快眠枕
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──快眠枕
それから俺たちは寝具を売れないかとクリストフさんに相談することにした。
「ほう。これは本当に柔らかくて素晴らしい枕ですね!」
クリストフさんは俺の渡した枕をぽんぽんと叩いてそういう。
「どうでしょう? 売れそうでしょうか?」
「そうですね……。まずはこの枕の良さを知ってもらう必要がありそうです。今までの枕はこれほどの品ではない反面、とても安いものです。ですから、高いお金を払ってでも枕を変えようという人を作らなければ」
「う~ん。そうですね。これまでの商品と違って一目で製品の長所が分かるわけではないですし……」
紙は白いだけで驚かれた。ボールペンだって一度書いてみればすぐに良さが伝わった。しかし、枕となると一度寝てみなければ分からないものである。
「有力な貴族に紹介して、それで評判が広がるのが一番早いのですが……」
「つまり宣伝が必要ですね」
「ええ。宣伝が必要です。それも飛び切り有力な宣伝が」
俺とクリストフさんはそう言葉を交わし、考え込む。
「アルノルト様たちにも頼んでみましょうか?」
「そうですね。貴族が相手となると貴族の方にお任せするのが適切でしょう。アルノルト様はいろいろと伝手をお持ちのようですし」
「では、頼んでみます」
俺はアルノルトさんに枕の宣伝してもらえるか頼んでみることに。
俺とリーゼ、クリストフさんは枕を抱えてアルノルトさんに会いに行く。
「やあ、ジン君。新しい商品の紹介をしてくれるとか?」
アルノルトさんとニナさんがやってきて、応接間でいつものように話が始まる。
「はい。今回はこの枕を売り出そうと思っているのです」
「枕かい? 今回は地味なんだね?」
俺は枕を取り出すとアルノルトさんは首をかしげる。
「いえ。お父様、これはただの枕ではなさそうですよ」
ニナさんは枕に触れてみてそう言う。
低反発クッションのとてもやわらかな枕に触れたニナさんは驚きながらも、その価値を理解し始めていた。
「これは今までの枕よりずっと柔らかです。これまでの枕は固くて、寝苦しい時もありましたが、これならばよりよい眠りが得られるかもしれませんよ?」
「その通りです。快眠のための枕なのです」
ニナさんが商品を見定めるのに俺は頷いた。
「そうであれば、お父様。交流のある貴族に売り込みましょう。特にお酒を気に入った貴族ならばヴォルフ商会の商品を比較的簡単に受け入れてくれるはずですよ」
「それもそうだね。久しぶりに私たちが頑張ってみようか」
という流れになり、アルノルトさんたちが枕の販売と宣伝をやってくれることになった。アルノルトさんとニナさんはこういうときに心強い!
「それでは私の方はフリーデンベルクで有力者たちに売り込んでみます」
「私は枕を使ってみた感想を書いておくよ~! 売り込みに使えそうなものを!」
俺たちはそれぞれそう役割分担して、新しい商品である枕を売り込むことに。
よし。頑張るぞー!
* * * *
アルノルトとニナはそれから知り合いの貴族に枕を振り込むことに。
最初に売り込んだ相手はローゼンフェルト辺境伯リヒャルトだ。
「これは枕、かね、アルノルト卿?」
新しいお酒やお菓子の売り込みかと思ったら思ったのと随分違うものが提供されて、リヒャルトは怪訝そうに首をひねる。
「ええ。枕です、リヒャルト閣下。それもとてもよく眠れ、翌朝の体の調子も改善する枕ですよ。一度お試しになってみませんか?」
「ふむ。構わないが……」
リヒャルトは枕をへこませたりして、その柔らかさに驚いていた。
「ところで、アルノルト卿。王都の話は聞いているかね?」
「王都で何かあったのですか?」
「うむ。国王陛下の在位10年を祝って宴が開かれるそうなのだ。まだ招待状は配られていないが、アルノルト卿も呼ばれるだろう。何せ貴公はあのヴォルフ商会の人間で、国王陛下もお気に入りのお酒を扱っている」
「おお。それは嬉しいことですな」
アルノルトも王都にはあまり縁がない。彼はグリムシュタット領という辺鄙な場所を収めるただの地方領主に過ぎず、これまで王都の大舞台に立つことはなかったのだ。
それが仁とヴォルフ商会のおかげで変わりつつあった。
「国王陛下はやはり酒をお求めになるだろう。そして、今回は献上という形ではなく、王室が宴のためにヴォルフ商会から買い上げる形になるはずだ。商売のチャンスだぞ、アルノルト卿。私もできることは協力しよう」
「光栄です、リヒャルト閣下」
「私も随分と美味しい思いをさせてもらったからね。二重の意味で」
政治的に美味しく、味として美味しい思いということだ。
「それでは枕の方は試してみよう」
「気に入られたら他の方にも紹介されてください。ヴォルフ商会の新しい商品となりますので」
「もちろんだ」
こうしてリヒャルトに商品を売り込んだアルノルト。
彼が売り込んだ枕はそれからリヒャルトに気に入られ、彼の紹介で他の貴族にも広まることになる。
* * * *
「これは素晴らしい眠りが得られたよ、クリストフ君」
そういうのはフリーデンベルクの市長ゲオルグだ。
「翌朝の疲れがずっと取れてね。肩の調子もいい。これはありがたい商品だね」
ゲオルグは市長という仕事上、机に座って作業している時間が長い。そのせいで肩こりに悩まされていた。だが、クリストフが持ち込んだ枕はその肩こりを緩和してくれたのだ。これは嬉しいことだ。
「それは何よりです、ゲオルグ様。これからヴォルフ商会でこれを売り出そうと思っているのですが、この枕の良さをまずは人々に伝えなければと思いまして」
「私にできることならば手伝おう。宣伝が必要なのだろう?」
「ええ。まさに。知り合いの方々の紹介していただけると助かります」
「分かった。無料でこれだけの商品をサービスしてもらったんだ。手伝うよ」
「ありがとうございます!」
こうしてフリーデンベルクでもヴォルフ商会の枕が出回り始めた。
フリーデンベルクは商業都市なだけあって、ゲオルグ同様に事務仕事が多い人間が多数存在している。彼らも慢性的な肩こりなどに悩まされており、加齢とともに睡眠でそれらが回復しなくなっている。
そこにもたらされた枕は劇的な変化だった。
最初は枕に大金を支払うなんてと思っていた人間たちも、枕を変えて肩こりが治ったなどの噂を聞くと興味を示し始める。そして、ヴォルフ紹介に在庫はあるだろうかと問い合わせるのだった。
口コミで枕の話が伝わるごとに商品は売れていき、遥か王都から噂を聞きつけて買いに来る人間も出始めた。
そういうことで枕の販売は好調となり、ヴォルフ商会の名はまた広がったのだった。
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