冬ごもり
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──冬ごもり
熊本にも、異世界にも冬が訪れた。
「寒い!」
俺は祖父から相続した家に帰ってきてそうぼやく。気候変動はどうやら夏を暑くするだけではなく、冬もより寒くしてしまうようだ。
そこで今日は冬の寒さに役立ちそうな商品を買ってきたのだ。
「リーゼに喜んでもらえたらいいな」
俺はそう思いながら異世界への扉を潜った。
異世界側も冬が訪れていて、うっすらと雪も積もりつつある。農作業も今は止まっているが、それでも子供たちは元気に外で遊んでいる。
「ジン兄ちゃん!」
「ああ。みんな、風邪ひかないようにね」
「うん!」
子供は風の子元気な子とは言ったものである。
俺は子供たちに手を振ったのちにリーゼの小屋を目指した。
「ジン、いらっしゃい!」
「リーゼ。寒くなってきたね」
「うん。もうすっかり冬だものね」
リーゼの小屋には一応暖炉がある。今も小さくぱちぱちと燃えている。
だが、それでも肌寒い温度だ。この寒さは辛いだろう。
「今日はリーゼにプレゼントがあるんだ。よかったら受け取って」
「何々?」
俺はリーゼに包装された箱を渡す。リーゼは受け取るとそれを開け始めた。
「おお!? これは……服だね。温かそう!」
俺がリーゼに送ったのは冬を快適に過ごせるような衣類である。
リーゼがいつも着ているローブの下に着れるようなフリースのカーディガンや靴下などなど。それらをリーゼにプレゼントした。
「早速着て見るね!」
リーゼはそう言ってローブを脱ぎ、カーディガンなどを身に着ける。
「おおーっ! これ、とっても温かいよ! ありがとう、ジン!」
「リーゼが喜んでくれたならば何よりだよ」
リーゼが大喜びしてくれるのに俺も大満足。
「しかし、こっちの冬ってさらに寒くなるんだよね?」
「そうだね。結構雪も積もって大変になるよ。まあ、今年はジンのおかげで冬を越すのに不便しないだけの物資は蓄えてあるから大丈夫だけどね」
「そっか。冬の間はヴォルフ商会もお休みになるね」
「そうだねぇ。アルノルト様たちもクリストフさんたちも動けないから」
物流が完全に止まってしまう冬は、ヴォルフ商会でも何もできない季節だ。
「ん~。じゃあ、本格的な冬が始まる前にすき焼きパーティしない?」
「すきやき……って何かな?」
「肉や野菜を甘辛くに詰めた料理なんだよ。俺が材料は準備するから。ヴォルフ商会の事務所で開こう。アルノルト様やニナ様たちも呼んで」
「おお? 宴会ってこと? いいね!」
リーゼは俺の提案に喜んで同意してくれた。
「それでは決まりだね。アルノルト様たちに予定を確認してくれるかな?」
「任せて。やっておくよ~」
というわけで、俺たちはヴォルフ商会の事務所ですき焼きパーティをすることに。
リーゼがアルノルトさんとニナさんを誘い、俺は材料を買いに行く。
「やっぱり肉は飛び切りいいのにしないとな」
いつもならば貧乏思考が働いてしまうが、今の俺は15億円の持ち主だ。怯えることなく最上級の牛肉を購入する。きっとリーゼたちも喜んでくれることだろう。
それから白菜や長ネギ、焼き豆腐、しらたきなどなどを購入。
それからすき焼きのタレを購入し……おっと鍋がなければ意味がないので鍋も購入。家にはまだ全然食器の類がないのだ。
お酒は日本酒と焼酎で。和食にはやはりこれだろう。
あとはカセットコンロとともにこれを異世界に持ち込むだけ!
「リーゼ。戻ったよ。アルノルト様たちはどう?」
「いらっしゃるって。楽しみにしてるって仰ってたよ!」
「オーケー。それじゃあ、準備を始めよう」
俺は事務所に備え付けていた電気ストーブで部屋を暖めてから、応接用のテーブルの上にカセットコンロを置き、そして鍋を乗せた。
「まずは牛脂を鍋の全体に……」
すき焼きには関西風、関東風があるそうだけど九州がそのどちらに属しているのか俺は知らない。一応関西風みたいではあるのだけれど。
「牛脂を馴染ませたら肉を焼く!」
「おおお? それって何のお肉なの?」
「牛肉だよ」
「嘘!? そんなに脂がのった牛肉があるんだ……」
リーゼが驚く中、俺は牛肉を焼き、それからすき焼きのタレを投入。本当は砂糖と醤油で自分で割下を作ってやるのがレシピなんだけど、自分で作るより市販のタレに任せた方が美味しいのです。少なくとも俺の場合は。
それから野菜や焼き豆腐などを投入し、ことこと煮る。
いい感じになったら──。
「出来上がり!」
すき焼きの完成である。実に簡単。
「ジン君。今日は宴を開くとか」
「何をするのですか?」
と、ここでアルノルトさんとニナさんも丁度到着。
「すき焼きパーティですよ。ささ、どうぞ座ってください。お酒もお持ちしますね」
「おお! 香ばしい香りがするよ。楽しみだな」
アルノルトさんとリーゼたちが椅子に座り、俺はお酒を運んできてテーブルに並べる。未成年でお酒を飲まないニナさんにはお茶を準備した。
「それでは今年はいろいろとありがとうございました」
「あはは。まだ年明けには早いよ~。けど、確かにお疲れさまでした!」
俺がまず冒頭であいさつし、リーゼがそう言って笑う。
「これからもよろしくお願いします。というわけで、始めましょう!」
俺はアルノルトさんのグラスに日本酒を注ぎ、リーゼのグラスにも注ぐ。それから自分のグラスに。
「カンパーイ!」
「乾杯!」
俺たちはグラスを鳴らして乾杯すると早速グイっと最初に一口。きりりと美味い!
「このお酒は……何を原料にしているんだろう? 凄く不思議な味わいだね」
「お米だよ。ここでは栽培されてないね」
「へえ。どんなものからでもお酒は造れちゃうんだねぇ~」
リーゼは日本酒にそう感心していた。
「ジン。これはどうやって食べるものなのですか?」
「これはですね。こうして生卵にくぐらせて食べると美味しいですよ」
「な、生卵! 危険ではありませんか……?」
ああ。そうだった。日本国外ではあまり生卵は食されないんだった。
「この卵は安全ですが、気になられるならそのまま食べられても大丈夫ですよ」
「そ、そうですか……。いや、しかし、ここはトライしてみましょう」
ニナさんはそう言って生卵を割り、その卵黄を俺に習って潰し、そこにフォークで刺した肉をくぐらせて勢いよく口にぱっくん。
アルノルトさんとリーゼはごくりとその様子を見つめて、ニナさんの感想を待っている。そのニナさんは──。
「わあ! 美味しいですわ! このお肉が信じられないほどとても柔らかくて、卵の味わいとタレの甘辛さがマッチして……美味です!」
ニナさんはそう満面の笑み。
「私も試しみよう!」
リーゼは卵を割ってニナさんと同じようにお肉をくぐらせて食べる。
「うん! 美味しい! とっても美味しいよ、ジン! こんなに柔らかい牛肉があるなんて思いもしなかったなぁ……」
「あはは。とてもいいお肉を買ってきたからね」
リーゼが満足してくれれば俺も大満足だ。
「う、う~む。私はそのままいただこう」
アルノルトさんは責任ある立場なのか生食は避けた。それでもアルノルトさんは日本酒とすき焼きの組み合わせに満足している。
「さあさあ。どんどん食べましょう。〆のうどんもありますよ!」
「おおーっ!」
俺たちはお酒とすき焼きで盛り上がり、楽しいひとときを過ごした。
冬が始まり、ヴォルフ商会がお休みになる中でのひとときであった。
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