こたつの魔力
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──こたつの魔力
しんしんと降り注ぐ雪。
グリムシュタット村はすっかり雪景色。
熊本の方にはあまり雪は降らないので、こういう景色は珍しく、そして美しい。
「へくちっ!」
しかし、美しくても寒いものは寒い!
「おや、ジンさん。大丈夫かい?」
「え、ええ。大丈夫ですよ。寒いのにはあまり強くないだけでして」
「そうだねぇ。あたしたちもそうなんだけど、今年はジンさんのおかげで温かく過ごすことができるよ」
俺は村の人とこんな会話をしている。
村の人は今年は俺が持ち込んだ布地で作った服を得て、例年より暖かく過ごせると喜んでいた。俺としてもそうやって喜んでもらえるならば一番だ。
「しかし、俺の方はいくら着込んでも寒いな……」
俺はことさら寒さに弱い人間なので、ヴォルフ商会の事務所でも電気ストーブの前から動けないぐらいである。
いや。待てよ。この寒さだからこそ楽しめることもあると思うのだが……。
「そうだ!」
俺はあるアイディアを思い浮かべて、また日本へと戻った。
そして家具店に向かい──。
「よし!」
購入したのは……こたつ!
「ふふふ。これはリーゼが絶対に喜んでくれるはず!」
俺がそう言ってにやにやと笑うのに家具店の店員が怪訝そうに俺の方を見ていた。
そんな視線を気にせず買ったこたつを家に届けてもらうことにして、俺は一度家に帰宅。それからこたつが届き、俺はSUVにばらしたそれを乗せて再び異世界へ。
ばらばらにしたこたつをヴォルフ商会の事務所に運び、そこで組み立てる。いつもは土足の事務所なので床に敷くマットも購入しておいた。
さらにこたつの上にみかんと湯飲みを設置。
さて、これでよし!
「リーゼを誘ってこよう!」
俺はそれからリーゼの小屋に向かう。
「おや? どうかしたの、ジン?」
「リーゼ。ちょっと事務所の方まで来ない?」
「ふむ?」
俺はきょとんとするリーゼを連れて事務所に戻る。
「おおっ? あれは何……?」
「これはこたつというものだよ。日本人が大好きな暖房器具」
「へえ! どうやって使うの?」
リーゼはこたつに興味津々。
「こうやって足を入れて入るんだよ。靴は脱いでね」
「ふむふむ?」
俺は見本を示すように靴を抜いてマットの上に上がり、こたつの中に潜り込む。リーゼもそれに倣って靴を脱いでこたつの中に潜り込んだ。
「おおーっ! 凄くぽかぽかしてる!」
「でしょ? こうやってこたつに潜り込んだままミカンを食べたりするのが、日本の冬の過ごし方だったりするんだよ」
「いいね、いいね。これはいいよ!」
リーゼはこたつを気に入った様子であり、ニコニコの笑顔だ。それからミカンにチャレンジするリーゼ。皮をむいてミカンをパクリ。
「んん! 甘いね! 酸っぱいかと思ったんだけど、とっても甘い!」
「いわゆるオレンジやグレープフルーツとは別のものだからね」
「異世界には本当にいろいろなものがあるんだねぇ……」
リーゼはこたつとミカンという組み合わせを気にいってくれたようだ。
「しかし……」
「しかし?」
「これはこたつから出られなくなっちゃう……」
リーゼはそう言ってへにゃっとこたつの上にもたれかかった。まさにこたつあるある現象である。かくいう俺もこたつから出て寒い外に出るのはいや。
「今日はここで夕食にしようか? 鍋料理でも作ってさ」
「いいね!」
というわけで今日はこたつでお鍋だ!
鍋料理の中にを選ぶかと言えば……今回はしゃぶしゃぶである。
俺も難しい料理はできないので、とても簡単なものをセレクト。しゃぶしゃぶならば料理下手でも美味しく作れるだろうという目算である。
俺は日本の方でお肉をたっぷり買い、お酒も準備して異世界に戻る。
「お待たせ、リーゼ。夕食にしよう」
「うん! 私にも手伝えることはない?」
「大丈夫。今日の料理はそれぞれが自分で作って食べるものだからね」
「え? そうなの?」
「ふふふ。少しだけ驚くかもよ」
俺はそう言って材料を切ってまずは出汁を入れた鍋に野菜をどぼん。その様子をリーゼは興味深そうに見ている。
「それでね。こうやってお肉を湯だった鍋にくぐらせ……」
「ええっ!?」
「ポン酢に付けて食べる!」
湯にくぐらせた薄切り肉をそう言って俺はぱくり。
「うん。美味い! リーゼも試してみて!」
「う、うん。凄く変わった料理だねぇ……」
リーゼも恐る恐る薄切り肉を湯にくぐらせてからポン酢に付けて口運ぶ。
「おおおっ! 美味しい!」
「あはは。よかった。気に入ってもらえて」
「うん! これは凄くいいよ! 楽しいし!」
そう言ってぱくぱくとしゃぶしゃぶを進めるリーゼ。
「お酒もあるから飲みながらゆったりやろう」
「いいね。こたつとお鍋でダブルでぽかぽかだよ~」
俺たちはしゃぶしゃぶを食べながら、お酒も味わう。リーゼは日本酒が気に入ったのか、ちょびちょびとやっている。俺は焼酎の方を開けた。飲みやすい芋焼酎だ。
「ヴォルフ商会はまだまだお休みだけど、冬の間はどう過ごそうか……」
「そうだねぇ。こうしてのんびりしているのもいいけど、冬が開けたときに備えておかないといけないかも」
「ふむ。新しい商品の検討とか?」
「そう。とは言え、冬は長いから急がなくてもいいけどね~」
リーゼはほろ酔いでそう言う。
「冬が始まる前にこのこたつを持ち込んでたら、きっと売れたと思うんだけどなぁ」
「ああ。駄目だよ、リーゼ。これも電気がいるから」
「デンキ、か。どうにかして魔法で電気を生みだせないかな?」
「そこら辺はちょっと分からないかも。一応太陽の光で発電する装置もあるんだけどね。今度はそれを持ってきてみようか?」
電気はただ電気があればいいわけではなく、電圧だとかも調整しないといけない。なので魔法でどうこうするのは難しいだろう。
ただ家庭用の太陽光パネルがあれば、こっちでも発電できるかも?
「ジンの世界では凄く電気が重要そうだね」
「だね。いろいろな方法で電気を生み出してきたし、電気を生み出す機械のせいで汚染が起きたりもしてたよ」
火力発電は気候変動を、原子力発電は処理できない放射性物質を生み出している。電気は現代社会にはなくてはならないだけあって、重要な問題になっていた。
「そうなんだ。ジンの世界でも解決できない問題はあるんだねぇ」
「俺たちの世界も問題はいろいろとあるよ。困ったことに」
俺とリーゼはそのような会話をしながらお酒を楽しんだ。
「けど、リーゼとこうして過ごす時間は俺にとってそういう問題を忘れさせてくれて、本当にゆっくり過ごせる時間だね。ありがとう、リーゼ」
「私もジンと過ごす時間は大好きだよ」
俺たちはそう言って笑い合い、冬の寒い季節を過ごした。
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