祖父の遺言とこれから
本日2回目の更新です。
……………………
──祖父の遺言とこれから
祖父が異世界と思しき場所に残した遺言状。
俺はそれを読み始めた。
『これを読んでいるのは恐らく仁だろう。あの倉庫を残す相手を考えたが、娘の結衣には荷が重いと思った。だから、しっかりしている孫の仁にあの倉庫を託す』
遺言状はそう始まった。
『ここに来ているなら分かると思うが、あの倉庫は異世界に繋がっている。ここはグリムシュタット村という異世界の村だ。だが、どうして異世界なんかに倉庫が繋がっているのかとしっかりもののお前ならば考えるだろう』
うむ。本当にその通りだ。何故異世界に?
『正直、その理由は俺にも分からん。だが、きっとこれは神様の思し召しってやつなんだろう。俺が来たとき、お前ももう既に会っているだろう、このグリムシュタット村のリーゼロッテさんに出会った。俺は彼女に魔法をかけてもらったおかげで、長年の苦痛だった足腰の痛みが取れたんだ。彼女は恩人だ』
ええ!? 魔法!?
『この恩を返したいと思ったが、俺にはどうしたらいいのか分からない。彼女は日本のお菓子を気に入ってくれたが、それぐらいで返せる恩じゃない。だから、お前に任せたいと思う。面倒かもしれないが、どうか引き受けてくれ』
じいちゃん……。悩んだんだろうな……。
『それからこの世界との繋がりを明らかにしてもいいが、悪い方向には転がらないようにしてくれ。俺たちの世界とこの世界、ふたつの世界をお前ならば良好な関係で結び付けてくれると信じている』
遺言状はそう言って締めくくられていた。
最後は祖父の印鑑が押してあり、間違いなく祖父が残した遺言状だった。
「リーゼロッテさん。祖父がとてもお世話になったようで、お礼を申し上げます」
俺はそう言ってまず祖父の恩人であるリーゼロッテさんに頭を下げる。
「いえいえ! タダシさんにはとても珍しいお菓子をいくつもいただきまして。あれはどれもとても美味しいかったのですよ……」
そう言うリーゼロッテさんはそのときのお菓子を思い出したのか、きらきらと目を輝かせて俺の方を見ていた。
「では、またお菓子をお持ちしますね」
「催促しちゃったみたいですみません……」
「祖父の遺言にもリーゼロッテさんに恩を返してほしいとありましたので」
そういう話をするときには俺はすっかり落ち着いていた。ここは異世界であるが、既に祖父が訪れて、無事に帰った場所だと思うと安心できたのだ。
「ところで、ここはグリムシュタット村というのですか?」
「ええ。グリムシュタット伯閣下が治められる領地の中心ですね」
「少し見て回ることはできますか?」
不安が引っ込めば好奇心が前に出る。俺は異世界がどのような場所なのか、とても興味を持ち始めていた。
「もちろんですよ。案内しますね~!」
リーゼロッテさんはそう請け負ってくれて、俺たちはリーゼロッテさん宅を出る。
「凄い麦畑ですね」
「ええ。この村は他に外に出せるものがないですから」
とても広々とした麦畑に俺が感心するが、リーゼロッテさんは苦笑。
「他の作物は育ててないと?」
「ノウハウがなくてですね。ここは最近できた若い村なので」
「ほうほう」
これだけ小麦が育つ環境ならば、他の作物を植えても育つんじゃないだろうかと俺は思ったりもした。だが、調べてみないことには、俺は農業にはさっぱりだ。
「あー! リーゼ姉ちゃん!」
集落に近づくと子供たちが俺たちの方に駆け寄ってきた。年齢は6歳から10歳というところか。小学生くらいだ。
「そっちの男の人は誰?」
「タダシさんの家族の方だよ~。失礼がないようにね~」
「お菓子のおじいちゃんの家族!?」
俺の祖父はどうやらお菓子で有名になっていたらしい……。お菓子のおじいちゃんって童話にでも出てきそうな存在になっとる……。
「お兄ちゃんはお菓子持ってるの?」
「あ。いや、今日は持ってきてないんだ。すまない」
「残念~!」
女の子が尋ねて俺が首を横に振るのに、子供たちはとてもがっかりしていた。
「あの、リーゼロッテさん。祖父はどのようなお菓子を持ってきていましたか?」
「とても甘いお菓子です。タダシさんはマンジュウといっていましたね」
「なるほど」
祖父らしい選択だ。
「ところであそこのお城が領主さんの?」
「ええ。グリムシュタット伯閣下の居城です」
城にはそこまで近づけそうにないが、映画とかに出てくる豪勢なザ・城という感じではなく、どちらかと言えば砦といった感じだ。
それから俺はいろいろと見て回ったが、ひとつ分かったことがある。
異世界には今の地球では普通にあるものが全然ない。
水洗トイレや電気と言ったインフラはないし、食べ物のバリエーションもそこまで豊かじゃないし、塩や砂糖、その他調味料と言ったものも貴重品らしい。
俺はそこでふと考えていた。
この世界にないものを地球から持ってくれば、それはとても喜ばれるのではないだろうか、と。便利な品でこの村の生活を快適にすれば、ただお菓子を持ってくるよりはずっといい気がする。
祖父はリーゼロッテさんに恩を返してくれという頼みと同じく、この世界と俺たちの世界を上手く結びつけることを望んでいた。
それにこれはもしかしたらだが、俺にとってもとても利益になることかもしれない。
「リーゼロッテさん。聞きたいのですが、俺みたいなよそ者が出入りしても、この村の人たちは怒ったりしませんか?」
「ええ。私たち自身、この土地に来たのは最近のよそ者ですから。別の村々で開拓団を組織されて、この村に来たのは5、6年前のことです。私はもっと最近来たばかりになりますが、領主様は気になさいません」
「そうですか。ありがとうございます」
リスクはあるだろうが、かなり魅かれるアイディアに俺は悩む。
持ち込んだものが彼らに理解できない場合、排斥される可能性もある。中世の魔女狩りでは女性だけでなく、男性も犠牲になったと聞いたこともあったし……。
「すみません。今日は案内していただいてありがとうございました。2週間ほどのちにお菓子を持ってまた参ります」
「ええ。お待ちしております!」
俺のアイディアを実行するには、まずは会社を辞めなければならない。会社を辞めると言っても、今の俺は無責任に仕事を放りだせるような立場ではないので、引継ぎをしたりといろいろある。
「太陽光を使えば電気は使えるようになるし、倉庫の大きさなら車だって……」
扉を潜って地球側に戻ってきたときには、俺は未知の事業にどのようなアイディアが使えるかを真剣に考えていた。あれやこれやとアイディアが次々に浮かぶのが、楽しく、俺は夢中になってスマホで調べたりもした。
それから俺は一度東京に戻り、仕事を辞めるという旨を上司に伝えたのだった。
……………………




