冬が明けて
……………………
──冬が明けて
長かった冬がようやく明けた。
冬の間はヴォルフ商会はお休みで、リーゼとまったり過ごしていたが、いよいよヴォルフ商会も営業再開だ。
「とは言え……」
異世界にやってくると一面の雪景色は消えたが、代わりに現れたのは泥である。
雪解けがそのまま泥になったらしく、俺は一度家に戻って長靴を履いてくる嵌めになってしまった。
いやはや。道路が舗装されていないとこうなっちゃうのか。そうは言っても俺にも道路を舗装するなんて技術はないしな……。
これでは暫くは車も使えそうにないなと思いながらリーゼの小屋へ。
「リーゼ。おはよう!」
「おはよ~! コーヒー淹れるけど飲む?」
「お願いしようかな」
こうしてリーゼと一緒に朝のコーヒーを飲むのも楽しい日課だ。
「しかし、雪が終わったら次は泥だね……。これじゃあ、クリストフさんも馬車を走らせられないんじゃないかな?」
「そうだねぇ。冬が終わって暫くはいつもこんな感じだよ。ヴォルフ商会もまだお休みになるかもね」
「クリストフさんが動けないとどうしようもないからね」
ヴォルフ商会はお休みの間はグリムシュタット村の人々にお菓子や防寒具を提供するだけだかった。それらはサービスであるため、ヴォルフ商会としては全く益になっていない。まあ、グリムシュタット村は便利になったのでいいけれど。
「そう言えば、ジンが履いてるその靴は何?」
「これ? 長靴だよ」
俺は泥が酷かったから長靴を履いてきたとリーゼに説明する。
「へえ。そういうものもあるんだ……」
「こっちには似たようなものはないの?」
「う~ん。似たような形状のものはあってもそんなに便利なものはないねぇ」
「なら、今度リーゼと村の人たち向けに持ってこようか?」
「いいの? ありがとう!」
そんなわけで急に需要が生じた長靴を俺は準備することに。
作業着を売っている店で俺はリーゼの足のサイズに合った靴を選ぶ。他にも村人のサイズにあったものを選ぶ。しかし、靴ってのは実際に履いてみないと分からないところがあうので、いろいろとサイズに余裕は持たせた。
俺がどっさりと長靴を買っていくのに店員は理解できないという表情をしていた。確かに普通はこんなに大量に長靴を買ってどうするんだって話なのだが……。
「さて、いざ異世界へ!」
俺は再び長靴を持って異世界へ。
「リーゼ。買ってきたよ~」
俺はリーゼに赤い長靴をプレゼント。
「おお! 可愛い色だねぇ~! 早速履いてみていい?」
「もちろん」
リーゼは大喜びで長靴を履いてみた。
「サイズはあってる?」
「うん。問題ないよ。外に出てみよう!」
「オーケー。散歩してみよう」
俺は長靴を履いたリーゼと一緒に外を散歩することに。
「凄い! 泥道でも平気で歩けるねぇ~! 冬が終わったあとはこうして歩いてるといつも足が泥だらけになっちゃうんだけど、これなら大丈夫だよ~! むしろ、歩くのが楽しいくらい!」
「あはは。そこまで喜んでもらえると嬉しいよ。村の人も冬が終わって忙しくなるだろうから、これをプレゼントして頑張ってもらおう」
「おーっ!」
長靴はそれから村の人や衛兵さんに配られた。
村の人は農作業をするのに便利だと喜び、衛兵さんも見回りの際に役立つと喜んでくれた。ぬかるんだ道でも泥まみれにならず歩けるのは嬉しいことのようだ。どんどん長靴を欲しがる人が出て、俺も大忙し!
そんな泥だらけの雪解けの季節もじわじわと終わっていき──。
「クリストフさん!」
「お久しぶりです、ジンさん!」
やっと街道が通れるようになってクリストフさんがグリムシュタット村を訪れた。
「冬の間、フリーデンベルクの方はどうでしたか?」
「まあ、例年のように冬の祭りは盛大に行われておりました。ですが、我々に関係あるのはそこで振る舞われたものです。ある豪商の宴ではウィスキーが提供されておりましたよ。それからデザートにはアメが出されていました」
「おお? ヴォルフ商会で流通させたものでしょうか?」
「間違いないですね。アルノルト様が貴族の流通させたものが流れているのでしょう。しかし、宣伝不足のせいかヴォルフ商会が扱っている品だとは思われていませんでした。何と言いますか、ヴォルフ商会と言えばボールペンとノートだと思われていまして」
「ははは。それは仕方ないですね」
「いやいや。笑ってはいられませんよ。しっかり宣伝しませんと」
これまで散々ボールペンとノートを売りまくっていたのでそう思われるのも仕方ないと俺が笑うのにクリストフさんがそう突っ込む。
「グリムシュタット村では冬の間はどうでしたか?」
「そうですね。いろいろとありましたよ」
俺はすき焼きパーティをしたことやこたつでリーゼと過ごしたこと、雪解けの際には長靴が流行したことなどをクリストフさんに語った。
「ほおお。どれも珍しそうなものばかりですな。いやはや、商人としてそれらを見れなかったのは残念です……」
「また来年の楽しみにしておきましょう」
「ええ。今から冬が楽しみですよ」
クリストフさんそう言ってわくわくしている様子だった。
「しかし、長靴と言うのは雪や雪解けの季節だけではなく、雨の日にも便利そうです。ヴォルフ商会で扱いませんか?」
「構いませんよ。ただボールペンなどと違って値段がしますが……」
「やはり高額ですか?」
「そうですね。仕入れ値は銀貨6、7枚程度の金額です」
「何と。それはそこまでの値段ではありませんよ。それぐらいは庶民の全員とは言わずともある程度の人は買えますから」
いや、そうだろうか? 俺もちょっと感覚がマヒしているが銀貨1枚は庶民の一日に稼ぎである。1週間分の稼ぎを長靴に使う人はいるのだろうか……?
「う~ん。しかし、利益を出すにはこれをさらに値上げするのでしょう? 必要な人に届くでしょうか……?」
「もちろんですよ。雨の日でも行動しなければならない職業には衛兵や傭兵、それに私のような商人がおります。雨でぬかるんだ地面で足を取られなければ、命が助かる場面をあるような職業ですから、それなりのお金は出しますよ」
「ふむ……」
確かにこの世界は日本よりちょっと物騒だ。ひとつの油断が命取りになることもあるように。それをちょっとでも防げるならばケチらずお金を出す人は多い……のかも?
「分かりました。それでは仕入れてきます。他にも雨の日のグッズというのはいろいろとあるのですが、試してみませんか?」
「おお! いいですね。ヴォルフ商会の新しい目玉になりそうなものをお願いします」
「ええ。任せてください」
クリストフさんが深々とお辞儀してそう頼み込み、俺は胸を叩いて引き受けた。
こちらで降る雨は日本ほど気温が高くないだけあって冷たい。それに雨と言うのはいつだって濡れたり、汚れたりで不快な場面があるものだ。地球の便利な商品が生まれたのもそういう不快感をなくすため。
そうと決まれば、早速日本に雨の日グッズを仕入れに行こう!
……………………