お酒は20歳になってから
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──お酒は20歳になってから
ユリウスさんから改めフリーデンベルクの市長に会う招待状が来るまでは、俺たちはヴォルフ商会で新商品開拓を行うことにしていた。
と、そんなある日のことである。
「やあ、ジン君。今、大丈夫かね?」
「アルノルト様。もちろん、大丈夫ですよ。お茶をお入れしますね」
「ありがとう」
アルノルトさんがヴォルフ商会の事務所を訪れた。
「それで、どうされましたか?」
「うむ。前に君にウィスキーという酒を貰っただろう?」
「ええ」
「あれを前にとある貴族の宴に持っていったら、彼らもえらく気に入ってね。是非とも購入したいという申し出があったんだ。ヴォルフ商会ではあれを商品として扱う予定はないのだろうか?」
なんと! ウィスキーを買いたいという貴族の人が現れたらしい。
「それならもちろん商品として扱う準備はありますよ。仕入れに数日いただきますが」
「おお! ありがとう、ジン君。とりあえずボトルで5本ほど仕入れてくれるかな? まずはそれを提供してみたい」
「畏まりました」
というわけで、アルノルトさんの求めに応じて俺はウィスキーを仕入れることに。
市内のドラッグストアで前は購入したのだが、今回もそこでいいかとドラッグストアへ。最近のドラッグストアはお酒の品ぞろえがなかなかにいい。
「しかし、俺、あんまりウィスキーは飲まないんだよね」
よく飲むのはビールで、ときどき焼酎という具合なのでウィスキーはどれがいいのかよく分からない。けど、ウィスキーの種類はいろいろあるというのが困りもの。
「とりあえずそこそこの価格帯のものを……」
安すぎず、高すぎずなウィスキーを選び、レジに持っていく。一応アルノルトさんが試飲できるように2本ずつの購入だ。
支払いを済ませてから俺は再び異世界へゴー!
「アルノルト様。ご要望のあったお酒です」
「おお! ありがとう、ジン君! しかし、いろいろと種類があるのだね?」
「ええ。作られた国が違ったり、いろいろです。試飲できるようにふたつずつ買ってきましたので、どうぞご賞味ください」
「それはありがたい!」
アルノルトさんにはグリムシュタット村に置かせてもらっている恩があるので、これぐらいは安いものだ。
「では、これを売り込んでくるよ。値段はどうするかね?」
「貴族向けの商品ですからね……。自分ではちょっと……。そこのところはニナ様と相談なさって下さい。それぞれの商品の仕入れ値はここに書いておきましたので」
「分かった。改めてありがとう、ジン君」
そう言ってアルノルトさんはお酒を抱えてうきうきした様子で帰っていった。
「さて、と」
実を言うとアルノルトさんが気に入ったウィスキーの他に、リーゼと楽しもうと別のお酒も買っているのである。今日の夕方になったら一緒に楽しむつもりだ。今はバッテリーに繋がれた小型冷蔵庫に入れてある。
「ジャガイモの様子を見てこよう」
夏が終わったグリムシュタット村は涼しくなり、いい気温だ。
もう日本は夏が終わるのが遅すぎる上に、夏が終わるとすぐ冬だから、こうして秋の訪れをゆっくりと楽しめるのは素直に嬉しい。
俺はぶらぶらと村の中を歩き、ジャガイモが栽培されている小さな農地を訪れた。
「リーゼ。ここにいたんだ」
「ジンもジャガイモの様子を見に?」
「散歩も兼ねてね」
俺はリーゼにヴォルフ商会がウィスキーも売り始めたことを伝えておいた。リーゼは副会長なので把握しておいてもらわなければ。
「お菓子から始まって、文房具にお酒と。何でも屋さんだねぇ」
「あはは。そうだね。もっと便利な品もあるから広げたいよ」
リーゼがこれまでを思い返して告げるのに俺はそう言って笑う。
「そうだね。ジンの持ってくる品は、きっとこの村を豊かにしてくれるよ。このジャガイモだって育てば飢饉が防げるかもしれない。そして、全てはジンがここに来てくれたから。そう思うと本当に嬉しい!」
そういってがばっとリーゼが俺に抱き着く。
「扉がここに繋がったのもきっと何かの縁だからね。このご縁を無駄にしちゃいけないと思うんだ」
「ジンのそういうところ、好きだよ」
「あはは……」
リーゼが俺にそう言ってくれるのに俺は恥ずかしくて笑うのみ。
「それじゃあ、今日は俺たちも晩酌と行こうか? リーゼが気に入った梅酒をまた持ってきてるよ」
「本当!? 嬉しいな!」
それから俺たちは一度ヴォルフ商会の事務所まで戻り、冷蔵庫から冷えた梅酒を取り出すとリーゼの小屋に向かった。
「それでは日々お疲れさまでした。乾杯!」
「乾杯!」
俺とリーゼは揃いのグラスで乾杯する。
おつまみはナッツとチーズで、俺たちはゆっくりとグラスを傾けて梅酒を味わう。
「ふふふ。この梅酒は甘いから好きだな。優しい味わいって感じだしね」
「甘いお酒はついつい飲みすぎちゃうのが困りものだけどね」
「今日ぐらいは羽目を外しても怒られないよ!」
そう言ってリーゼと一緒に梅酒のボトルを開けていく。
「ねえ、ジン。私たち、結婚できるかな……?」
酔いが回ってきたのか不意にリーゼがそう尋ねてくる。
「……できないことはないと思う。俺も考えてたんだ。上手く行き来しながら、リーゼと結婚できないかなって……」
俺も程よく酔ってきていたのかそう語った。
「いつ閉じるか分からない扉なのが怖いけど、もし閉じるなら俺はこっちに残ろうと思うんだ。日本から物が持ってこれなくなったら、何の役にも立てないかもしれないけど、それでもって」
「……嬉しい」
リーゼはそう言って俺の手に彼女の小さな手を重ねた。
それから俺たちにそれ以上の言葉は必要なかった。ただお互いを感じながら、ゆっくりと梅酒を味わったのだった。
* * * *
「ローゼンフェルト辺境伯閣下。これがこの前の宴でご賞味いただいた酒です」
アルノルトは隣領のローゼンフェルト辺境伯リヒャルトにウィスキーのボトルを渡す。何気にジンが選んだ中では一番お高い日本製のウィスキーである。
「おお! これは、これは! 楽しみにしていたよ!」
本来ならば売買するはずだったのだが、アルノルトはニナと相談し、親しくしているリヒャルトにはサービスすることにした。無論、これは別に完全な親切からではなく、以前のアメのときと同じ作戦だ。
ローゼンフェルト辺境伯領は以前にも説明したように国境に面し、様々な交流がある。そこで開かれる宴でリヒャルトがこのウィスキーを提供すれば……あとは言わずとも分かるというものだろう。
「実はアルノルト卿、この酒に興味を示しているのは私だけではないのだ」
おや? 早速だろうかと思いながらアルノルトは続きを聞く。
「国王陛下も興味を持っておられてな。あの方の酒好きは貴公も聞いているだろう?」
「はい。聞いております」
「火を噴くように強い酒の話が王都にまで届いたようで、我が領地にお忍びでいらっしゃることになったのだ」
アルノルトはここでちょっとがっかりした。来てくれるならばグリムシュタット村に来てくれれば、いくらでも強い酒を振る舞ったのにと。
「もちろん、この酒を調達したのは私ではない。貴公だ。そこで貴公を国王陛下に紹介したい。どうだろうか?」
「ええ。それは光栄なことです」
「うむうむ。お忍びの宴となるが、この酒以外にも何かあればぜひ持ってきてほしい。王都に販路を伸ばすチャンスかもしれない。貴公の領地の発展に私も貢献できれば光栄だ。いいだろうか?」
「おお。分かりました。是非とも準備しましょう」
もうグリムシュタット村の珍しい商品の噂は、国王をも知るところとなった。
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