穴のある甘さ
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──穴のある甘さ
俺とリーゼはドーナツ作りに挑戦している。
「材料は……小麦粉、卵、牛乳。バター、あとは砂糖だけど……」
「砂糖はジンが持ち込む分しかないね。はちみつで代替するのはどうかな?」
「うん。まずはそれでやろう」
今回は可能な限りこちらにあるもので作ることにした。
なので、ベーキングパウダーも使わず、酵母で発酵させて生地も膨らませる。砂糖は使うものと使わないものに分けて、味を比べてみることに。
これを作るのにはリーゼの他にグリムシュタット村でパンを焼いている人の手を借りた。俺はこういうお菓子作りの経験が皆無だからね……。
「ほうほう。面白い形のパンになるんですね」
俺がパン職人の人に完成品のドーナツとそのレシピを見せるのに、彼はうんうんと興味深そうに頷いていた。
それから作業が始まり、俺とリーゼはパン職人の人の補助をしながら、ドーナツを作っていく。グリムシュタット村の小麦を生地にしたものを捏ねて、発酵させて、ドーナツの形に仕上げていく。
それからドーナツを油で揚げる。
パン職人さんは興味深そうに俺たちがパンを油で揚げるのを眺めており、香ばしい香りが漂い始めるのに子供たちがやってきた。
そうして出来上がったのは穴の開いた基本的なドーナツと一口サイズのドーナツだ。
「味見してみようか」
「うん! 楽しみ、楽しみ~!」
俺たちはまずは砂糖を使わなかった方にはちみつを付けてぱくり。
「おお? 甘さは控えめだけどふんわりしてていい出来だ! ドーナツの触感にちゃんとなっているよ!」
「そうだね! とっても美味しいよ!」
外はサクッと中はふわっとで出来立てのドーナツはとても美味しい!
「砂糖を使った方も美味しいね」
「こっちはこっちで別に美味しさがあるかな?」
はちみつの甘さと砂糖の甘さは割と別ベクトルだ。
「ねえねえ。それ、新しいお菓子?」
「そうだよ~。食べてごらん!」
「わーい!」
子供たちはドーナツを掴むと早速ほおばり、笑みを浮かべる。その笑顔だけでどれだけ美味しかったか伝わるというものだ。
「アルノルト様やニナ様にも試食してもらおう」
「そうだね。きっと気に入ってくださるよ!」
俺たちはドーナツをバスケットに詰めて、アルノルトさんたちのいる城に向かう。
いつものように俺たちは応接間に通され、アルノルトさんとニナさんがやってきた。
「ジン君。この村にあるものでお菓子を作ったときいたが、どのようなものだい?」
「こちらになります、アルノルト様」
俺とリーゼはアルノルトさんとニナさんにバスケットを差し出し、アルノルトさんは甘い香りが漂ってくるそれを開いた。
「おお? これは変わったお菓子だね。丸くて穴が開いている……。どれ、早速一口いただこう」
「私もひとついただきますね」
アルノルトさんは砂糖を使ったものを、ニナさんははちみつを使った一口サイズのものを、それぞれ口に運んだ。
「おおおっ。これはまた新しい食感だね。外はさくさくしていて、中はふわふわと。これが私の村にあるもので作られたとはとても思えないぐらいだよ」
「そうですね、お父様。これはコーヒーや紅茶にも合いそうですわ」
アルノルトさんもニナさんもドーナツに満足そうな笑みを浮かべる。
「ええ。コーヒーや紅茶のお供にもなります。こちらは今回のお菓子のレシピです」
「ふむ。砂糖を除けば本当にグリムシュタット村でも手に入りそうなものだね。このレシピはどうするつもりだい?」
「それについてなのですが、ヴォルフ商会から販売しようと思うのです。このお菓子は流石にここで作ってフリーデンベルクまで持って行って売るというには日持ちしません。なので、レシピを売ってその利益を村に還元しようと思います」
「それは嬉しいが……これは君が考えたレシピだろう? いいのかい?」
「ははは。実はこれは自分が考えたわけではなく、地球にすでにあるレシピなんですよ。だから、自分のもののように扱うのはちょっと……」
「あはは。相変わらず誠実だね、ジン君は。そこが素晴らしいのだが」
俺が苦笑して言うのにアルノルトさんもそう笑ってくれた。
「しかし、レシピを販売するのならばフリーデンベルクだけではなく、王都も視野に入れてみてはどうですか? 王都でもコーヒーと紅茶が流行していると聞きます。それらに合うお菓子となれば王都でも売れるでしょう」
ニナさんがここでそう提案した。
「そうなのですか? ふむ。しかし、王都には今のところ伝手がないですからね……」
「もちろんすぐにとは言いませんよ。まずはフリーデンベルクで足場を固めましょう。それから王都を目指せばいいのです。フリーデンベルクからならば王都は近いですからね。問題ありませんよ」
王都には今は知り合いもいないし、クリストフさんもそこまで出張していない。
「王都か~。ヴォルフ商会の活動もそこまで広がるのかな~?」
「いい商品を扱っているからね。当然お客はそれが分かるとも」
リーゼがのんびりとそう言い、アルノルトさんはにっこり。
「なら、頑張ろうね、ジン!」
「ああ。頑張ろう!」
リーゼに笑顔で言われて俺もしっかりと頷いたのだった。
* * * *
それからフリーデンベルクの製パンギルドにレシピが販売された。
ヴォルフ商会から販売されたドーナツは驚きをもってして迎えられ、すぐに生産が開始された。そのレシピは秘伝のものとされ、厳重に隠されて。
それからフリーデンベルクにドーナツが出回り始める。
「これがヴォルフ商会の販売したレシピで作られたお菓子ですか」
「ドーナツというそうです」
ヴォルフ商会フリーデンベルク支店でウルリケがドーナツと紅茶でもてなす相手は、フリーデンベルク市の顧問であるユリウスだ。
「ふむ。丸く揚げたお菓子とはシンプルですが、美味しいですね」
「ええ。ジンさんが持ち込んだレシピだそうです。このフリーデンベルクにある材料でも作れるのがいいですね。多少値段はするのですが、他の商品と違って既存の産業を脅かさないというのがいいですよ」
「確かに。これまでの品はどれも我々では再現できませんでしたからな」
ボールペンやノート、計算機、自転車、傘。どれも便利な品としてフリーデンベルクに定着したが、未だにそれらはフリーデンベルクでは生産できず、ヴォルフ商会からの輸入に頼っていた。
しかし、このドーナツはグリムシュタット村のヴォルフ商会本社から輸入せずとも手に入れられる品であり、フリーデンベルクで量産できるものであった。
「このようなお菓子のレシピがもっとあればいいのですがね。ヴォルフ商会で他にもレシピを扱う予定はありませんか?」
「今のところは聞いておりませんが、商会長に訪ねておきましょう」
「お願いしますよ」
お高いが美味しいドーナツで客人をもてなすのはフリーデンベルクの新しい流行となりつつあった。
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