文房具だって馬鹿にできない
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──文房具だって馬鹿にできない
「これが今回取引に使えそうな商品になります」
俺はそう言って応接間のテーブルにノートを置く。今回は何かしらの本だと誤解されないようにノートを開いてまっさらなページを見せた。
「ほう。これは……羊皮紙ではなさそうだが……」
アルノルトさんがまずノートを手に取り、その表目を手で触り、原材料が何なのかを探ろうとするが触ったぐらいでそれが分かれば苦労はしない。
「ふむ……。何か書いてみてもよろしいでしょうか?」
「ええ。どうぞ、ニナ様」
「では」
ニナさんは羽ペンを持ってきて、それでノートに文字を資する。俺が地球から持ってきた品には自動翻訳がかかるようなのだが、この世界の文字は俺から見るとそのままだ。何が書いてあるかは分からない。
「これは……インクが染みず、書き心地もいい……」
「ニナ様。よろしければこれも使ってみてください」
「ん? それは?」
「ボールペンといいます。文房具の一種です」
俺が持ってきたもうひとつの品。それはボールペンだ。
これも日本でお安く仕入れられて、こっちでその価値が認められそうな品と思って持ってきた。
「これはまた奇妙な……。どう使うのでしょうか?」
「ここをカチリと下におろしてペン先を出して使うのです」
「こうですか?」
ニナさんが俺が言った通りにボールペンのペン先を出す。
「そうです、そうです。それで何か書いてみてください」
「はい」
今度はニナさんがボールペンで文字を記し、ニナさんとアルノルトさんが揃って驚きの表情を浮かべる。
「これはインクが途切れない……? それにこのすらすらとした書き心地は……。お父様も試してみられてください!」
「お、おお」
アルノルトさんもボールペンを試し、驚いた表情を浮かべると、それからボールペンをじっと眺める。その仕組みを理解しようかとするかのように。
「ジン君。これは本当に手ごろな価格で取引できる品なのかね……? どう見ても信じられないほど高価な品のように思えるが……」
「いえいえ。そのようなことはありません。お菓子より安いのですよ。ノート1冊とそのボールペン2本で銀貨1枚でおつりがくるくらいです」
「そ、そうなのか? これはもう驚きすぎて何も言えなくなってしまうよ」
そう言いながらアルノルトさんはカチカチとボールペンを鳴らす。どうやらカチカチ鳴らすのが気に入ったようである。
「それならばこれをクリストフとの取引に使うとしましょう。それとひとつ尋ねたいことがあるのですが、この真っ白な紙を1枚、1枚バラバラにしたものはないでしょうか? それがあれば手紙などで使えるのですが……」
「もちろんありますよ。もしや重要があるのではと思い持ってきております」
「ありがとうございます、ジン。では、これらの品の価格を決めましょう」
それから話し合いののちにノートとボールペンはそれぞれ銀貨10枚となった。なんでも現地で主流の羊皮紙がノート1枚分で銀貨1枚ぐらいの価値があるそうなので、この値段は破格である。
ちなみに銀貨1枚が4グラムなので、純度100%の銀の場合は7000円程度。
ノート1冊が7000円で売れるなら大儲けだ。
「クリストフさんもこれで取引できて満足ですね」
「ええ。ですが、これからのことを考えませんか?」
「これからのこと、ですか?」
ニナさんがそう言うのに、使用人がお茶を入れて持ってきた。
おお。この香りは前に送った紅茶の香りだ。
「そうです。今は私たちはジンから仕入れ、私たちは貴族にそれを転売しています。それは私たちが提供できるのが、貴族への販路だったためで、その点においては両者ともに利益のある取引でした」
ですが、とニナさんが続ける。
「このグリムシュタット村まで交易商が訪れて品を直接買うならば、私たちが提供していた販路というものは意味がなくなります。ジン、あなたが直接クリストフと取引をしてしまってもよかったのですよ?」
「あ! それはそうだったかもしれません……」
「ふふふ。あなたはお父様が言っていたように義理堅いのですね」
何となく勝手にグリムシュタット村で商売するのは気が引けて、ニナさんたちを紹介したが、本来はそういう取り決めだった。
「もちろん私たちも取引に関与させてくれるならば嬉しいのですが、それではジンにとってあまり利益とは言えません。そこで、です。私たちが出資するので商会を立ち上げませんか?」
「しょ、商会を立ち上げる……?」
ニナさんが提案したのは驚くべきことだった。
「はい。このグリムシュタット村で初めて誕生する商会になりますね」
「えーっと。それってどういう感じのものになるのでしょうか?」
「シンプルですよ。私たちの販路とジンの仕入れを一体化させる。今私たちは金貨1枚でジンからお菓子を仕入れ、それを金貨5枚から10枚で売っています。これだと私たちグリムシュタット伯爵家はジンより5倍も10倍も儲けてしまっています」
「ですね」
「ですが、私たちをひとつの商会として販路と仕入れを一体化させれば、私たちが最終的に降ろした金貨5枚から10枚の利益をここにいる全員で分けることになり、ジンもこれまでよりずっと儲けられます」
「ああ。なるほど。しかし、自分はそれで得をしてもニナ様たちは……?」
「私たちはこれからもジンが仕入れてくる品の取引にかかわれるという利益があります。このノートやボールペンといった道具を、これから売買する際にも商会を通すことになりますからね」
「ほうほう」
俺としてはいい話のように思えた。
ニナさんは先見の明がある。俺がもっと便利な道具を地球から持ってこれることにうっすら気づいているのだろう。だから、ある意味では商会という形で俺を抱き込んでおこうというわけだ。
けど、俺としてもこっちの方が多くの利益が得られるし、いざという場合はグリムシュタット伯爵家が味方になってくれる。それはこっちに全くコネや伝手のない俺にはありがたい限りだ。
「どうでしょうか、ジン? あなたの許可が得られれば商会を立ち上げましょう」
ニナさんは俺にそう確認を取ってくる。
だが、ひとつだけ問題があるのだ。
「あの、一点だけ懸念することがあります。自分がこうして異世界を訪れることができる、その仕組みが分からないのです。だから、いつか突然俺はこっちに来れなくなるかもしれないし、ここから元の世界に帰れなくなるかもしれないのです」
そう、この点だ。
現状、祖父の残した倉庫がどうして異世界に繋がっているのかは謎。ある日、突然あの倉庫がただの倉庫に戻ってしまう可能性もある。
それは俺が向こう側にいるときか、あるいはこっちに側にいるときかは分からない。
しかし、そうなってしまうと日本=異世界の貿易は止まってしまう。それは俺が持ち込む商品を扱うことになる商会にとって大ダメージだ。
このことはちゃんと伝えておかなくては。
「そうでしたね……。こうやって当たり前のようにここにいるけれど、ジンはいつ来れなくなるか分からないんですよね……」
これを聞いたリーゼはとても悲しそうな顔をしていた……。
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