ミシンと衣類で特産品を
……………………
──ミシンと衣類で特産品を
「農閑期……ですか?」
俺はクリストフさんにそう言われて首を傾げた。
「はい。農閑期には農民は農作業の代わりに、織物を編んだり、家畜の世話をしたりと別の作業を行うのです」
「休んだりしないですか?」
「しません。そんな余裕はないのですよ」
クリストフさんは俺にそう説明してくれた。
農作業が一段落したらてっきりその間は休暇でも取るのかと思ったが、そんなことはないらしい。一年中大仕事があるなんて農家さんは大変だな……。
「そこで、です。ジンさんに農閑期にできる作業を考えてもらえないかと思いまして。というのもフリーデンベルクでグリムシュタット村の作物や工芸品を優先的に買い取ってもらえるそうなのです」
「おおっ! それはいいですね!」
「ええ。だから、その取引に使えるようなものを作り出さないといけないんです」
「う~む」
と言われても、何か俺にできることはあるのだろうか?
「ちょっと考えて見ますね」
「お願いします」
俺はクリストフさんにそう言い、少し村の中を見渡して考えることに。
「ジン。どうしたの?」
「リーゼ。クリストフさんから農閑期のできる仕事について相談を受けてね……」
俺はリーゼにクリストフさんから相談を受けたことを話す。
「う~ん。いつもならば織物を作るぐらいだけど……」
「こういう道具や素材があれば、別のものが作れるってことはない?」
「素材と道具、か。布があれば冬を過ごすための衣類なんかが作れるかも?」
「布……。そうか。それがあったか!」
リーゼの言葉で俺は次に持ってくる商品を決めた。
日本に戻ったらすぐに市内に向かう。そして目指したのは手芸店。そこでネットで調べて得た布の知識で服の布地に使える生地を購入。そのほかにも糸やボタンなどの服を作るのに必要なアイテムもゲット。
それから同じく手工芸店で足踏みミシンを1台購入。これがなかなかに大きい。
それらを持っていざ異世界へ!
「ただいま、リーゼ。持ってきたよ。使えそうなもの!」
「おお? 何を持ってきたの? 気になる、気になる!」
「ここでは広げられないから、とりあえず集会場へ」
「了解!」
俺とリーゼは集会場に行き、足踏みミシンと布を広げる。
「わあ。これってかなりいい布だよね……?」
「そうかな? そんなに高くはなかったけど……」
俺が持ちこんだのは白いリネンやウール、コットンなどの布地だ。
「だって、こんなに真っ白な布は初めて見たよ~」
「こっちだと珍しいのかな?」
流石にネットで調べたときには異世界で珍しい布地なんて条件は調べていないので、どうにも異世界での価値は分からない。
「あとはこの足踏みミシンがあれば、洋服や下着なんかが作れてフリーデンベルクとの取引に使えると思うんだ」
そう言って俺は家庭科の授業を思い出しながら、足踏みミシンでとりあえず布を縫って見る。その様子を見たリーゼはびっくりしていた。
「こ、こんなに均等に縫えるものなんだ……。凄いね!」
「うん。基本こういう作業に慣れてない俺でもできるから、村で縫物に慣れている人ならもっと使いこなせると思う。村の人たちに紹介してみて、希望者を募ってみよう」
「おーっ!」
俺たちは村の人たちにミシンについて説明し、それから布地は無償で提供するので服を作ってみないかと提案してみた。
村の人は見知らぬミシンに躊躇したようだが、俺が提供するという布地を見ると参加したいというひとがちらほら出てきた。
俺は参加者分の足踏みミシンを方々を探して調達し、リーゼは集会場の近くに新しく服の工場とでもいうべきものを建築した。
そして、俺が持ってきた布地を使って服作りが始められたのだった。
クリストフさんが再びグリムシュタット村を訪れたときには、もう何着か服は完成しており、クリストフさんはその出来に驚いていた。
「これは……素晴らしいですね! 上質の生地に等間隔でブレのない綺麗な縫い目……! これは売れると思いますよ! 間違いありません!」
「それはよかった。服はヴォルフ商会で買い取り、それから販売することになりますので、どれくらいで売れるかは分かるでしょうか? 村の人たちに可能な限り還元しておきたいのです」
「そうですね。この羊の毛でできた上着ならば銀貨15枚というところです。これから寒くなるので需要は高まるでしょうしね」
「おお。結構な値段になりますね!」
これならば村の人たちも喜んでくれるだろう!
「では、その方向でよろしくお願いします」
「はい。フリーデンベルクの方でも優遇してくださるという確約は得ておりますので、必ず売り抜いて見せますよ」
「あはは。期待しています」
俺としてはグリムシュタット村に利益を還元できるのは何よりも嬉しいことだ。これまでは俺の持ってくる品を提供して喜んでもらっていたけれど、これからは俺の持ち込んだ品とグリムシュタット村の人々の力で成長していきたい。
出来上がった衣類は住民が必要とするもの以外はヴォルフ商会で買い上げ、現金収入ができた村の人たちは喜んでいた。それを見て次は参加したいという人も。
しかし、これ以上レトロな足踏みミシンを探すのも大変だ……。
* * * *
「こちらになります」
それからクリストフはフリーデンベルクにてグリムシュタット村で作られた衣類を、ゲオルグたちに見せていた。
「ほう。これはなかなかに立派な布地……」
「見てください、ゲオルグ。この縫い目の精密さを」
「本当だ。素晴らしいな……」
ゲオルグとユリウスはグリムシュタット村で作られた衣類に満足げ。
「飾り気などは少ないが、十分に売れるものだろう。是非とも取引させてもらいたい、クリストフ君」
「はい。ありがとうございます」
「しかし、これもグリムシュタット村の凄腕の職人によるものなのかね?」
「いえいえ。村の人間が作ったものです」
「ほおお。それはまた……」
信じられないという顔でゲオルグが改めて縫い目の綺麗な衣類を見る。
「もっとも村人は職人の作った道具を使っております。その道具があれば細かな縫い仕事もあっという間にできるのですよ」
「それを売っては貰えないのだろうか?」
「残念ですが商会長がそれは困ると……」
「それはそうだろうな」
グリムシュタット村の人間に利益を還元したいという仁の言葉が本当ならば、グリムシュタット村の農民が現金収入を得るための道具を売ったりはしないはずだ。
「分かった。冬に道が閉ざされるまでこの取引を続けたい。いいだろうか?」
「もちろんです。こちらとしてもお願いします」
こうしてグリムシュタット村の名産品として、とても質のいい衣類が上がるようになったのだった。
グリムシュタット村の名は確かに広まりつつある。
……………………