雨の日を快適に
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──雨の日を快適に
雨の日のためのグッズと言われてまず想像するのは傘だ。
そう言えば異世界では傘を見たことがなかったなと思い、いろいろと傘を買いそろえて見た。何本も傘を買っていく不審者を店員がじろりと見たのは言うまでもない。
「それから……レインコートだ」
両手がふさがっていても雨を防いでくれるレインコートも需要があるだろうと思って、ポンチョタイプのものやズボンとジャケットになっているタイプのものなどを複数購入。またしても不審者の爆誕である。
あとはタオルだ。異世界にはふかふかしたタオルがあまりない。せっかくなので有名な今治のタオルでも買って行ってみよう!
ということで、これらの品を持っていざ異世界へ。
「うわ。今日はまさに雨の日か」
異世界の扉を潜るとざああっと雨が降っていた。
これはちょうどいいとばかりに俺は傘をさしてリーゼの小屋へ。
「リーゼ。来たよ~」
「ジン! って、それは何だい……?」
俺が透明なビニール傘をさしているのにリーゼが首をひねる。
「これはビニール傘だよ。雨に濡れないようにするためのもの。クリストフさんに雨の日のグッズを持ってくるって言ってただろう?」
「へええ。私も試してみいい?」
「もちろん。これはリーゼにプレゼントするよ」
俺はこの前の長靴と同じ色である赤い傘をリーゼに贈呈。
リーゼは早速傘をさして外に出る。
「おお? 確かにこれは便利かも!」
リーゼは雨も中を傘をさして楽しそうに歩く。傘が雨を弾く中でステップを踏んで、まるでミュージカルの女優さんみたいだ。可愛い。
「他にもいろいろ持ってきたからクリストフさんに見てもらおう」
「おーっ!」
クリストフさんはまだ村に滞在していて、村の人向けの商品を持ってきてくれていた。木彫りの玩具や珍しい果物を干したものなどなど。クリストフさんもグリムシュタット村が豊かになるように気を配ってくれているらしい。嬉しいことだ。
「クリストフさん。雨の日の商品を持ってきましたよ」
「本当ですか? 早速拝見しても?」
「どうぞどうぞ」
俺は傘やレインコート、長靴にタオルなどをヴォルフ商会の事務所にあるテーブルに並べて見せた。
「ほうほう。これはどういう使い方をするのでしょうか?」
クリストフさんが手に取ってのは折り畳み傘だ。
「これはコンパクトに収納できる傘ですよ。こうやって開いて使うんです」
俺はばさっと折り畳み傘を開いて見せた。
「なるほど……。この傘で雨を防ぐのですね?」
「そうです、そうです。他のグッズも、まあ、基本は雨に濡れないようにするためのものですよ。このレインコートもですね」
「レインコートというのは不思議な布で作られていますね……」
「一度着用なさってみませんか?」
「ぜひ」
俺が提案するのにクリストフさんとエリザさんがそれぞれポンチョ型と上下型を着用してみることに。彼らはそれを身に着けて雨の降る外に出て見た。
「少し着ていると蒸すけど、両手が塞がらずに雨が防げるのはいいね。雨によって体温が奪われずに済む。これならこういう日でも全力で戦えるよ。これは傭兵ならばほしくなる品だ」
「ですね。私も雨の日は嫌いでしたが、これがあれば快適に過ごせそうです」
エリザさんもレインコートを気に入り、クリストフさんもにっこり。
「どうでしょう? これって売れると思いますか?」
「ええ、ええ! これらの品は間違いなく売れますよ。これまでとは違う販路を探す必要はありますが、必ず売って見せます」
「それはよかった」
「特に今回の品は既存の商品に影響しないのがいいですね。ボールペンとノートでは手工業ギルドからいささか恨みを買いましたが、今回の品ではそういうことは起きないでしょう。なので、販売計画はシンプルにいけそうです」
そうか。今回の品は全く新しいから既存の産業に影響しないんだな。それなら気兼ねなく持ち込んで売れそうだ。
「それからですね。これを試してみてくれますか?」
俺はふかふかのタオルを再び事務所に戻ったクリストフさんたちに差し出す。
「これは……タオルですか?」
「はい。少しお高くなるタオルですが、その分いい品質のはずですよ」
クリストフさんがタオルを手に取って僅かに濡れた顔などを拭く。彼はその触り心地にまずは驚き、吸水性にも驚いていた。
「これは……素晴らしい品ですね! タオルと思えないほど触り心地がよく、さらに水をすっと吸ってくれます……! それに染め柄も美しい! これは貴族に売れるでしょう! 間違いありませんよ!」
「ええ。確かに高級品の部類には入るんですよね。ブランド、というか……」
とはいっても3000円~5000円の範囲なんだけどね。
「ふうむ。しかし、こちらは販売戦略を考えなければなりませんね。タオルというものそのものは既に市場に存在していますから」
「となると、先に雨具の方を売り、そちらの販路が確立されてからタオルという感じでしょうか? あるいはタオルは贈販売の際の贈呈品にするのもいいかもしれません。買ってくれたお礼に上げる品として扱うわけです」
「なるほど! それは良いですね。顧客が欲しがるまるでそうしましょう」
「ええ」
そんなこんなでヴォルフ商会では新しい品として雨具を売り出すことに。
売れるといいけどな~。
* * * *
雨の日に外出しずらいのはグリムシュタット村もフリーデンベルクも同じ。
しかし、ここ最近のフリーデンベルクでは雨の日の交通量が多い。
何故か? それ雨を防ぐ品が出回っているからだ。
「おや? あれはいったい……?」
雨の日も働いている人々の視線が、雨の中を優雅に歩くご婦人に向けられる。彼女がさしているのは朱色にバラのデザインが施された傘だ。美しいそれを刺したご婦人は雨を気にすることなく、傘を見せつけるようにして歩いてく。
また貴族の馬車の御者をしているものにも変化があった。彼らは水を弾く素材でできた上着と泥の中に入っても汚れない靴を身に着けて、雨の中でも悠々と馬を走らせているのである。
そして、馬車から降りる貴族にさっと傘を差し出し、貴族は濡れることなく建物から建物に移動していた。
「あれがほしい! 是非とも手に入れたい!」
傘やレインコート、長靴を見た他の商人や貴族たちはそう言い、商品を買い求める。しかし、どこからそれが流通しているのかがまだ分からない。
そこで彼らに雇われた人間が調査したところ、ヴォルフ商会という名前が挙がってくる。どうにもできたばかりの新興の商会らしいが、この雨具を扱っているのは間違いなさそうなのであった。
ただ、ヴォルフ商会は商会の店舗を魔法使い連盟の中にしか持たず、販売は売り込みに来る商人を頼らなければいけないらしい。
商人たちはその売込みの商人を待ち受けるために、商業ギルドや宿などで待ち構えた。あれだけ便利な品であるならば、こうして一度着いたブームの火は当分消えないだろうと考えて。
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