レッツ、サイクリング!
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──レッツ、サイクリング!
いつものようにヴォルフ商会の事務所でリーゼとお茶をして過ごす。今日のお茶とお茶菓子は紅茶とチーズケーキである。
「ねえ、ジン。あのクルマみたいな乗り物は流石に販売できない?」
「う~ん。正直、難しいね。モノがモノだけに事故とか心配だし……」
俺とリーゼは次に持ち込む品のアイディアをいろいろと考えている最中だった。
リーゼはこっちにないけれどあったら便利な品を羅列していき、俺はその中で日本にある品を探っていく。
今日は輸送に使える品を考えているところだった。
「じゃあ、ジンが使っていたあのコロコロして荷物を運ぶやつは?」
「台車? それならこっちにもあるんじゃない?」
「いやあ。あれを再現しようとした人がいたけど上手くいかなくて」
「ああ。そうか。キャスターの部分が上手くいかないのか」
ただ台車の形だけを模して作っても、キャスターが回転しないのでその場で方向転換ができないのだ。だから、難しいというわけなのだろう。
「それなら今度は台車を持ってくるね」
「うん。お願いね、ジン!」
「他には何か……」
この世界に気軽に持ってこれそうな品を俺は考えるが、すぐには思い浮かばない。
とりあえず台車を仕入れに行ってみて、そのとき何か他に見つけたら考えて見るとしよう。ヴォルフ商会は利益は出続けており、今すぐに何か必要なわけではないので、のんびりとやっていけばいいのである。
というわけで、俺は台車を仕入れに市内のホームセンターへ。
ホームセンターにはいろいろと便利そうな品がある。もちろん異世界に持っていってもしょうがない品もある。
そんな中で俺が台車を選んでいたとき、ふとあるものが目に入った。
それは『サイクリングコーナー』と書かれた看板だ。
「そうか……自転車!」
俺は台車コーナーから自転車を扱っているコーナーに移動する。
「これは盲点だったな……。そうだよ。異世界には自動車どころか自転車もないんだった。これを持ち込めば村の中の移動は便利になる、かも?」
俺はそう考えて大人用の補助輪がついたものと俺が乗る普通のママチャリを購入。台車とともに車に積み込んだ。それから安全のためのヘルメットなども一緒に購入。
そして、それを持っていざ異世界へ!
「リーゼ。面白いものを持ってきたよ!」
「え? 今回は台車じゃなかったの?」
俺が事務所の扉を開けて中にいるリーゼに呼び掛けるのに、リーゼが怪訝そうにしながら事務所から出てきた。
「おお? これは?」
「これは自転車って乗り物だよ。足で漕いで進む乗り物」
「へえ。面白そう!」
俺は2台の自転車を並べてそういう。
「台車の方はとりあえず事務所に入れておいて、これからこの自転車で散歩でもしない? 村の周りをぐるっとさ」
「いいね! やろう、やろう! けど、私、これに乗れるかなぁ……」
「こけないようになっているから大丈夫だよ。でも、一応安全のためにヘルメットは被ってね。これがヘルメット」
俺はリーゼにヘルメットを差し出し、リーゼはそれを被って顎でベルトを締めた。
「それじゃあ、このサドルに座って。足は地面に着く?」
「大丈夫だよ~。で、これを漕ぐ感じ?」
「そうそう。一緒にやってみよう」
俺はリーゼと並んで自転車に乗り、早速漕ぎ出す。
「おお? おおお? おおーっ!」
リーゼはぐいぐいと漕いで自転車が勢いよく進むのに驚いている。
「これは凄いね! すごーく楽しい!」
「あはは。けど、あんまり速度は出さないようにね。危ないから」
「うん!」
俺とリーゼは自転車をこぎながらぐるりとグリムシュタット村の外壁に沿ってサイクリングを楽しむ。
「ああーっ! ジン兄ちゃんとリーゼ姉ちゃんが何かしてるよ!」
「なんだろう、あれ?」
子供たちが遠くから不思議そうに俺たちの様子を見つめる。
「おお? ジンさんにリーゼロッテさん。それは……?」
「ジテンシャって乗り物ですよ~!」
通りかかった村の人も興味を持って尋ねるのにリーゼが笑顔でそう答える。
それから俺たちはぐるりとグリムシュタット村の周りを回り、楽しいサイクリングを終えたのだった。
「楽しかったー! これはアルノルト様たちにも教えておかないと!」
「そうだね。これから村の人向けに持ってきてもいいか聞いておかないと」
というわけで俺たちはアルノルトさんのお城へ。
使用人の人に応接間に通されるとすぐにアルノルトさんとニナさんがやってきた。
「やあ、ジン君、リーゼロッテ君。何か新しい商品があるとか?」
「はい、アルノルト様。一度見ていただけますか?」
「どこにあるんだい?」
「外に止めてありますので一度外へ」
「ふむふむ」
自転車はお城の正面に止めたままだ。
俺たちは一度お城の外に出て、アルノルトさんたちに自転車を見せる。
「……? これは?」
「自転車という乗り物ですよ。このペダルを足で漕いで進むものです」
「ほうほう。私も試してみていいだろうか?」
「ええ。安全のためにヘルメットは被ってください」
「兜がいるのかい?」
「異世界では着用の義務があるんです」
まあ、今のところは努力義務だけど。
「分かった。では、これを被ってと……」
アルノルトさんはリーゼより長身なので補助輪付きの方ならば何の問題もなく乗れた。そして俺がもう1台の自転車で示したようにしてペダルをこぎ始める。
「おお? これは面白い感覚だな!」
いかにも立派な貴族という格好のアルノルトさんが庶民的な自転車で喜んでいるのは、ちょっと奇妙な光景だが気に入ってもらえたならば何よりだ。
「アルノルト様。これから村で使うために何台か自転車を持ち込もうと思うのですが、安全のために自転車に乗る際のマナーなどを定めたお触れを出していただけますか?」
「そうだね。だが、そんなに危険なものだとは思えないのだが……」
「いえいえ。異世界では人と自転車が接触して死亡したり、怪我をしたりする事故が起きているんですよ」
「そうなのか……。では、異世界で定められている法律を教えてくれるかい?」
「はい!」
俺は自転車に関する法律について知っている限り、アルノルトさんたちに教えた。とは言え、異世界と日本では道路の状態も違うので全部を全部そのまま採用するわけではない。最低限、事故が起きないようにしておくだけだ。
「ふむ。ジン、これで荷車を牽引するようなことはできるのでしょうか?」
と、ここでニナさんが自転車を眺めてそういう。
「え? どうでしょう……? 需要があるならば、そういう運用方法があるか調べてきますが……」
「もちろんありますよ。村の中で農作物を移動させるのは馬か人力です。馬は貴重ですからほとんどの村のものは人力で行っています。それがこの自転車で運べるようになればずっと便利なのです」
「なるほど。では、調べてきます!」
「お願いしますね」
グリムシュタット村が便利になるならば、それは俺にとってもいいことなのだ。
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