グリムシュタット村での貿易が始まりました
……………………
──グリムシュタット村での貿易が始まりました
地球では銀貨1/4枚は200円程度の価値だが、この世界では銀貨1枚は庶民の一日の稼ぎに相当する。
それなのにニナさんはアメ一袋=銀貨1/4枚は『安すぎる』と言うのだ。
「自分も商売人ですが、まさか商品が安すぎると指摘されたことは初めてです」
これまでサラリーマンをやってきて、営業などを経験したが『高すぎるから値下げしてくれ』と要望されたことはあっても『安すぎるから値上げしてくれ』と言われたことはなかった。
「イメージとあなたへの報酬の問題です」
ニナさんはそう言う。
「私はこのお菓子を高級品として売り出したいと思います。貴族や豪商など一部の人間の間で高く評価される商品として。ですが、この商品が売りに出されれば必ず誰かが『この商品はどこで作られているのだろう?』と疑問に思い、調べるでしょう」
「そのときあまりに安値で取引されていると、高級感が薄れてしまう、と?」
「まさにです」
なるほど。そういう話は聞いたことがある。一部のメーカーが小売りに『値下げせずに売って!』と頼むことはあった。それまはメーカーの商品のブランドイメージを守るためだったりする。安すぎるとやはりブランドイメージに悪い影響が出るのだろう。
まあ、これは独占禁止法に引っかかるのだが。
「それにです。私はこれを大金で売ろうとしているのに、ジンが銀貨1/4枚しかもらえないのではシンプルにずるいでしょう? もちろん私は貴族への販路というものを提供しますが、この商談の主役はあなたです、ジン」
「そ、そうですね。確かに自分も利益が生まれればいいとは思いますが……」
ニナさんはどうやら俺にも損をさせないようにと思って、高値で買い取ることを提案してくれているらしい。それは正直嬉しい反面、俺はリーゼロッテさんたちへの恩返しのためにもこのお菓子を持ってきたので複雑だ。
そこで俺はその懸念を伝えることにした。
「あの、グリムシュタット村で振る舞う分には銀貨1/4枚でもいいでしょうか? 自分がお菓子を持ってきたのはリーゼロッテさんたちに祖父の恩返しをするためでして……」
「ふむ……。それは……」
「お願いします」
俺はニナさんとアルノルトさんに頭を下げて頼んだ。
「素晴らしい。本当にジン君は義理堅いのだな。そうであれば私たちも考えよう」
ここで声を上げたのはニナさんではなく、アルノルトさんだ。
「このグリムシュタット村内では異世界のお菓子は無税とするが、グリムシュタット村から持ち出す分には税をかけるとしよう。そうすれば我々は利益が得られるし、ジン君もグリムシュタット村内ではお菓子を振る舞える」
「そうですわね。今のところはそれぐらいしか解決策がありません。今はこのお菓子はグリムシュタット村だけの秘密の技術で作られていることにしましょう。それでよいでしょうか、ジン?」
アルノルトさんとニナさんがそう言って俺の判断を求める。
「ええ。それでしたらありがたいです」
今の俺は正直、お金には困っていない。むしろ、異世界の金銀を渡される方がちょっと困ってしまう。
「そもそもグリムシュタット村から輸出すると、流通の段階でかなり高価になるだろうしね。この村は辺鄙なところにあるから。あははは」
「あははは、ではありませんよ、お父様。このグリムシュタット村を辺鄙な村で終わらせないために今回の商談が重要なのです」
「そうだな、そうだな。降ってわいた幸運だ。生かさなければ」
アルノルトさんとニナさんはそう言葉を交わしていた。
「では、具体的な買取金額ですが、このアメというお菓子一袋ならば金貨1枚、いや2枚でどうでしょうか?」
「本当に金貨を……?」
「ええ。どうでしょうか?」
「その、実物の金貨を見せてもらえますか?」
「もちろんです」
そう言って俺はニナさんに金貨を見せてもらった。
「これ1枚で馬が1頭を買え、農家ならば1年は暮らせる食料が買えます」
本当に金貨だ。それも4、5グラムくらいはするだろうか。今のレートは詳しくは知らないが、金が4、5グラムともなれば銀貨より遥かに上のはずだ。
「分かりました。金貨2枚でお願いします。それで得られた利益は、新しい品を持ち込むときに利用させていただきます」
「おお。それはありがたい。異世界にはこのような品がもっとたくさんあるのかね?」
「ええ。役に立てそうな品はいろいろありますよ」
まだまだ異世界持ち込めそうで、喜ばれそうな品はある。この異世界貿易で得られる利益は、それを持ち込むための軍資金させてもらおう。
「それでは商品ごとの値段はこれからじっくり決めていきましょう。両方が利益になるように」
「はい。そうしましょう」
ニナさんがそうこの場を締めくくり、俺はアルノルトさんとニナさんに頭を下げた。
それから一度俺は帰宅することになり、リーゼロッテさんと城を出る。
「何だか大ごとになってしまいましたね、リーゼロッテさん……」
俺はもっと駄菓子屋的に異世界のお菓子をこっちで売ることを考えていたのだが、どういうわけか大金が動く一大事業になってしまった。
「けど、グリムシュタット伯閣下はジンさんを気に入ってらしたようですよ。やはりジンさんがいい人であることはすぐに伝わったようです!」
「そ、そうでしょうか?」
「そうです、そうです」
これぐらいでいい人と褒められるのは何だかこそばゆい気持ちである。
「ところで、ジンさん。ジンさんはどうやって異世界からグリムシュタット村に来ているのですか?」
「ああ。それですね。普通に扉があるんですよ。異世界に繋がっている」
「なんとーっ! その扉って私にも見せてもらうことはできますか?」
そうわくわくと目を輝かせリーゼロッテさんが尋ねてくる。
うむ。リーゼロッテさんにならば、倉庫の扉のことは明かしていいと思った。というよりもリーゼロッテさんを俺の暮らす地球に案内したいとも思っていたのだ。
「もちろんです。村の外れにあるんですよ」
俺はそう言ってリーゼロッテさんを異世界に繋がる倉庫のある場所まで案内したのであるが……。
「ほら。ここに扉があるでしょう?」
「???? どこに扉が……?」
「え?」
リーゼロッテさんが俺が倉庫の扉を指さすのに首をひねっている。
「ほ、ほら。こうして向こう側に行けますよ」
俺は扉を潜って地球に方に向かって見せたが──。
「ジ、ジンさん! 今、いきなり姿が消えていましたよ!?」
「ええっ!?」
それからいろいろとやってみたが、倉庫の扉はリーゼロッテさんに全く認識できないと分かった。それに加えてリーゼロッテさんが地球側に向かうこともできないということが判明したのだった。
「う~む。残念です……。一度でいいのでジンさんが暮らしている世界を見て見たかったのですが……」
「俺も残念です。リーゼロッテさんに地球を案内したかったのですが……」
俺とリーゼロッテさんはお互いにがっかりしていた。
「これも何かの運命なのでしょう。ジンさんはこれからもグリムシュタット村に来てくれますよね?」
「もちろんです。アルノルトさんとニナさんとの取引もありますし、まだまだリーゼロッテさんへの恩を返せたとは言えませんから」
「恩だなんて。もういいんですよ。私は友人としてジンさんに来てほしいです!」
そう言ってリーゼロッテさんは俺にハグをする。
リーゼロッテさんから甘いいい匂いが漂ってきて、その、リーゼロッテさんの柔らかい体の感触もローブ越しに伝わってきた。
「え、ええ! これからも友人として仲良くやっていきましょう! 友人として!」
俺はちょっと挙動不審気味にそう返す。
「うふふ。楽しみにしてますね!」
「は、はい!」
俺はその後のリーゼロッテさんのニコニコの笑顔が美人過ぎて直視できなかった。
……………………




