王都の宴の話
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──王都の宴の話
枕が売れ始めたころ、アルノルトさんがヴォルフ商会の事務所を訪れた。
「ジン君。ちょっといいかい?」
「なんでしょう、アルノルト様?」
アルノルトさんはいつもよりにこにこしてヴォルフ商会のソファーに座った。
「今度王都で国王陛下の在位10年を祝う宴が開かれることになったんだ」
「おお。それにお酒などを売り込もうということでしょうか?」
「話が早いね。その通りだ。国王陛下はヴォルフ商会でジン君が持ってきてくれたお酒を気に入ってくださっている。売り込むチャンスだ」
「それはある意味責任重大ですね……」
今度はお忍びの宴ではなく、公式のパーティだ。それにお酒を売り込むとなると、いろいろと厳しく調べられちゃうかも?
「大丈夫。ヴォルフ商会には信頼もあるし、国王陛下の覚えもめでたい」
そんな俺を安心させるようにアルノルトさんが言う。
「なら、張り切っていろいろ仕入れてきますね」
「よろしく頼むよ」
さあて、今回もお酒の調達だ。いつものようにドラッグストアで仕入れてもいいのだが、国王陛下の公式な宴で使われるのだから市内の商業施設で仕入れてもいいかも?
市内の商業施設には昔、大きなワインのお店とかあったんだけど、今はどうなんだろう。しばらく熊本を離れていたからなぁ。
「けど、せっかくだから珍しいお酒ということで……」
ワインは国王陛下は飲み飽きているかもしれない。
それならヴォルフ商会だけが扱える品として焼酎や日本酒なんかを持っていくと珍しがられて喜ばれるかも?
「そうと決まれば!」
俺は焼酎と日本酒を買いあさる。
安酒ばかり飲んでいた味の分からぬ貧乏舌な俺なので基準は自分の飲みやすさとあとは値段だ。あとは店員さんにも一応飲みなれてない人向けのものを尋ねて、初めて焼酎や日本酒を飲むであろう国王陛下のために品を選ぶ。
「よーし、これだけあればいいだろう!」
もう自分で酒場が開けそうなほどお酒を買い込んだ俺はリーゼのためにも梅酒を買っていく。リーゼは梅酒が大好きだからね。
そして、俺は異世界へと戻った。
「あ、ジン! 今日はどうしたの?」
「アルノルト様に頼まれてね。お酒を買って来たんだ」
「へえ。何かあるのかな?」
「それがね。国王陛下が王都で宴を開かれるんだって。その宴のためのお酒だよ~」
「おお。それってつまり王室御用達になったってこと?」
「そうかも?」
王室御用達ってなんとなくよさそうだと思っていたけれど実際凄いんだろうか?
「わああ! それはすごいよ! 私たちも王都に招待されちゃったりして!」
「あはは。それはそれで困るなぁ……」
未だに貴族や王族相手の礼儀作法を覚えたとは言い難く、俺はアルノルトさんたち以外の貴族と接する機会は避けたかったのだ。
「そうだね。私たちは私たちでもう十分に成功してるし。無茶はしなくてもいいよ」
「ありがとう、リーゼ」
「へへっ。でも、王都にはいってみたいなぁ」
「そのうちクリストフさんに案内してもらっていってみようか?」
「うんうん。この国でもっとも栄えている場所みたいだからね。きっといろいろなものがあるんだろうなぁ……」
そこでふとリーゼが思い出したようなはっとした顔をする。
「ジンの国の王都はどんな感じだったの?」
「俺の国の? 東京っていうんだけど、何というか行ったばかりのときは凄く疲れたよ。人混みが凄くてさ。俺は田舎の出身だったから特にね」
「人がいっぱいいるんだ……」
「写真があるよ。ほら、これ」
俺はスマホで取った渋谷のスクランブル交差点の写真を見せる。俺がお上りさんだったときに取った写真だ。
「……わあああ……。予想していたのと10倍くらい差があったよ……」
リーゼは驚きに目をぱちくりさせていた。
「俺の国は人口が偏っているからね。地方はどんどん過疎化してて、こんな光景が見られるのは東京だけだよ」
「そうなんだ。みんな便利な王都に住みたがっているのかな?」
リーゼはそう首をかしげる。
就労の機会やサービスの質を考えるならば、確かに東京は他とはレベルが違う。地方都市は人口減少がサービス低下につながり、そのせいでさらに人口が減少する悪循環だからね……。
「さて、ではそろそろアルノルト様たちにお酒を渡しに行こう。運ぶのを手伝ってくれるかな、リーゼ?」
「任せて!」
そして、俺とリーゼはアルノルトさんたちにお酒を渡すべくお酒を運び始めた。
「アルノルト様。ご注文のあったお酒です」
「おお。ありがとう、ジン君。それにリーゼロッテ君も」
アルノルトさんはたくさんのお酒に満面の笑み。
「おや? 今回のお酒には以前飲んだショーチューとニホンシュが含まれているね」
「ええ。ワインは皆さん飲み飽きているかもと思って変わったものを」
「いいね。国王陛下も喜んでくださるだろう。早速、王室からヴォルフ商会に向けてお酒を購入したいという申し出も来ていたから、その契約を取りまとめてくるよ」
「はい!」
そうしてアルノルトさんとニナさんは王都に向かっていった。
* * * *
それから数週間後。
アルノルトさんとニナさんがグリムシュタット村に帰ってきた。
アルノルトさんたちは帰ってくるとすぐににこにこの笑顔でヴォルフ商会の事務所を訪れた。その笑顔からして商談は上手くいったに違いない。
「どうでしたか、アルノルト様?」
「ああ。宴はまさに大成功だったよ。国王陛下はジン君が持ち込んでくれたお酒に大満足だった。他の貴族たちも大喜びでね。あとからヴォルフ商会と取引したいという申し出が山ほどあったぐらいだ」
「そうだったのですか。それはよかったです」
「そして、だよ。国王陛下は褒美に新しい領地と褒美をくださった。これは全てヴォルフ商会の売り上げになるよ」
そういうとドンとアルノルトさんが金貨の詰まった革袋をテーブルに置く。
「おおーっ! 本当に大成功だったのですね!」
「そうとも。これもジン君のおかげだ」
いやはや! 流石は国王陛下というべきか。報酬はこれまでの売り上げとは桁が違うようだった。
「国王陛下は特にイモジョーチューというのがとても飲みやすいと気に入られてね。これからもヴォルフ商会から仕入れたいとおっしゃっていた。可能だろうか?」
「ええ。可能ですよ。いろいろとお持ちしますね」
「よろしく頼むよ、ジン君」
アルノルトさんはそう言って頭を下げる。
「ところで、アルノルト様。ヴォルフ商会は王室御用達の看板が手に入ったりしたんでしょうか?」
ここでリーゼがアルノルトさんにそう尋ねる。
「もちろんだよ。王室御用達の看板を掲げることも許された。これからは王室御用達のヴォルフ商会だ」
「おおー! やったね、ジン!」
リーゼはとても嬉しそうに俺をハグする。
こうしてヴォルフ商会はちょっとした知名度と大きな名誉を手にしたのだった。
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