正直に話そう
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──正直に話そう
クリストフさんが再びグリムシュタット村を訪れた。
「ジンさん。今日はお願いがあってまいりました」
クリストフさんは何やら改まった様子でそう言う。
「……どうされました?」
俺もちょっと不安になって尋ねる。
「フリーデンベルクの支店の経営はばっちりです。ヴォルフ商会の支店として大きな利益を上げ続けています。しかし、成功しすぎれば嫉妬を買います。まさに我々は今その段階にあるのです」
クリストフさんは手工業ギルドの売り上げがヴォルフ商会の進出によって圧迫されているという状況を説明する。
「手工業ギルドをこれ以上敵に回すとそれこそ支店に放火すらされかねません。そこで彼らを懐柔する方向に進みたいのです」
「懐柔する、ですか」
「ええ。以前、この村にいる凄腕の職人については会わせろとは言わないとお約束しましたが、それを翻すことをお許しください。どうか職人に手工業ギルドに一部でいいので技術を与えることを許可してほしいのです」
そういってクリストフさんは頭を深く下げた。
「そ、そうでした。クリストフさんにはまだ説明してなかったですね……」
てっきり関係者全員にはヴォルフ商会の秘密である異世界の扉について説明したつもりだったが、肝心のクリストフさんに話すのがまだだった!
「あのですね……。驚くかもしれませんが、職人はいないのです」
「え……?」
「ちょっとした仕掛けがありまして、ちょっと一緒に行きましょう」
「は、はい」
俺とクリストフさんは一緒に異世界の扉のある場所まで向かう。
「ここに異世界につながる扉があるのです」
「い、異世界につながる扉! そ、それはどこに……?」
「見ててくださいね」
俺はこちらの世界の人には見えない扉をくぐり、日本の方に移ると祖父の家においてあったお菓子を持って戻ってきた。
「はい。この通りです。これは今日のお茶菓子にしましょう」
「は、はあ。いやはや……何と言ったらいいのか……」
クリストフさんは困惑しきっている様子だった。
「とりあえず事務所に戻りましょう」
俺はそう言ってヴォルフ商会の事務所に戻る。
「ジン、クリストフさん。どこに行っていたの?」
事務所に戻るとリーゼがやってきていた。
「クリストフさんには異世界のことを伝えてなかったと思って、改めて伝えたんだよ」
「ああ! そうだったね」
「リーゼからも説明してもらえる?」
「いいよ~」
というわけで、クリストフさんに異世界について説明する。
俺の祖父が異世界に来たときから、これまでのことを一通りクリストフさんに説明。リーゼも説明を手伝ってくれた。
「なるほど……。確かにこれまで職人技では説明がつかない商品がありましたが、そういうことだったのですね!」
クリストフさんは俺たちの説明に納得してくれたようだ。
「しかし、となると困りました……。ジンさんの暮らしている世界はこの世界よりずっと発展している様子。この世界の職人に技術を与えるというのは不可能なのではないでしょうか……?」
「難しくはありますが、打つ手が全くないわけではありません」
「何か手があるのですか?」
俺にはひとつ考えがあった。
「日本にはいろいろと便利な工具があります。それを流通させれば、手工業ギルドの生産力も上がって彼らも助かるのではないかと思うのですが……」
「ぜひともその工具をというのも見せていただけますか?」
「はい。仕入れてきますね」
そんなわけで次に俺は手工業ギルド向けの工具を持ってくることにした。
いつものようにホームセンターに行って工具コーナーを見て回る。
「電動とかは充電できる環境がないから駄目だね」
電動工具は間違いなく便利なのだろうが、異世界に充電できる環境がないのでアウトです。俺は電気や燃料がいらない工具を探した。
「金属ののこぎりって向こうにあるのかな……?」
凄くありそうな工具だけど、一応買っていこう。
「あとは……釘とかネジとか?」
俺はもうどれを買っていいかわからなかったので巻き尺やらなにやら手当たり次第にカートに放り込んで会計した。相変わらず店員さんに『この人、今から家でも立てるんだろうか』という目で見られていたが。
「さて、こんなものだろう」
これらの品を持っていざ異世界へ!
「ジンさん。戻られましたか」
異世界の扉の前でクリストフさんが今か今かと俺のことを待っていたようだ。
「いろいろと持ってきました。見てみてください」
「ええ」
俺たちはまずは事務所までいき、そこでリーゼも加えて新しい商品を見る。
「これはのこぎりですか? それにしては刃が薄い」
クリストフさんはまずはのこぎりに注目した。
「これだけ薄くて本当に切れるのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。切ってみます?」
「そうですね。試してみたいです」
というクリストフさんの要望に応じて、俺たちは薪にする木材をひとつもらってきて、それを試しに切ってみることに。
「あたしがやるのかい?」
「力仕事ですから」
切るのはエリザさん。彼女がのこぎりをもってぎーこぎーこと木材を切っていく。
「どうです、使い心地は?」
「ふむ。悪くないね。とても切りやすいよ。ここまで切りやすいのこぎりはなかなかないんじゃないか?」
「おお」
エリザさんが満足げなのにクリストフさんも満足げ。
「では、まずはこののこぎりを手工業ギルドに売ってみましょう。他にはどのようなものがあるでしょうか?」
「そうですね。巻き尺とかネジ、釘、接着材、塗料のスプレー……」
考えられる限り、こっちでは希少そうな品を片っ端から買ってきたので、結構な量になってしまっている。
「凄い量ですね。しかも、どれも面白そうな品ばかり。売り込むためにもどのような品か教えていただけますか?」
「もちろんです」
俺は巻き尺の使い方やネジの使い方、接着剤やら塗料のスプレーやらの使い方をクリストフさんに説明。彼は商品ひとつずつの強みを確認していき、売り込む際の戦略を考えていた。
「いいですね! これは売れますよ!」
「それは何よりです。営業はお任せしていいですか?」
「はい!」
クリストフさんはとりあえず馬車に詰めるだけ積んで、再びフリーデンベルクに向けて出発していった。
「さて、残った品は村で使おう」
「うん。便利な品が多いからきっと役に立つね」
俺とリーゼはグリムシュタット村の人を集会場に集めてのこぎりなどの使い方を伝授した。村の人からは大工仕事に役立ちそうだとか、そういう評判を得てすぐに受け入れられていった。
村の人が便利に暮らせて、村の発展に役立てるのが何よりだ。
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