交易商の苦労
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──交易商の苦労
それから暫くして衛兵が戻ってきた。
「クリストフさん。グリムシュタット伯アルノルト様がお会いになるそうです」
「おおっ! 領主様自らとは。ありがとうございます」
どうやらアルノルトさんが交易商であるクリストフさんとの商談に臨むらしい。
「では、お城まで馬車を運びましょう」
「すみません。お世話になります」
俺はSUVを再び進めて、馬車をお城まで牽引することに。
「しかし……」
クリストフさんはSUVの窓から村ののどかな様子を見て呟く。
「職人はどこに暮らしているのでしょうか? やはりお城に?」
「あ、あははは。どこでしょうね。俺たちも会ったことはないんですよ」
「なるほど」
職人なんていないのだから会えるはずもないのだ。
けど、本当に重要な職人を秘匿するというのは、かつての地球の歴史でもあったことである。有名なところだとマイセンの西洋白磁の開発者が錬金術師を幽閉していたなんてこともあって。あとは旧ソ連の科学者や技術者が暮らした閉鎖都市なんてものも。
だから、恐らくクリストフさんが職人に直接会えなくても、彼はあまり不思議には思わないかもしれない。……多分。
「止まれー!」
俺たちがSUVでお城に近づくと、慌てて衛兵たちがやってきた。
「これは何だ……? って、リーゼロッテさんにジンさん?」
「すみません。お騒がせして」
やはり車には驚く異世界の人々。俺たちからすれば円盤のUFOが飛んできたみたいなインパクトはあるのかもしれない。
「こちらに交易商のクリストフさんと護衛のエリザさんをお連れしました」
「ああ。話に合った交易商の方ですね。こちらへ」
そこでクリストフさんとエリザさんはSUVから降りる。
「では、またあとでお礼をさせてください、ジン様、リーゼロッテ様」
「ええ。自分たちは村の外れにあるリーゼロッテさんの家にいますから」
「はい。必ずあとで伺います」
そして、俺たちはクリストフさんとエリザさんと一度別れた。
* * * *
さて、交易商クリストフはこれまで様々な土地で商売をしてきた。
南で珍しい香辛料が取れると聞けば赴き、西でワインが豊作だと知れば訪れた。
そんな彼は今回の噂にかなりの利益の臭いを感じていた。
あの美食家であり、文化人で知られるローゼンフェルト辺境伯の娘カタリーナが絶賛したお菓子。そのお菓子を入手しようと国内の貴族はもちろん海外の王族たちも動いていると聞く。
「あのクルマという乗り物、どう評価します、エリザ?」
クリストフはそうエリザに尋ねる。
「あれがあれば交易はもっと盛んになり、金とモノの動きは加速するだろうね。あとは軍事的に言えば、あれが数台あれば軍の機動は恐ろしく早くなる。これまでの戦争の常識はマルっとひっくり返されるだろう」
「やはりそうですね。私もそう思いました」
車の安定した走りは馬車のそれとは違った。それでいて馬が必要ないのだ。
馬は水を飲み、草を食べ、糞をし、それで行動できる。だが、車にはそれらが全く必要ではない──とクリストフとエリザは思っていた。
実際のところはあの仁のSUVにもガソリンや電気が必要なのだが、それを含めてもSUVの方が馬車より遥かに燃費がいいのは事実だ。
「あのクルマが手に入れば私も販路を広げられそうなのですが……」
「恐らくとんでもない値段がするよ。今はそれより代わりの馬を手に入れることに努力した方がいい」
「そうですね……」
今のクリストフに必要なのは馬車を率いてくれる新しい馬だ。
と、ここで使用人がクリストフたちの前に姿を見せた。
「グリムシュタット伯閣下がお会いになられます。どうぞこちらへ」
「はい」
クリストフたちは使用人に案内され、応接間に通された。
「ようこそ。私がグリムシュタット伯アルノルトだ」
「お目にかかれて光栄です、閣下」
アルノルトが出迎えるのにクリストフたちが深々と頭を下げて敬意を示す。
「さて、君たちは交易商だとか? となると、何か目当ての品があってここに来たのだろう。それは何かな?」
「はい、閣下。私どもが耳にした噂であり、今は確信を持っていることなのですが」
クリストフはローゼンフェルト辺境伯を騒がせたお菓子の話をし、ここにそのお菓子を作った職人がいるだろうと思ってきたということを語る。そして、先ほど見たクルマという乗り物でその噂に確証を得たとも。
「クルマ?」
「あれもここにいる凄腕の職人が作られたのでは?」
「あ、ああ。そうだね。クルマ、クルマ。当然、私も知っているよ」
自動車であるSUVは今日、仁が持ち来んだばかりのなのでアルノルトも把握していなかったが『グリムシュタット村の凄腕職人伝説』を守るためにアルノルトは慌てて話を合わせておいた。
「しかし、君たちが求めるのはお菓子か……」
「問題があるのでしょうか?」
「うむ。あれは信頼できる伝手を使って貴族の間だけで今は取引している品だからね。それなりに高価な品だよ。君たちの手が届くかどうか……」
アルノルトはクリストフに今やカタリーナに送られたアメ一袋が、金貨10枚や20枚で取引されていることを明かした。それでも買い求める貴族や王族は絶えず、品薄状態が続いているとも。
「な、なんと……。そこまで……」
クリストフもまさかそこまでの高級品とは思わず呆然とする。
「しかし、君たちはわざわざここまで来てくれたことだし、何かしら我々も取引したいと思う。君たちはどのような品を扱っているのかな?」
アルノルトとしてはこれから交易商が頻繁に訪れてくれれば、もしかするとこのグリムシュタット村が一大貿易都市になったりしないかと期待していた。そのためには高価なお菓子以外の取引も必要であると認識している。
「私どもは様々なものを扱っております。こちらにある狐の毛皮は最高級品でして、閣下にはお近づきのしるしに献上したいと思います。どうぞお受け取りください」
「すまない。娘が喜ぶことだろう」
クリストフはそれから南方の珍しくて美しい敷物や薬草などを紹介した。今回、彼は南方から戻ってきたところだったので、南方の品が多くあった。
「ほうほう。どれも興味をそそられる」
アルノルトはそう言って敷物などを眺める。
「ここまでの品を持ってきた君たちを手ぶらで帰すのは忍びない。ここは何か取引できる品を職人に尋ねておこう。それまでは7、8日ここに滞在してもらえるかね? 村の集会場に泊まれるように手配しておこう」
「お心遣い、感謝いたします、閣下」
こうしてクリストフたちは暫くグリムシュタット村に滞在することに。
集会場で過ごせるように村人が準備をし、珍しい品を持ってきたクリストフたちは村人たちに歓迎された。中には思い切って毛皮を購入する村人なども。
しかし、ここでただ待つのでは交易商とは言えない。クリストフとエリザは村に滞在しながら情報収集を行う。
「ねえ。君たちは凄腕の職人の話を聞いたことはあるかい?」
クリストフは銀貨を子供に握らせて、そう尋ねていた。
「凄腕の職人?」
「そう。何でも凄く美味しいお菓子を作っている人がここにいるそうなんだけど」
「ああ! それはジン兄ちゃんだよ!」
「ジン兄ちゃん?」
クリストフは商売人として人の名前はちゃんと憶えている。
「ああ! あの人がそうだったのか!」
そして、クルマで自分たちを助けてくれた仁のことを思い出したのだった。
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