昨日はお楽しみでしたね
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──昨日はお楽しみでしたね
流石に異世界でもアルコールが入れば認知能力が低下するのは当然。たとえ異世界に道交法がなくても飲んだら乗らないは守らなければならない。
なので、俺はもう車で帰るのは諦めていた。今日はヴォルフ商会の事務所に泊まろうとそう思い、お酒を進めていた。
「では、そろそろ帰ろうか、リーゼ」
「ジン。ふらふらだけど大丈夫?」
俺は席から立ち上がるが本当にふらふらだ。ここまで深酒したのは久しぶりかも。
「大丈夫、大丈夫。今日は事務所で寝るから……」
俺はそう言いながら歩きだすが、えっちらおっちらと千鳥足になってしまう。
「ジン。無理せずとも今日はここで休んでいっていいのですよ?」
ニナさんも心配になったのかそう言ってくれる。
「いえいえ。大丈夫ですよ……」
俺はそれでもそう言ってリーゼとともにお城を出る。
「今日は楽しかったね」
「ああ。とても楽しかった。何よりみんなが無事だったのが嬉しいよ」
「ふふふ。ジンは優しいね……」
そう言ってリーゼは俺の手を握る。
「ジン。今日は私の家に泊まりなよ。事務所にはベッドないでしょ?」
「ソファーで寝るから大丈夫だよ」
「ダメダメ。そんなの休まらないよ。うちにおいで!」
「わわっ!」
リーゼはそう言うとふわりと魔法で俺を持ち上げ、俺はあっという間にリーゼの家に連れ込まれてしまった。
「ほらほら。ベッドにゴー!」
そう言ってそのまま魔法で俺をベッドに放り込むリーゼ。
俺は起き上がろうとしたがベッドで横になるとすぐに眠気に襲われて、俺は起き上がることはできずそのまま目を閉じてしまった。
「お休み、ジン。また明日ね」
最後に聞こえたのはリーゼがそう優しく言う言葉だった。
* * * *
「あいててて……」
頭痛とともに俺は目を覚ました。
「ここ、どこだ……?」
お酒のせいで昨日の記憶が一部抜けている俺は、そう言って周囲をぐるりと見渡しぎょっとした。
「リ、リーゼ!?」
俺の隣に下着姿のリーゼが眠っていたのだ。くうくうと寝息を立てているリーゼを見て俺は大パニック。どうしてリーゼと俺は一緒に寝ているんだと記憶を探るが、全然思い出せない!
「ふわあ。おはよう、ジン……」
それからリーゼが俺が起きたせいか目を覚ます。目をこすりながら大きく欠伸し、それから笑みを浮かべて俺の方を見るリーゼ。
「リ、リーゼ。どうして俺はここで……」
「昨日、飲みすぎたからうちで休んでいって誘ったんだよ。ジンはすぐ寝ちゃったけどね。二日酔いとかは大丈夫?」
「え、えっと。その、少し頭痛がするかも……」
「なら、あとで魔法で治しておくね。まずは、そうだね、コーヒーでも飲む?」
「は、はい」
リーゼが全くいつも通りに話しかけてくるのに、俺は昨日はただ一緒に寝ただけなのだろうかと悩む。聞くに聞けないことなので、実に困るが、酔った勢いで致していたら責任という問題が……。
「はい、ジン。コーヒーだよ」
リーゼはお湯を沸かし、カップにコーヒーを入れてくれた。コーヒーは前に持ち込んだインスタントのもので、リーゼたちが気に入ったので多めに持ち込んでプレゼントしたものである。
リーゼはこれをブラックで飲むが好きで、濃くいれたのをヴォルフ商会立ち上げまでのハードスケジュールのときには特に好んでいた。
「ありがとう」
俺はミルクも砂糖もなしのブラックのコーヒーを味わう。
「それから二日酔いの治療ね」
リーゼはそう言って手を俺の頭にかざすと、頭痛がみるみる治っていく。これは鎮痛剤要らずだな……。本当に魔法と言うのは凄い……。
「あの、リーゼ。聞きにくいんだけど、俺たち、その酔った勢いでとかは……?」
「あはは。ないない。ジンはすぐ寝ちゃったからね。もうベッドに入ったらぐっすりで、そんなことしてる余裕は全くなかったから」
「そ、そっか」
俺はリーゼの言葉に一安心。
「でも、ジンは私のことは恋人としては見られない感じ……?」
「え……!?」
リーゼがそう言うのに俺は戸惑う。からかわれている、というわけでもなさそうなのだ。リーゼは頬を紅潮させ、上目遣いに俺の方を見ていて……。
「全然、そんなことはない。俺はリーゼのこと……恋人にしたい……」
ああ! 告白するならもっとカッコよく決めたかった! 全く情けない俺らしい告白になってしまったよ……。
「そっか、そっか。じゃ、じゃあ、今日からお付き合いしちゃおうか……?」
やはり恥ずかしそうにリーゼがそう尋ねてくる。
「う、うん。そうしよう! 付き合おう、リーゼ!」
「ふふふ。嬉しいよ、ジン」
リーゼはそう言って俺をハグする。
年齢=彼女いない歴の俺。アラフォーになって初めて恋人ができました! それも異世界でです!
「さて、まずはみんなの様子を見にお城まで行こうか。多分、みんな二日酔いになってるだろうからね」
「あはは。違いない。昨日はお酒がみんな進んでたからね」
恐らくあのまま城に残っていた村人や傭兵たちは死屍累々の状態だろう。それだけ昨日はお酒を飲んでいたから。ビールのみならず持ってきた焼酎やウィスキーと言った度数の高い酒も全部開けたみたいだし……。
「ああ。リーゼロッテ様、ジン様。伯爵閣下がお待ちですよ」
「お邪魔します」
俺たちがお城に通され、アルノルトさんの執務室に行くと、案の定アルノルトさんは頭を押さえて顔色を悪していた。二日酔いだ。
「おお。来てくれたか、リーゼロッテ君、ジン君。早速ですまないが、まずはこの頭痛の方を頼むよ……」
「はい、閣下」
俺にやったようにリーゼはすぐにアルノルトさんの頭痛を治癒。
「助かったよ、リーゼロッテ君。流石に昨日は飲みすぎた……」
アルノルトさんがひとまず落ち着いたところで、ニナさんが扉をノックしてから入ってくる。その手には何やら紙の束で、その紙は以前ニナさんに頼まれて持ってきた地球のコピー用紙である。白くてインクが染みず、気に入ってもらっている。
「お父様。山賊の引き渡しについてお仕事ですよ。二日酔いは治りましたか?」
「ああ。ようやく治ったよ。早速仕事を始めよう」
「もう。昨日は飲みすぎでしたわよ」
「すまん、すまん。あんなに美味い酒を飲んだのは初めてでな」
どうやらアルノルトさんはウィスキーがお気に召したようだ。
「また今度持ってきますから、その時は飲みすぎずゆっくりと味わわれてください」
「おお。ありがとう、ジン君。あれはいいものだったな……」
持ってきたウィスキーはそこそこの値段のやつで高すぎるわけでも、プレミアムもので品薄なわけでもないので、また今度持ってくることはできる。
「ジン。あまりお父様を甘やかさないでくださいね」
ニナさんはそう言って苦笑していた。
「それからクリストフがあなたに話があるようでしたよ。彼は広間にいます」
「分かりました」
クリストフさんの用事はお酒を商品にできないかとか、そういうことだろう。俺はそう思ってリーゼとともに広間の方に向かった。
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