチョコレートをテーブルの上に並べた。
「いつもとは違ったお菓子ですね? ふむふむ?」
これまではアメやポテチと言ったコンビニでも買える安いお菓子だったが、今回はブランド店のクッキーなどである。リーゼロッテさんはも高級感を感じるのか、クッキーを慎重に手に取り、口運んだ。
「!?」
サクッと軽やかな音がしてクッキーが齧られ、リーゼロッテさんは目を開いたのちに、嬉しそうな笑みを浮かべてさくさくとクッキーと齧っていく。
「ああ。これはいいです。とてもいいものです。さくさくとした食感も、それに反して濃厚な味わいもどれも素晴らしくて、何よりお茶にぴったりです! クッキーを食べたあとにこうしてお茶を飲むと香ばしさが際立ちます!」
「こっちにも似たようなお菓子はないのでしょうか?」
「ううむ。似たような、というか……。恐らくこのお菓子の原材料も小麦であり、このグリムシュタット村にも小麦を固めて焼く文化がありますが……」
「味が違う?」
「全然違います! 私たちの作るビスケットはとても固いし、甘くもなく、保存はできますが正直美味しくないのです!」
リーゼロッテさんはそう熱く語る。
「それに比べてこのお菓子はとてもさくさくで、とても甘くて……」
それから再びリーゼロッテさんはクッキーをかじって満足げに微笑む。
確かに甘いクッキーを作るにはバターや砂糖がたくさん必要だと聞く。砂糖が貴重であるこのグリムシュタット村ではなかなか作れないだろう。
「ああ。お茶会って素晴らしいですね、ジンさん」
「あははは。気に入っていただけたなら何よりです。チョコレートもありますよ」
「チョコレート?」
「これです」
俺はそう言ってちょっと上等なチョコレートをつまんで口に運ぶ。中にアーモンドが入ったやつで甘さと苦さがちょうどよい具合だ。
「ふむ。見た目は何やら不気味な感じもしますが、これも甘く、香ばしい香りです」
初めての人がチョコレートを見たら、黒っぽいそれは食欲をそそらないかもしれないが、何でも試すのがリーゼロッテさんの凄いところだ。
彼女は怖気づくことなく、チョコレートをひょいと口に運んだ。
「もぐもぐ……。おお、これはこれは! 苦みを感じるのにどこか甘くて、中にあるのはこれは木の実ですね! 木の実のしょっぱい感じとまた風味が合わさって……不思議な感触です!」
リーゼロッテさんは食レポをしながらもぐもぐとチョコレートを味わう。
「とにかく、とても、とーっても美味しいです!」
「よかった。口に合わなかったらどうしようかと」
俺はこれからもお茶会が続けられそうで安心した。
「しかし、こうしてもらってばかりではジンさんに申し訳ないです。私に何かできることはありませんか?」
そしてリーゼロッテさんは俺にそう尋ねてきた。
ううむ。どうしたものだろうか。リーゼロッテさんは魔法が使えるので、その魔法の様子をSNSに上げたらバズるだろうが、そんなしょうもないことをして承認欲求を満たしたところで仕方ない。
となると、他に何か頼めることは……?
「ジンさん。お酒は結構飲まれますか?」
そこで不意にリーゼロッテさんがそう尋ねてくる。
「ま、まあ、ほどほどには」
「それならお酒がこれからも美味しく飲めるような魔法がありますよ」
「ええ!?」
も、もしかして、それって……。肝機能を回復させるってことか……?
確かに定期健診でちょっと脂肪肝の疑いがあると言われて心配はしてたけど……。
「試してみますか?」
「ぜひ」
俺はリーゼロッテさんが言うのに乗ってみた。俺には効かなかったとしても、そこまで悪い結果にはならないだろう。……多分。
物は試しだ。リーゼロッテさんだって未知のものに次々に挑戦してるんだから、俺だって挑戦してみよう!
「では、掛けますね。服を上げてください」
「は、はい」
リーゼロッテさんに言われて俺はシャツを上げ、リーゼロッテさんが医者がするように腹部に手を置いた。
「おおっ!?」
それから淡い光がぼんやりと俺の腹部に浮かび、お腹が温かくぽかぽかしだした。
「はい! ばっちりです!」
それからリーゼロッテさんが手を放してにこやかにそう告げる。
「ありがとうございます、リーゼロッテさん」
「いえいえ。ただ、もうひとつだけいいですか?」
「何でしょう?」
リーゼロッテさんが続けるのに俺は首を傾げる。
「そろそろ他人行儀なのはやめませんか? 私のことはリーゼと呼んでください! もう『さん』はいりませんよ」
「そ、そうですか。なら、これからお願いし……するよ、リーゼ……」
「はい、ジン! よろしくね!」
こうして俺とリーゼの距離はちょっと縮まったのだった。
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