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お客さんが来るそうです

……………………


 ──お客さんが来るそうです



 テレジアたちに新しい文房具の営業を終えた俺たちはグリムシュタット村に戻ってきた。そして、新しく取り掛かっているのは不作に強い作物の栽培試験だ。


「ジャガイモはこうやって切ってから土の中に、と」


「ええ!? 切っちゃうの?」


「うん。マニュアルにそうあったから間違いないよ」


 アルノルトさんから借りた小さな菜園で、俺とリーゼはジャガイモを栽培使用している。これが成功すればこれから小麦が不作だったときの場合に役立つ作物になってくれるかもしれない。


「よーし。これで準備万端だ。あとはマニュアル通りにやっていこう」


「一段落ついたね。お茶を入れるよ~」


「ありがとう、リーゼ」


 いやはや、農作業なんて小学生のときにちょっと体験したぐらいで大人になってからは全然だったから、作物ひとつ育てるのにいろいろとやらなければいけないことが多いのに驚く。世の農家さんは偉大だ。頭が下がります。


 俺とリーゼは今日は暖かいので冷たい麦茶でお茶にした。リーゼに市内のデパートで買ったおそろいのグラスに麦茶を注いでもらう。お茶菓子は水羊羹だ。リーゼはどうも和菓子が好きになったみたいなのでいろいろ試している。


「ジャガイモはどれくらいで収穫できるんだっけ?」


「3ヶ月くらいかな?」


「収穫、楽しみだねぇ」


 俺たちはのんびりと話しながら麦茶と水羊羹を味わう。リーゼとこうして過ごしているのは、とても落ち着く。異世界への扉があって一番良かったことは、リーゼと出会ったことで間違いない。


「おーい、ジンさ~ん!」


 と、リーゼの小屋でお茶をしていたとき村の人がやってきた。


「どうしました?」


「手紙が来ているよ。フリーデンベルクってところから」


「手紙……?」


 こっちの世界に来てから手紙を受け取るのは初めてのことだ。


「リーゼ。読んでもらえるかな?」


 地球から持ち込んだ品は基本的にこちらの住民にも読める文字になるのだが、その逆は今のところない。つまり、俺はこっちの文字で書かれているものは読めないのである。


 それでは困るということで、最近ではリーゼに文字を教わっているところだ。まだあんまり読めないけど。


「えっとね。ああ、テレジアさんからの手紙だよ。グリムシュタット村のヴォルフ商会をフリーデンベルク市の顧問であるテレジアさんのお父さんユリウスさんが訪問したいけど許可を貰えるかって」


「フリーデンベルク市の顧問! それって結構偉い人だよね……?」


「そうだねぇ。自由都市の顧問だから結構偉い人だねぇ」


「そんな人が俺たちに何の用事なんだろう? それは書いてない?」


「う~ん。どうもフリーデンベルク市の市長さんがヴォルフ商会について気になっているらいしね。だから、一度顧問のユリウスさんがジンに会いたいって」


「ふむふむ。こっちから出向かなくていいのかな……?」


「普通はそうなんだけどね。けど、手紙には向こうがこっちにお邪魔したいってことだからいいんじゃないかな? どうする、ジン?」


「テレジアさんには魔法使い連盟の件でお世話になっているし、断れないよね。承諾の返事を出そう」


「了解。返事を書いておくね!」


 リーゼに返事を書くのをお願いし、俺はフリーデンベルク市の顧問だというユリウスさんを歓迎するための準備を始めた。


 とは言え、返事を送ってすぐ届くわけではない。


 郵便物は馬に乗った人が届けるらしいのだが、馬車などない騎乗した人間単品でもグリムシュタット村からフリーデンベルクまでは2~4日かかるそうなのだ。


 それで返事が何日か後に届いて、ユリウスさんたちが『さあ、出発!』となってもフリーデンベルクからグリムシュタット村までの道のりには7日。


 まあ、そういうわけなので俺はとてもゆっくりと準備を行っていた。


 お茶菓子を準備し、お茶を準備し、お土産を用意し、事務所を掃除し……。


「ジン。フリーデンベルクから客人が来るそうですね」


 と、そんな準備をしていたらニナさんが様子を見に来た。


「ええ。フリーデンベルク市の顧問であるユリウスさんです。一度こちらにいらしたいということだったので。もしかして、不味かったでしょうか?」


「いえいえ。別に困ることは何もありませんわ。それにヴォルフ商会に関することならば、決定するのはあなたの権利です」


 俺が尋ねるのにニナさんはそう言って笑う。


「しかし、あなたが来てからグリムシュタット村はどんどん賑やかになっていくのを感じます。これがずっといい方向に向かえばよいのですが……」


「そうですね。急速な発展はときとして痛みが生じてしまいます。ここはゆっくりじっくりとやっていく方がみんなが幸せになれるのかもしれません」


 ニナさんの憂慮に俺もそう考えて答えた。


「そうですね。急ぐ必要はないのですから、ゆっくりとやっていきましょう。ところで、ユリウス氏が来るときには私か父の同席は必要ですか?」


「できれば、同席していただけると助かります」


「分かりました。であれば、私が同席しましょう。ユリウス氏がついたら連絡をください。待っています」


「はい、ニナ様」


 ニナ様が同席してくれれば、こちらとしても相手に権力で要求を押し通されることは避けられるだろう。もっともテレジアさんがそんな真似をする人を紹介したいとは言わないだろけどね。


 それからユリウスさんを待つこと数日。


「ジンさん、ジンさん。魔法使いさんがいらっしゃったよ」


「あ! ついにですね。伝えてくださってありがとうございます」


 衛兵から連絡を受けた村人さんが俺にユリウスさんの来訪を伝えてくれた。


 ユリウスさんはクリストフさんの場所より立派な馬車でグリムシュタット村を訪れ、衛兵に案内されてヴォルフ商会の事務所前に馬車を止めた。


「ようこそ、ヴォルフ商会へ、ユリウス様」


 俺とリーゼは事務所の前でユリウスさんを歓迎する。


「丁寧な出迎え、感謝いたします、スオウ・ジンさん」


 ユリウスさんも頭を下げてそう言った。


「では、こちらへどうぞ」


 それから俺たちは事務所の中に。


「ほう。これは……」


 事務所の中を見渡したユリウスさんは何やら興味深そうにソファーやライトを見る。


「随分と明るいですな?」


「ええ。あの照明のおかげですね」


 俺は事務所を明るくしているLEDライトを指さす。


「これは……どういう原理で?」


「えーっと。電気というものがありまして……」


 またしても電気の説明である。雷と同じ力というとユリウスさんもびっくり。


「何と! これもグリムシュタット村の凄腕の職人が?」


「そ、そうですね。そういうことになります」


 俺がちょっと対応に苦慮していたときにニナさんが到着した。


「始めました、ユリウスさん。私はグリムシュタット伯アルノルトの娘ニナです。今日はヴォルフ商会の一員としてこの場に参加させていただきます」


「おお。初めまして、ニナ様。フリーデンベルク市の顧問ユリウス・エーレルトです」


 ふたりはそう挨拶し、それから全員でソファーに腰かけた。


「ほうほう。このソファーも素晴らしい品ですな……」


 ユリウスさんはソファーにも満足げ。


「どうぞ」


 それから俺が紅茶を入れてユリウスさんたちにカップを差し出す。


「おお。これは紅茶ですな。私も何度か飲ませていただきましたよ」


「魔法使い連盟ででしょうか?」


「ええ。気に入ったのですが、なかなか流通しておらず……」


 そこでユリウスさんは俺の方を見つめる。


「しかし、このようなお茶は流石に職人の手で作ったと言うには無茶があるのでは?」


 彼は鋭くそう切り込んできた!


……………………

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