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手工業ギルドをなだめたい

……………………


 ──手工業ギルドをなだめたい



「俺たちに売りたいものがある?」


 そうやや怒りを込めて尋ねるのは手工業ギルドのマイスターのひとりだ。


 彼と他の手工業ギルドのメンバーが見つめる相手は──ヴォルフ商会のクリストフ。


「はい。我々は様々な商品を扱っております。その中でも手工業ギルドの皆様に提供できそうな品をお持ちしました」


 クリストフがそういうのに手工業ギルドのメンバーたちは警戒する。


 無理もない。羊皮紙ギルドの売り上げはヴォルフ商会が進出してから右肩下がりだ。今ところ破産する心配はないものの、将来どうなるか分からない。


「まずはこちらの品です」


 そういってクリストフが取り出したのは、のこぎりだ。


「ほう? これは……のこぎりか?」


「やけに刃が薄いぞ。使えるのか?」


「しかし、この刃の細かさは……すごいぞ」


 職人たちはクリストフが見せたのこぎりを巡っていろいろと意見を交わせる。


「こちら、最近商会で扱い始めた大変使いやすいのこぎりとなっております。どなたか試されてみませんか?」


「そういうのならば、俺が試してみよう」


 木工職人のひとりが手を上げ、クリストフが準備していた木材を差し出す。


 それからぎーこぎーこと木工職人はのこぎりを引いて驚いた表情を浮かべる。


「こいつは信じられないほど使いやすいぞ!」


「おおっ!?」


 木工職人がそういうのに我も我もとほかの職人たちがのこぎりを試す。そして彼らは一応にその使い心地に唸っていた。


「うう~む。これはいい品だが、しかし……」


「ほかにも様々な工具をお持ちしております。そののこぎりのように使いやすい工具です。どうでしょうか? 我々との取引を前向きに考えていただけませんか?」


 職人たちは迷った。


 便利な工具があれば作業効率はぐんと上がる。そうなれば他の街との競争にも勝てるかもしれない。だが、ヴォルフ商会の商品が手工業ギルドの売り上げを圧迫しているのもまた事実であり……。


「木工ギルドは取引をしよう」


「ありがとうございます!」


 のこぎりの威力を見た木工ギルドは一番に名乗りを上げた。


「建築ギルドも取引を考えていい」


「我々も──」


 結局のところ、多くのギルドが取引に前向きになり、ヴォルフ商会は手工業ギルド全体を敵に回すという事態を避けられたのだった。


 のこぎりの他にも巻き尺や差し金も人気の商品となり、ヴォルフ商会が扱う工具は手工業ギルドで人気になったのだった。



 * * * *



 次にグリムシュタット村を訪れたクリストフさんはにこにこしていた。


「手工業ギルドの方、どうでした?」


「ええ、ええ。ばっちりですよ。彼らもジンさんの世界の工具に魅了されたようです」


「おお。それは何よりです」


 クリストフさんの報告に俺は安堵し、それからクリストフさんと工具の販売について少し話すとクリストフさんはすぐに荷物を積んで出発していった。


「ふむ。しかし……」


 俺は事務所でコーヒーのマグを前にちょっと考え込む。


「どうしたの、ジン?」


 そんな俺の様子を見て、リーゼがそう話しかけてきた。


「いや。俺が持ってくる商品で混乱も起きちゃうんだなって思って。便利な品を持ってくればみんなが幸せになれるって思ってたけど、そう簡単な話じゃないんだよね」


「う~ん。確かに新しい発明ってのは人を豊かにするだけじゃないけど、それでも前に進むことはできるよ。新しいことを恐れて前に進まないと、ずっと停滞することをよしとすることになっちゃうし」


「それはそうだね……」


 リーゼの言うことはもっともだ。進むことの犠牲を恐れて前に進まなければ進歩はない。頭では俺もそう理解している。


 だが、歴史的評価ではなく、実際に今を生きる人のことを考えるとなかなか自分を納得させるのは難しい。


「まあ、しばらくは難しいことは考えず、のんびり過ごそう。お茶を入れるよ~」


「そうだね。ぼちぼちやっていこう」


 リーゼにそう言われると安心してしまう。やっぱりこういう恋人と一緒に過ごす時間っていいよなって改めてそう思う。


 俺たちは今日はほうじ茶と羊羹で一服。


「おいしい!」


「だね」


 俺とリーゼは羊羹を食べながら笑みを浮かべる。


「ほら。ジンが持ってきてくれたもので幸せにだってなれるんだよ。だからね。そんなにジンが考え込む必要はないよ。いずれこの世界でも、ジンが持ってくるようなものが作れるようになるんだしさ」


「うん。そうだね。俺の考えすぎだった」


 俺の持ってくるのは個人が持ってこれる範囲の品だ。それだけで世界がひっくり返ることはないだろう。いやはや、ある意味では自意識過剰だった。


「これからはもっとお菓子とかいろいろ楽しいものをもってこよう。ヴォルフ商会としても活動するけど、最初に立ち返ってグリムシュタット村の人たちが笑顔になれるような商品が持ち込めるといいな」


「ジンならきっとできるよ。これからもグリムシュタット村のことをよろしくね」


「ああ」


 というわけで、しばらくは新しい商品は控えて、お菓子や飲み物を運んで来よう。あとで自分の働きを見たときに恥じることがないようにしたいものだ。



 * * * *



 というわけで、俺は次に持ち込むお菓子を考えていた。


「そういえば……」


 俺は某有名ドーナツチェーン店を見かけて立ち止まる。


 まだドーナツを持ち込んでいなかったなとそう思った。


「ドーナツを買っていくのもいいけど、向こうで作れないかな?」


 そんなに複雑な材料が必要でもないだろうし、こちらから数品持ち込めば作れそうな気もするのである。


 俺の頭には今はただこちらの品を向こうに持ち込むだけではなく、向こうでも何か作ったりできないかという気持ちがあった。


「とりあえずドーナツが受けるかどうかだな」


 俺はチェーン店でドーナツをを山ほど買うと、それをもって異世界へ!


「ジン! あれ? 今日はなんだか甘い匂いがするね?」


「ふふ。おいしいお菓子をいっぱい持ってきたんだよ。集会場でみんなで食べよう」


「お~っ! いいね!」


 俺はリーゼと一緒に集会場に行き、村の人たちを呼ぶ。


「今日はドーナツというお菓子を持ってきました。よければ食してみてください!」


 俺はそう言って皿にドーナツを並べ、リーゼと村の人たちに差し出した。


「とっても甘い匂いがするね。これは美味しそうだ」


「いただきます!」


 老若男女問わず、ドーナツに皆が食らいつく。ぱくりと一口食べれば思わず笑顔が浮かべられていった。


「これは美味しいね、ジン! とっても甘くて、サクサクしてる!」


 リーゼの食べたドーナツはチョコレートがかかったサクサク生地のものだ。


「ドーナツってそんなにレシピは難しくないみたいなんだ。こっちで作れないか、あとで協力してくれないかな?」


「もちろん! いいよ~!」


 そんなわけで俺とリーゼはドーナツ作りにトライすることに。


……………………


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― 新着の感想 ―
菓子系は特に料理人の腕次第だろうからなぁ
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