勘違いしてる
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──勘違いしてる
「このような茶葉になる植物はこのグリムシュタット村で栽培されている様子もない」
ユリウスさんは紅茶を一口味わい、満足げに頷く。
どうしよう。異世界の扉の件は別に秘密にしなければいけないというわけではないのだが、公になったら公になったでトラブルが生まれそうなのだ。
ここはテレジアさんに伝えたように、暗に異世界と繋がっていることを示すか……?
「あなた方は異国への交易路を密かにお持ちなのではないでしょうか?」
ユリウスさんはずばりと言うようにそう言った。
「この茶葉にしても、凄腕の職人にしても、異国で培われたものなのでは? 密かに異国と取引する手段をあなた方はお持ちなのでしょう? 豊かな南方か、あるいは異民族が暮らす東方か」
「……え?」
「……え?」
俺がただ驚くのにユリウスさんも思ったりアクションと違ったのか驚いてた。
「あ、ああ~。そこに気づかれているとなると……。ニナ様、もう正直に話してしまっていいような気がするのですが、どうでしょう?」
「そうですね。フリーデンベルク市の顧問とあられる方ならば下手に吹聴されることもないでしょうし、構わないのではないでしょうか?」
「ですね。ユリウス様、ちょっと事務所を出ましょう」
俺はユリウスさんを連れて異世界への扉がある場所まで向かう。
「ここにですね。異世界への扉があります」
「い、異世界?」
「そうです。見ててみください」
俺はそう言って異世界への扉を潜り、日本に戻るとコーヒーを抱えて戻ってきた。
「という具合です。こちらはお土産にどうぞ」
「あ、ありがとう。しかし、異世界……? 本当なのかね?」
コーヒーの詰め合わせをユリウスさんに渡すとユリウスさんは真剣な表情で、俺が消えたように見える異世界の扉のある場所を観察する。
「そうですよ、ユリウス様。ジンは異世界のクマモトという場所から来ているんです! 私たちもその異世界の技術で随分と助けてもらいました!」
「ええ。山賊を討伐する際にも異世界の機械が活躍したのです」
リーゼとニナさんがそれぞれそう保証する。
「いやはや。異国などというレベルではなかったのか……」
ユリウスさんはまだ驚いている様子だったが、すぐに俺の方を向く。
「ジンさん。あなたはこの扉をどのように生かされるおつもりなのですか?」
「そうですね。両方の世界を幸せにできればと思います。自分としては祖父がこちらの世界でお世話になったということもありますので、こちらの世界にはない品を異世界から持ち込んで豊かにできればな、と」
「……なるほど。テレジアが言っていたように誠実な方のようだ」
俺の言葉にユリウスさんは頷く。
「あなたのような方と取引が続けられればと切に願う。フリーデンベルク市の顧問としてあなたを一度市長ゲオルグ・フェルゼンシュタインに紹介したい。市長はヴォルフ商会とあなた方が扱っている商品に大変興味を持たれている」
「それは構わないのですが……」
異世界云々の話はどうなるのだろうか?
「私は秘密を守りましょう。決してグリムシュタット村が異世界に繋がっているなどとは公にしません。市長にもです。ここでのことは本当に凄腕の職人がいたと言っておきましょう」
「助かります。いずれは明かしてもいいことだとは思うのですが、今はまだ」
「ええ。準備も必要でしょう」
下手に大騒ぎになるとグリムシュタット村の村人たちにもニナさんやアルノルトさんにも迷惑が掛かってしまう。
「しかし、市長にお会いして何を話せば……?」
「市長はあなた方が信頼に足るかどうかを考えておいでです。突然フリーデンベルクに奇妙な品が持ち込まれ、そのことで市長も驚かれました。これからも何か新しい品が持ち込まれるのか、取引は続けられるのか。そこを疑問に思われているのでしょう」
「そうですか。それならば大丈夫そうです。一度お会いしましょう」
「ありがとうございます、ジンさん。それからここにある品をいろいろと見せさせていただいてもいいでしょうか?」
「もちろんですよ」
それから俺はユリウスさんをグリムシュタット村で案内した。
「この赤い植物は?」
「ミニトマトです。各家庭で小規模かつ試験的に栽培しているんです。そのまま食べても美味しいですよ」
「ほう。ひとついただいても?」
「ええ」
ユリウスさんはミニトマトをぱくりと食べて目を見開く。
「これは……さわやかな酸味と瑞々しい食感。素晴らしいですな。これも異世界の品なのですか?」
「そうです。今は飢饉に強い作物なども試しに栽培しています」
俺はジャガイモを紹介し、ジャガイモが収穫量が多く、栄養もあることを紹介した。それを聞いたユリウスさんはフリーデンベルクでも育てたいと言っていたので、種芋と育て方のマニュアルをプレゼントした。
ジャガイモは一部毒性があるので、その点への注意もマニュアルに書いてある。ちなみにマニュアルを現地語で記したのはリーゼだ。
「いいのですか? この村の秘密なのでは……」
「いえいえ。少しでも多くのジャガイモが育って、飢饉が防げたらと思いますから。隠すようなことではないのですよ」
俺としてはグリムシュタット村だけではなく、この世界で飢饉が起きるようなことを避けたいのだ。そのためにはジャガイモのような作物を広めるのはありだと思う。
「やはりあなたは誠実な方なのですな……」
ユリウスさんはそう言ってくれていた。
それから俺は自慢のSUVをユリウスさんに披露した。ユリウスさんを乗せて軽くグリムシュタット村の周りをドライブするとユリウスさんはどこまで驚いていた。
「お、おおっ! こ、これは……。自走する荷馬車、ですか……?」
「車と言います。これでフリーデンベルクまでお邪魔したのですよ」
「ほうほう! ちなみにここからフリーデンベルクまではクルマならばどの程度?」
「そうですね。2日ぐらいでしたね」
「2日!」
馬車だと6、7日の道のりだと聞いているので確かに驚くだろう。
「これがあれば……交易路はさらに活発になり、人の行き来も……」
ユリウスさんはそう考え込んでいるが、自動車はすぐには渡せないのだけれど。
「いやはや。どの技術も素晴らしいものばかりで。是非ともフリーデンベルクに取り入れたいものです」
「これからもお付き合いが続けば、自然と異世界の品が広まるでしょう」
「そうですな。是非とも取引を続けていきたいものです」
それから俺たちはユリウスさんがフリーデンベルクに帰るのを見送って、またヴォルフ商会の事務所に戻った。
「いやぁ。それにしても異世界の扉のことを知る人が増えちゃいましたね」
「大丈夫だよ。この村に異世界に繋がっている扉がある! っていってもすぐに信じる人はそうそういないだろうし」
「それもそうだよね」
俺だって未だに異世界に繋がっている扉の原理が分からないのだ。全くの謎としか言いようがない。こっちの人にとってもそれは同じだろう。
「表向きには凄腕の職人がいるという話は維持しておきましょう。異世界の品というのが公になると警戒心も生まれてしまうかもしれません」
「分かりました、ニナ様。そのように」
というわけで、俺たちは引き続き凄腕の職人伝説を守ることにしたのだった。
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