続いての品も文房具
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──続いての品も文房具
俺は今回魔法使い連盟を見学させてもらって、いろいろな点に注目した。
まず基本的にインクで文字を書いているということ。あの場にシャープペンシルや鉛筆の類はなかった。
そして、どれも黒一色だということ。俺が持ってきたボールペンが1種類だけなのでそれはそうなのだが、色のついたインクはない。
それから魔法陣を書くのに必要そうなコンパスも見当たらなかった。
なので、次はこの手の品を持ち込もうと思うわけである。
「ジンさん」
「どうしました、クリストフさん?」
俺たちが宿に戻るとクリストフさんが話しかけてくる。
「フリーデンベルクに出店する件、どう思われますか?」
「ふむ。その件ですか。需要はあるようなのでいいかもしれませんが、ひとつ問題があるんですよね」
「と言いますと?」
「人手不足です」
そうなのだ。
フリーデンベルクに店を出したとする。では、その店の店番を誰がやって、グリムシュタット村からその店まで誰が商品を運ぶのか。
アルノルトさんとニナさんは貴族としての仕事がある。俺は地球から商品を運ばなければならない。リーゼもグリムシュタット村での仕事がある。クリストフさんはまだまだ営業をしなければいけない。
「……確かに人手が足りませんね。どうしたものか……」
俺がそう説明するのにクリストフさんはそう言って悩んだ。
「人を新しく雇うと言うのは?」
「う~ん。それも考えなければいけないのでしょうが、人を雇えばその人への責任が生じます。確実に成功するという自信や根拠がなければ、安易に事業を拡大するのはよくないでしょう?」
「それはそうなのですが……」
やはり人を雇ったりするのは安易にはいかない。不用意に従業員を増やして、いきなり異世界の扉が閉じてしまったりしたら大変だ。
「魔法使い連盟に手伝ってもらったらどうかな?」
と、ここでリーゼがそういう。
「魔法使い連盟に?」
「そう。今日は魔法使い連盟で授業を受けてた子供やウルリケみたいな研究者を見たでしょ? 確かに授業料は無料だし、研究者には給料も出るけど、この物価が高いフリーデンベルクで食べていくのはそれだけでは大変なんだ」
そこで、とリーゼが続ける。
「魔法使い連盟の中にお店を出す形にして、従業員にはそういうお金がほしい学生や研究員を臨時で雇っておく。それなら本格的にフリーデンベルクに出店するより、リスクは低いんじゃないかな?」
「なるほど。学校の購買みたいな形にするのか」
魔法使い連盟の学生や研究員をアルバイトとして雇い、場所も需要がある魔法使い連盟の中にする。そうすれば確かに全くのゼロからフリーデンベルクでスタートするよりも、いざという場合に撤退がしやすい。
「それはよさそうですが、テレジア様の許可が要りますね」
「明日またお会いして話すことはできないでしょうか?」
「私がアポイントを取っておきます。魔法使い連盟としても損のない話ですから、きっと前向きに考えてくださるはずです」
「お願いします、クリストフさん」
というわけで、明日会えれば再びテレジアさんと交渉することに。
「魔法使い連盟の中で試してみて、ジンが自信を持ったら本格的にフリーデンベルクに出店しようね」
「ああ。段階的にやれば安心できるよ」
そういう話をしてから、俺とリーゼは宿に帰り、一晩を過ごした。
翌日、クリストフさんは無事にテレジアさんとのアポを確保し、俺たちはリーゼが考えたプランを彼女に説明し、承諾を得ようと提案した。
「まあ。素晴らしいですね、それは。確かにお金に困っている学生や研究員は少なくありません。それに彼らは教育を受けております。読み書きはもちろん計算だってできます。きっといい仕事をしてくれるでしょう」
と、テレジアさんは即座にオーケーしてくれた。
「それではよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
詳しい話はクリストフさんがフリーデンベルクに残って行うそうだ。またグリムシュタット村に仕入れに来るときにどうなったかを聞くことにした。
「では、俺たちはグリムシュタット村に帰ろうか?」
「そうだね。そろそろ帰ろう」
俺とリーゼはそう言い、車でフリーデンベルクを出てグリムシュタット村に戻った。
「あ、ジン兄ちゃんとリーゼ姉ちゃんだー!」
「お帰りなさい!」
グリムシュタット村では子供たちが俺たちを出迎えてくれる。
「ただいま~! お土産があるよ~!」
「わーい!」
リーゼはフリーデンベルクで買った玩具を子供たちに配る。玩具は主に人形で木彫りのそれであった。子供たちはそれを受け取って遊び始める。
「さて、俺は次の仕入れに入らないとね」
「ジン。次は何を持ってくるの?」
「一応決めているよ。リーゼにまずは試してもらって、使えそうだったらフリーデンベルクで販売しようと思う」
「了解だよ。頑張ってレビューするね!」
「よろしく!」
俺はリーゼに別れを告げて異世界の扉からに日本に戻る。
さて、次に持ってくるものは決めているので、市内の文房具店に向かう。
「コンパスに色鉛筆に……あ! 蛍光ペンなんかもいいかも」
あれこれと文房具を買いあさって、買い物かごにどっさりと入れる。
いつものように大量に買い物する俺を店の人は『どこかで学校でも始めるんだろうか?』という顔で見ていた。
しかし、文房具というのは子供のころは無駄にわくわくしたものだけど、大人になると実用性ばかりを追い求めてしまうな。
と思ったときに、キャラクターものの文豪具を見かけた。可愛い感じのキャラクターが描かれたなかなかにお高いボールペンだ。
「リーゼに買っていったら喜んでくれるかな?」
俺は最後にそのボールペンを購入した。
それからお菓子と紅茶、コーヒーを補充し、再び家に戻る。
家の庭は既に綺麗に雑草が刈られており、家の方も済みやすいようにリフォームされている。ネット環境が整ったので、これからは品物の仕入れは通販でもいいかもしれないなどと思いながら買ってきたものを家に運び込む。
「ん?」
そこで俺は庭の隅を何かが走っていくのを見かけた。
よく見ればそれはタヌキだった。夏毛のせいかちょっと痩せて見えるタヌキがとととっと庭の隅を駆けていっていた。
「ここら辺ってタヌキが住んでたんだ……」
動物園以外でタヌキを見たのは何気に初めてだ。
「そう言えばじいちゃんの残したものに、猫なんて飼ってないのにキャットフードがあったけど、もしかして……?」
じいちゃん、タヌキに餌付けしてた?
「タヌキって餌付けしてもいいんだろうか?」
野生動物にはいろいろと法律がある。勝手に餌をやると怒られる場合も。
「けど、何が縁を感じるんだよな……。無視できないというか……」
俺はそう思い、次の買い物の時にはキャットフードを買ってこようと思った。飢えて死にそうなタヌキになら、餌をあげても怒られないだろう。……多分。
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