リーゼロッテの友人
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──リーゼロッテの友人
俺たちは子供たちに見送られて、教室を出た。
「ノートとボールペン、今はそこまで安いものではないのですが、支給できるほどには予算はあるということなのでしょうか?」
俺は先ほどの教室を見て気になったことを尋ねる。
「ええ。魔法使い連盟の予算はそれなりに潤沢ですよ。特にこのフリーデンベルク支部はフリーデンベルク市からも補助金を貰っていますので」
「えっと。子供たちの負担になっていたりはしませんか……?」
ノートとボールペンは銀貨10枚でクリストフさんに卸していたが、そこから販売すると値段はさらに上がっているはずだ。銀貨10枚はそこそこお高いはずである。
「うふふ。その点は問題ありませんよ。子供たちからお金は取っていませんから」
「授業料とかも、ですか?」
「ええ。魔法使い連盟は試験にさえ合格すれば、誰でも受け入れています。魔法使いになるのに必要なのは才能と努力。お金や地位ではないのです」
「素晴らしいですね」
俺は子供たちが無償で教育を受けられているということに感心した。それは地球でもなかなか珍しいことなのだから。
「魔法使いというものは社会の基盤をなす重要な地位です。おろそかにすれば国は滅び、都市は衰退する。これまでの長い歴史がそれを証明しており、そうであるが故にフリーデンベルク市も魔法使い連盟にお金を出しているのです」
テレジアさんはそう誇るように語った。
「さて、次は研究区画を見ていきましょう。ここでは新しい魔法が生み出されているのですよ」
そう言って俺たちは3階に上がる。
そこにいたのは小柄な若い魔法使いの女性で──。
「あ! ウルリケ!」
その女性を見たリーゼが声を上げる。
女性は黒髪をポニーテイルにして、丸いレンズの眼鏡をかけていた。その碧い瞳が、リーゼの方を見ると驚きの色が浮かぶ。
「リーゼ!? どうしてここに……?」
女性はそう驚きながらもリーゼに駆け寄る。
「今日はこちらのジンの付き添いだよ。こちらはヴォルフ商会商会長スオウ・ジンさん。ジン、こっちは私の学校時代の友達のウルリケ」
「初めまして、ウルリケさん。周防仁と言います」
俺はウルリケと紹介された女性に頭を下げて挨拶。
「ええっ!? ヴォルフ商会ってあのノートとボールペンの……?」
「そうだよ! 今日はその商談のためにここに来てたんだ。けど、ウルリケに会えるなんて思ってなかった。嬉しい~!」
「私もだよ。リーゼとは久しぶりに会うよね。グリムシュタット村の方はどう?」
「まあ、ぼちぼちだったけど、最近はこうしてヴォルフ商会っていう立派な商会もできてね。毎日ワクワクしているよ!」
「いいなぁ……。私はまだ雇ってくれる人、見つけられてないよ……」
リーゼとウルリケさんは本当に仲のいい友人のようだ。
「ここでもノートとボールペンは使っているんですか?」
「ええ。当然ですよ。あれが来てから研究が整理しやすくなって助かっています。ほら
、こうして魔法の研究を整理できるんですよ」
そう言ってウルリケさんは本棚を見せる。そこには既に十数冊のノートが収まっていた。どうやらかなりのヘビーユーザーのようだ。
「使ってみて不満な点などありませんか?」
「不満ななんて全然。強いていうならば冊子になっていない白い紙があればなと思うぐらいですね。さっとメモできるような……」
「ああ。それでしたらありますよ。今度、持って来ましょう」
「本当ですか? ありがとうございます!」
既にグリムシュタット村ではコピー用紙をアルノルトさんたちが執務に利用しているし、ストックもヴォルフ商会にある。
「それで、魔法の研究と言うのはどのようなものなのでしょうか?」
「そうですね。私の研究は魔力をコントロールする技術の向上です。魔法使いが魔法を使う際にはいくつかの手段があって、魔法陣を経由するものと、体感で操作するものがあるのですよ」
「ふむふむ」
「体感での操作は才能によりけりですが、基本的に魔法陣を経由するものより精度が落ちます。だから、大規模な魔法を使用する際には魔法陣を使うのが必須であり、その魔法陣のパターンを探っていくのが私の研究でして──」
そらからつらつらとウルリケさんが語ったが、半分くらい分からなかった。
「──だから、いろいろな魔法陣を記録できるノートは便利なんですよ」
「そ、それはよかったです」
とにかくノートとボールペンを気に入ってくれたということに俺は安堵。
「昔からウルリケは魔法陣書くの上手だったし、それに新しい魔法陣を生み出すのも得意だったもんね~。この仕事には凄く向いてそう!」
「ええ。まあ、仕事の内容に不満はないのだけど……」
「やっぱり独立したい感じ?」
「それはもちろん。教師でもないのに魔法使い連盟にいつまでもいるのは、雇ってくれる人がいない=才能がないってことですからね……。お給料だって……」
「だよね~……」
嘆くウルリケさんにリーゼが同情するようにそういう。
どうも魔法使い連盟でそのまま働くのは立場的にもお給料的にもそこまでよくならしい。大学のポスドクみたいな扱いなんだろうか? 資格取ったからって必ず就職できるわけでもないものな……。
「それではそろそろ失礼します」
俺はそう断ってウルリケさんの研究室を出る。
「またね、ウルリケ!」
「ええ、またね、リーゼ」
リーゼとウルリケさんもそう言って別れた。
「どうですか? 魔法使い連盟では本当にノートとボールペンの需要があるのですよ。なのでヴォルフ商会さんとは末永く取引を続けたいと思います」
「自分たちとしても需要の高さは感じました。是非ともこれから商品を必要とする人のところに届けられればと思います」
教室でも研究室でもノートとボールペンは大活躍だった。あれだけ使ってくれるなら、俺としてもこれからも魔法使い連盟に商品を渡していきたい。
「ひとついいでしょうか?」
と、ここでクリストフさんが声を上げる。
「何でしょう、クリストフさん?」
「我々のノートとボールペンは優れた品ですが、そうであるが故に妬みも買っております。従来の羽ペンやインク、そして羊皮紙を作っている手工業ギルドからはそれとなく脅されたことも……」
「まあ。それはいけませんわね。我々として力になれることはありますか?」
ああ! その問題が残っていたんだった! すっかり忘れていた……。
「我々との取引を公にし、我々に魔法使い連盟のご用達を名乗ることをお許しいただけますか? そうすれば脅迫や妨害は減ると思うのですが」
「それぐらいでしたら、構いませんよ。それより手工業ギルドに我々の方からはっきりとヴォルフ商会さんの邪魔をするなら一切取引しないと通知してもいいぐらいです」
「それは相手を刺激しすぎますし、我々も今は手工業ギルドと本格的にことを構えたくありません。ですが、そのお気持ちはありがたく受け取らせていただきます」
クリストフさんはそう言って頭を下げ、俺たちも頭を下げた。
「では、これからもよろしくお願いいたしますね」
「はい」
そして、俺とテレジアさんは握手を交わしたのだった。
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