色とりどりの線とコンパスの懸念
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──色とりどりの線とコンパスの懸念
俺たちは魔法使い連盟のフリーデンベルク支部で販売するノートとボールペン、そしてその他の文房具を抱えて、再びフリーデンベルクを訪れた。
「やっぱり賑やかな街だね」
「そうだね。グリムシュタット村もいいけど、フリーデンベルクには自由都市ならではの良さがあるよ」
俺たちは宿に車を止めて、フリーデンベルクで合流したクリストフさんの馬車で魔法使い連盟に向かっている。
「クリストフさん。あれから営業の方はどうですか?」
道中の話題として俺はクリストフさんにそう尋ねた。
「ええ。順調です。魔法使い連盟ではいよいよ施設内での店舗の運用が始まり、商業ギルドの多くもボールペンとノートに魅了されています。今回の商品も間違いなく、売れる商品になるはずです……!」
既にクリストフさんには今回持ち込む文房具を見てもらっている。彼から見ても今回の商品もまた売れるだろうとお墨付きをもらった。
「では、まずは魔法使い連盟内の店舗を見させていただいて、それから新商品の売り込みをしましょう」
「はい!」
俺がそう言い、クリストフさんが頷く。
しかし、護衛のエリザさんはどこか警戒した様子であり──。
「どうしました、エリザさん?」
「いや。つけられてるなと思ってな」
「尾行ですか……? 誰が……?」
エリザさんは何者かが俺たちのあとを付けていると警告。
「そいつは心当たりが多すぎるだろう?」
「ですねぇ。手工業ギルドに他の商人たちに……とにかく心当たりは多いです」
エリザさんが呆れたように言うのにクリストフさんがしみじみと頷く。
「それって危険ではないのでしょうか?」
「大丈夫だろう。ここで手を出せば衛兵がすっ飛んでくる」
荒事に慣れているエリザさんがそういうなら大丈夫か。俺は仮に暴力に巻き込まれてもできることはほとんどないのである。平和な日本で育った日本人ですし。
それから俺たちは魔法使い連盟までいったが、確かに誰も手は出してこなかった。
「ようこそ、ヴォルフ商会の皆さん」
「テレジア様。お久しぶりです」
魔法使い連盟ではテレジアさんに出迎えられて、俺たちは挨拶を交わす。
「早速ですが、施設内の店舗の方はどのような感じでしょうか?」
「ええ、ええ。とても順調ですよ。見ていかれてください」
「では」
俺たちはテレジアさんに案内されて魔法使い連盟の中に設置された店舗へ。
「あ! ウルリケ!」
「リーゼ。ふふふ、ここの様子を見に来たの?」
ノートとボールペンが並べられた小ぢんまりとした店舗で店番をしているのは、他でもなくリーゼの友人であるウルリケさんだった。
「ウルリケもここで働くことにしたんだ?」
「ええ。従業員割引があると聞いてですね。お給料の足しにもなりますし」
「へええ!」
従業員割引を考えたのはクリストフさんで、俺も承諾している。ここでの従業員はアルバイト扱いなので、せめてもの福利厚生と言ったところだ。
「売り上げの方はどうです?」
「もちろんばっちりですよ。これが帳簿になります」
俺とクリストフさんで帳簿を見たが、黒字も黒字。大儲けである。
「ふむ。大丈夫そうですね。では、ウルリケも交えて新しい商品の話をしましょう」
「新しい商品ですか?」
「いろいろ持ってきていますから」
ウルリケさんとテレジアさんが疑問に首を傾げながらも興味を抱くのに、俺たちは新しい商品を紹介するために応接間に。
「今回お持ちしたのはこちらの品になります」
俺はコンパス以外の文房具をテーブルに並べ、それからノートを広げる。
「新しいペン、ですか? それにしては色鮮やかな……」
「ええ。今回は色のあるペンや鉛筆を多く持ってきました。試されてみてください」
「では、失礼をして」
テレジアさんとウルリケさんは蛍光ペンや色鉛筆を手に取ってノートにすらすらと文字や記号を描き、びっくりしていた。
「これはとても鮮やかなですね! 美しいです!」
「こ、これはどういう色なのでしょうか?」
テレジアさんは色鉛筆に満足し、ウルリケさんは蛍光ペンに困惑している。
蛍光ペンは言わずもがな、色鉛筆も地球で生まれたのはナポレオンの時代なので、この世界にはまだ存在していないはずなのだ。つまりはこの世界で初めての色鉛筆ということになる。珍しいのは当然だね。
「蛍光ペンはこうして強調したい部位に引いたりすると便利だよ~」
「なるほど! 確かにこれはとても便利そうです!」
リーゼが蛍光ペンの活用方法をアドバイスし、ウルリケさんは何度も頷いている。
「これはいいものですが、値段の方は……?」
「ボールペンやノートとさほど違いはありません。特段に高い品ではありませんよ」
「なんと! それならば需要はとてもあるでしょうね……」
色鉛筆も蛍光ペンも高級品ではない。
「あとひとつ、ちょっとご相談したいことがありまして」
俺はそう言ってリーゼに目配せしてから、ここでようやくコンパスを見せる。
「これは?」
「こう使うものです」
俺はぐるりとそれで円を描いて見せた。それを見てテレジアさんとウルリケさんははっとしたように目を見開く。
「少し、試させてもらってもいいですか?」
「もちろんです。どうぞ」
ウルリケさんが求めるのに俺はコンパスを彼女に渡す。
彼女は自分でも正確に綺麗な円が書けることを把握し、それから何かの紋様を描き始めた。それは小さいしシンプルだが間違いなく魔法陣だ。
「炎よ」
そしてウルリケさんがそう詠唱するとキャンプファイヤーのような炎がぼうっと立ち上った。いきなり勢いよく炎が現れたのに俺もクリストフさんもびっくり。だが、リーゼだけは冷静にその様子を見ていた。
「こ、これは、正確な魔法陣のおかげで魔法の出力が上がった……?」
「そうなんだよ。私も実験したけど出力は5、6倍に上がるみたい。だから、ちょっとこのコンパスを流通させるのには問題があるんだよ」
「ええ。ですね。いきなりこんな高出力の魔法が出回ったら……大混乱です……」
事態の深刻さはウルリケさんたちにはすぐに伝わったらしい。流石は魔法使いだ。
「まずは責任ある人たちに限定して流通させ、それで対策を練ってから一般に普及させましょう。魔法の威力が向上することそのものは歓迎すべきことだと自分も思うのですが、無責任に技術だけを高めるべきではないと思うのです」
「そうですね。技術の発展に合わせた法の整備なども必要でしょう」
「そうです。その点が整うまではどうか魔法使い連盟の責任ある方が研究のためのみにお使いください」
「そうさせていただきます。ジンさん、あなたは実に思慮深い方ですね」
「いえいえ。リーゼの受け売りですよ」
テレジアさんが褒めてくれるのに俺はそう言ってリーゼの方を見る。
「それからこの前は渡すことができなかったのですが、無事に商談が成立しましたことへの感謝の品としてこちらをどうぞ」
俺はそう言ってコーヒーと紅茶の詰め合わせをテレジアさんへ。
「これは……?」
テレジアさんとウルリケさんは首を傾げている。
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