魔法使い連盟支部長
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──魔法使い連盟支部長
それから暫くして応接間の扉が開かれ、俺たちは立ち上がる。
「ようこそ、魔法使い連盟フリーデンベルク支部へ。私が支部長のテレジアです」
テレジアさんは予想よりもずっと若かった。
支部長というぐらいだから年配の人を想像していたのだが、やってきたのは30代前半ほどの女性だ。確かにリーゼよりは年上だろうが、そこまで年配の人ではなかった。
まだ若さの感じられる艶やかなブルネット髪をショートボブに整えており、体にはやはり魔法使いのローブを身に着けていた。
「どうも。自分はヴォルフ商会の商会長である周防仁です」
「まあ! あなたがそうなのですね! ささ、おかけになってください」
俺が自己紹介するとテレジアさんは笑みを浮かべて椅子を勧める。
「この度はこちらの招きに応じていただきありがとうございます。ヴォルフ商会のノートとボールペンには本当に助かっているのですよ」
「いえいえ。こちらこそお招きいただき感謝しております。何せここまで活気のある街に来たのは初めてのもので」
テレジアさんがそう言うのに俺もそう返す。
「ほう? このような賑やかな都市は初めて、ですか? では、本当にこのノートとボールペンはグリムシュタット村なる場所で作っていると?」
「え、ええ。もちろんですよ。グリムシュタット村の凄腕職人が作っております」
「ふむ。正直な話、私たちはこの商品はこの国よりもっと進んだ国で作られて、そこから運ばれきているのでは……と考えていました」
テレジアさんのその言葉に俺はぎくりとする。
「このボールペンというもの……秘密にするように言い聞かせて、このフリーデンベルクの鍛冶職人に分解させ、同じものが作れるか? とそう尋ねました。しかし、職人は『このようなものはフリーデンベルクのどの職人にも作れない』と」
そう言いながらテレジアさんはカチカチとボールペンを鳴らす。
「しかし、技術としては作れないものの、知識としては理解できます。ボールペンの仕組みはその職人にも理解できたのです。私たちも魔法使いたちも同様に。だから、この世のものではないということではない、と」
そして、テレジアさんは地っと俺の方を見つめる。
「本当にこれは進んだ異国の地で作られたのではないのですか、ジンさん?」
俺はテレジアさんの問いに、ゆっくりと目を閉じて沈黙した。それは暗にイエスと言っているようなものであったが、あそこまで分かっているのではこうするしかなかったのである。
「……そうですか。いや、疑るような真似をして失礼をいたしました。これがどこで作られていようとも、私どもは気にしません。これからもノートとボールペンを仕入れたいというのが、今回お呼びした理由です」
テレジアさんは打って変わってにこりと笑ってそう言う。
「本当にこのノートとボールペンには助かっているのです。これが来てから仕事の効率が何倍にも上がり、魔法使いたちは喜んでいます。これまでは頭の中に留めておくしかなかったことも、さっとノートに書いて整理できるのですから」
テレジアさんはそう嬉しそうにノートとボールペンについて語る。
「事務職のものも従来の文房具より遥かにストレスなく仕事ができると満足しています。よって、これからも私たちとしてはヴォルフ商会からノートとボールペンを仕入れたいと思うのです。どうでしょうか?」
「ええ、ええ。自分たちヴォルフ商会としても魔法使い連盟さんとこれからも取引ができるのは大変嬉しいことです」
「それはよかった。商業ギルドでもノートとボールペンを必死に買い漁っていると聞いて危機感を持っていたのですよ。いい商品はやはりどうしても品薄になってしまいますからね……」
クリストフさんはやり手だからもしかしたら商業ギルドと魔法使い連盟で取り合いになるように仕向けたのかも? そう思ってクリストフさんの方を見たが、彼はそれを否定も肯定もしないという顔をしている。
「ところで、お聞きしたいのですがヴォルフ商会さんはフリーデンベルクに店を出されるつもりはないのですか?」
「え? あ、いや、その予定がないわけではないのですが……。今はまだ考えているところですね」
「それでしたら出店の際には魔法使い連盟の支部長として、応援いたしますので是非とも声をかけてください。フリーデンベルクに店舗を構える際にはややこしい手続きもありますから、そういうものに詳しい人間を紹介しますよ」
「おお。ありがとうございます、テレジア様」
「いえいえ。ヴォルフ商会さんのお店が近くにできればきっと便利ですから。ふふふ」
それは暗に魔法使い連盟の傍に店を出せと言っているのですか……?
「私たち魔法使い連盟は本当にヴォルフ商会のノートとボールペンに助けられているのです。一度ここを見学なさって行きませんか?」
「よいのですか?」
「ええ。もちろんですよ。是非とも見ていってください。案内しますよ」
「いやはや。ありがとうございます」
というわけで、俺たちはテレジアさんの案内で魔法使い連盟の中を見ていくことに。
「初歩的なことをお聞きして申し訳ないのですが、魔法使い連盟というのはどういうお仕事をされているのでしょうか?」
「そうですね。魔法使いたちの就職の斡旋や魔法の教育・研究などを行っています。まずは教育と研究の場を見てみましょう」
リーゼが言う限りでは魔法使いそのものは職業を指すものではない。それはあくまで資格であって、仕事ではないのだ。だから、魔法使い連盟というのがどういうものなのかをまず理解する必要があった。
「この教室では魔法使いを志す若者たちが、先達から教育を受けています」
そう言ってテレジアさんはまだ若い子供たちがいる部屋を俺に見せた。
子供たちは全員がヴォルフ商会で販売したノートとボールペンを手にし、黒板に描かれた魔法陣やルーン文字を熱心に書き写している。
「おお。子供たちもノートとボールペンを……」
「ええ。魔法使い連盟から支給した品です。これは教育に非常に役立っています。今までは紙は貴重品でしたからね」
俺が驚くのにテレジアさんはそう言って教室の中に入る。
「皆さん。今日はあなた方にそのノートとボールペンを販売されたヴォルフ商会の方々がお見えです。どうぞご挨拶を」
テレジアさんがそう言うと子供たちが顔に笑みを浮かべて立ち上がった。
「ありがとうございます!」
「いえいえ。それは役に立てていますか?」
「はい! このペン、インク壺がいらず、凄く書きやすくて、勉強が何倍にもはかどっています! 紙もインクが染みないし、歪みがなくてまっさらだから魔法陣が歪みなく書けるし……いいことばかりで! 本当に助かっています!」
「あはは。それはよかったです!」
こうして子供たちが喜んでくれるのは素直に嬉しい。
これまでお菓子はそれを受け取った子供たちの反応を見れたけど、ノートとボールペンはまだ使っている人の感想をあまり聞けていなかったしね。
「それでは勉強頑張ってください」
「はい!」
俺は子供たちにそう言って教室を出た。
あそこまで喜んでもらえるなら、これからも頑張らなければという気になるな!
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