街に突然現れたものについて
……………………
──街に突然現れたものについて
グリムシュタット村から馬車で6、7日ほどの場所に自由都市フリーデンベルクに至る。グリムシュタット村と違って大きな運河に面したこの都市は、その運河を利用した交易が盛んな場所である。
そんなフリーデンベルクに突然ある商品が現れて話題になっている。
「おや? それは……」
フリーデンベルクの商業ギルドを訪れた商人が、ギルドの職員が使っているものに目を向けた。それは真っ白な紙とすらすらとインクが出るペン。
そう、仁が売ったノートとボールペンだ。
「失礼。珍しい文房具を使っておられるが、それはどこで?」
商人たちはこれを見るとまずそう質問する。
それは商人として見過ごせない商品であったし、純粋に好奇心からでもあった。
「これですか?」
質問を受けたギルドの職員がにやりと不敵に笑う。
「最近仕入れた商品でしてね。まだ少ししか出回っていないんですよ。うちは特別だってことで仕入れられましたけどね」
「ほお……。綺麗な紙に、そのペンも便利そうだ……」
「少し使ってみますか?」
「ぜひ」
ボールペンを渡された商人は羊皮紙にすらすらと文字を描き、驚いていた。
「これは! ぜ、是非とも売ってくれないだろうか?」
「これはギルドの備品ですから無理ですよ」
さっとボールペンを商人から取り返すギルドの職員。
「ただですね。これを扱っている商人はこの商業ギルドを利用していますから、ここで待てば手に入るかもしれませんね」
「なるほど……!」
こうしてノートとボールペンの噂が流れる中で、自由都市のある人々もこの商品に影響されていた。
「これを見てください、ゲオルグ様」
そういうのは魔法使い連盟のアークメイジであり、自由都市フリーデンベルクの顧問をしているユリウス・エーレルトという人物だ。眼眼をかけた中年の魔法使いで、長年フリーデンベルクの顧問を務めている。
「それが今、商業ギルドで話題のボールペンというものか?」
そのユリウスの言葉に応じるのは自由都市市長のゲオルグ・フェルゼンシュタインだ。年齢的には高齢の人物だが、ぴしゃりと伸びた背筋と鋭い眼光が年齢を感じさせない。
「ええ。商業ギルドだけでなく、魔法使い連盟でも買い求める魔法使いが後を絶たないという品です。このボールペンというものは金貨で取引されることすらもあるとか」
「それだけの価値があるのだろうか?」
「あるでしょう。というのもです。この先端の部位を見てください」
そう言ってユリウスはよーく見えるようにボールペンのペン先をゲオルグに示す。
「ここに恐ろしく小さな球体がついているのが分かりますか? これが滑らかな書き心地を実現し、さらには後ろに充填されたたインクが漏れ過ぎないように調整しているのだと思われます」
「ふむ。仕組みが分かったところで、我々にこれは作れんな……」
ユリウスがボールペンの仕組みを見抜くが、ゲオルグは首を横に振った。
「ええ。無理でしょう。このボールペンというものが凄いのは他にもありますから」
そう言って今度はユリウスは複数のボールペンをテーブルに並べた。
「どれも寸分たがわず同じ作りです。腕のいい職人というレべルではありません」
「おお……。全く差異がない……。どうやっているというのだ……?」
並べられたボールペンはどれも鏡映しにしたかのように、全く同じ作りであった。この世界の工業力では実演し得ないものだ。
「分かりません。しかし、こうしてこの品が存在するということは、どこかでこのような神業を可能にする技術が生まれたということです」
「ふむ……。その職人をこのフリーデンベルクに誘えればいいのだが、それは可能だと思うだろうか?」
「難しいでしょう。これだけのことを可能にすれば、まず職人が自らの名を広めるためにあちこちで宣伝をするはずです。ですが、それは今のところないのです。恐らくはどこかの領主が自分の城や領地に囲っているのではないかと」
「そうか。残念だ。それでもせめてこの商品をもっと扱えるようになりたい」
「それは可能かもしれません。私の方でこの品を扱っている商人について調べていますが、どうやらそれが特定できそうなのです」
「本当か?」
「ええ。その人物に取引を申し出てみましょう。しかし、ボールペンはともかくとして、このノートの方はまだ迂闊に手を出すべきではないかと」
そう言ってユリウスは真っ白なノートを手に取る。
「ああ。羊皮紙を作っているギルドの反発がありそうだからな」
「そうです。ボールペンは値段からしても既存の商売とさほど被りませんが、ノートの方はそうはいきません。今は魔法使い連盟の動きを見守りましょう」
「なるほど。魔法使い連盟がこのノートの完全な顧客になれば、彼らが政治的なバックについてくれるわけか?」
「それは間違いありません。私自身、このノートとボールペンを手に入れてから仕事がはかどっていて助かっていますからね。ははは」
ゲオルグがにやりと笑うのにユリウスもそう笑った。
* * * *
クリストフさんを送り出してから3週間ほどが過ぎただろうか。
「リーゼ。今日は和菓子だよ」
「おおー! オマンジュウだね!」
俺とリーゼはぼちぼちとヴォルフ商会での仕事に打ち込んでいた。
東京でのしがないサラリーマン時代と違って俺が商会長であり、責任ある立場なのだが、仕事はさほどない。
今ある取引はアルノルトさんたちが貴族相手に売買するお菓子の取引ぐらいで、それについては俺たちは仕入れをして、帳簿を付けるぐらい。だが、決して利益が上がっていないわけではなく、商会は儲かっている。
というわけで、暇をしている俺とリーゼはまったり過ごしていた。
今日は豆大福と緑茶だ。いつものジャンクなおやつとはちょっと違う。
「では、いただきます!」
「いただきます!」
俺とリーゼは豆大福を口に運ぶ。
リーゼは大満足の様子で笑みを浮かべて喜んでいた。
「いつものお菓子もいいけれど、オマンジュウもやっぱりいいねぇ」
「緑茶はこのお菓子に合わせた飲み物だから、味わってみて」
「うん!」
豆大福の甘さで口の中が満ちたら、緑茶で一度リセット。こうすることでまた最初の一口目の美味しさが味わえる。
「う~ん! お茶会が紅茶でもいいですけど、緑茶でやるのもよさそう! 緑茶は扱えないのかな?」
「緑茶そのものは扱えると思うけど和菓子がね。他より賞味期限が短いから」
「そっかー」
「けど、ここで味わう分にはいいから、俺たちだけでも楽しもう」
「おー! これも役得だね!」
そんな感じで俺とリーゼは商会の事務所でお茶を楽しんでいた。
そんなときだ。
「リーゼロッテさん! 大変です!」
村人が血相を変えて事務所に飛び込んできた。
「どうしました?」
「衛兵さんが山賊と斬り合って怪我を!」
なんと!? 山賊はまだ村の周りにいたのか!
「すぐに向かいます!」
「俺もいくよ!」
俺たちは急いで負傷した衛兵の下へ向かう。
……………………




