貴族の反応と怪しい古物商
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──貴族の反応と怪しい古物商
グリムシュタット伯アルノルトと娘のニナは隣接するローゼンフェルト辺境伯領へと向かっていた。ローゼンフェルト辺境伯リヒャルトが催す、娘のカタリーナの誕生日を祝うパーティに招待されたのだ。
しかし、アルノルトとニナの目的はそれだけではなかった。
彼らは仁から購入したお菓子を持ってローゼンフェルト辺境伯領に向かっていたのだ。当然ながらそれを売買するためである。
「ようこそ、アルノルト卿、ニナ嬢」
「ご招待に感謝します、リヒャルト閣下」
リヒャルト自らがアルノルトとニナの出迎えた。
さて、このローゼンフェルト辺境伯というのは、国境地帯を任されている。そして、国境地帯は戦場になるリスクがあるが、同時に隣国との貿易や交流が盛んな場所にもなっている。
今回のカタリーナの誕生日パーティにも国内貴族はもちろんとして、隣国の貴族なども招かれていた。
しかしながら、それらの貴族がアルノルトとニナに向ける視線は冷ややかだ。
それはグリムシュタット伯というのが、ぽっとでの新興貴族だからだろう。事実、アルノルトがグリムシュタット伯に封じられたのはここ最近のことであり、領地にあるのもグリムシュタット村くらいの田舎者なのだ。
「見て、あの田舎者。何を持ってきたのかしら?」
「大したものじゃないでしょう」
貴族の妻や娘はそうアルノルトたちの姿を見てひそひそと蔭口を叩く。
だが、当のアルノルトとニナは堂々としていた。彼らは今回、自分たちを見る目が一変することを理解していたからだ。
「誕生日おめでとうございます、カタリーナ嬢」
「ありがとうございます、アルノルト卿」
アルノルトはパーティの主役であるカタリーナに挨拶。
「我々からささやかですが贈り物がございます。どうぞお受け取りください」
アルノルトがそう言い、ニナが袋に入れて隠していたお菓子の袋をカタリーナに手渡した。写実的な果物のイラスが描かれた、見たこともない艶やかな袋を前にしてカタリーナがあっと驚く。
「あ、あれは!」
周りにいた貴族たちもそのアメの袋を見て驚きの声を思わず漏らした。
まるで果物をそのまま袋の表面に閉じ込めたかのような美しいデザインが貴族たちの目を引く。袋そのものも普通に使われている布などの材質とは明らかに異なる材質のもので、謎を呼んだ。
「こ、これは……」
「お菓子でございます。こうして封を開けて、中のものをご賞味ください」
アルノルトがナイフで袋の上部を切って開き、中のアメをカタリーナに差し出す。
アメと言われてもこの世界にはそんな砂糖の塊を味わう文化も技術もなかった。周りの貴族たちも不思議な色をしたお菓子は実は毒だったりしないだろうかと、不安そうに見つめている。
そのアメを恐る恐るカタリーナは口運び──。
「まあ! なんて美味しいのかしら!?」
彼女が食べたグレープ味のアメの甘みにカタリーナは目を見開く。
「これはとても甘いですが、どこかブドウの風味もして上品な……。とても素晴らしい贈り物です。ありがとうございます、アルノルト卿!」
「いえ。我がグリムシュタット伯領の新しい名産として考えているものですので、カタリーナ嬢に気に入っていただけて我々も嬉しく思います」
アルノルトはここで貴族たちに聞こえるようにそう言った。
これはニナの考えた作戦だった。辺境伯の娘として東西の美食を知っている彼女が、ここで日本のお菓子の美味しさを伝えればきっとそれは貴族たちに大きなインパクトを与えると彼女は計算したのだ。
「アルノルト卿。そのお菓子についてお聞きしたいのだが……」
「ええ、ええ。答えられることであれば」
早速、貴族のひとりがアルノルトに歩み寄って遠慮気味に尋ねてくる。
ニナはしめしめと思いながら、その様子を眺めていた。
* * * *
アルノルトさんとニナさんとお菓子の値段を交渉し、それから実際に取引したことで俺は大金を手にしてしまった。大金といっても文字通り金貨なのだが……。
これをどう現金化しようと思っていたとき、祖父の家の近くに古物商がいるということを知った。だが、おかしなことにそんな店があったということを俺は直近まで気づかなかったのである。
まあ、物は試しと俺は金貨が入った財布を抱えて古物商の店舗に向かった。
「随分とレトロな……」
信楽焼のタヌキがお出迎えする古物商の建物はとても古びており、ちょっと心配になるものであった。
「すみませーん」
しかしながら、金貨を現金化しないことには商売は続けられない。俺は意を決して古物商の曇りガラスの戸を開けて中に入った。
「はいはい。いらっしゃいねぇ」
中にいたのは30代前半ほどだろう若い女性で、丸い眼鏡をかけた──何というか言っては悪いがタヌキっぽい感じの人だった。
その人は木製のカウンターの向こうに座っていて、机の上には『商売繁盛』と書かれた招き猫の置物とやっぱり信楽焼のタヌキが鎮座している。
「どうしたのかねぇ?」
「えっとですね。金の買い取りってお願いできますか?」
間延びした声で店の人が尋ねるのに俺はそう言ってアルノルトさんから受け取った金貨を1枚、カウンターの上に載せた。
「ほうほう。これはこれはぁ……」
店の人は手袋をした手で金貨を持ち上げていろいろと調べたのちに、測りに載せてその重さを計測。金貨1枚の重さはほぼ5グラム程度であった。
「これなら8万5000円だよぉ」
「ええ!? そ、そんなに……?」
「今のレートはそれぐらいだからねぇ」
数百円のお菓子が8万円以上に化けた!
「ほ、他にもあるんですけど一緒に買い取ってもらうことはできますか……?」
「ふむふむ。見せてごらんねぇ」
「これです」
俺はアルノルトさんから受け取った金貨を全てカウンターの上に置く。
店の人は同じように金貨を調べると、同じように測りに載せて計測。
「全部買い取るなら42万5000円ってところだけど、いいかいねぇ?」
「お願いします!」
「はい。なら、交渉成立ねぇ」
店の人俺に札束をボスッと手渡す。
「またおいでぇ。また金貨が手に入ったらねぇ」
「はい!」
金貨を現金化するという最大の問題があっさりと解決し、俺は胸をなでおろした。
「しかし、何だか怪しげな店だったよな……?」
地球のものですらない未知の金貨を出所も聞かずにすぐに現金化してくれた。これまで俺は金や銀を現金化したことがないので分からないのだが、そこら辺は特に気しなくていいのだろうか?
……いや、そんなことないよな?
いまいち釈然としないものを感じながら、俺は祖父の家へと戻った。
さて、これで異世界貿易は継続できそうだが、次は何を持って行こうか? お菓子ばかり持ち込むのもどうかと思うんだよな。
俺は祖父の家への道すがらずっと考えを巡らせていた。
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