交易商との出会い
……………………
──交易商との出会い
幌に覆われた馬車の中には腕に軽い裂傷を負った男性がいた。
30代後半ほどの中年男性で金髪の髪を短く整えているが無精ひげを生やした人物だ。来ているのは質素なシャツとズボンで、この世界基準ならば別におかしな点はない。
「クリストフ。魔法使いが来た。治療してもらえるぞ」
「ああ。それはありがたい」
大柄な女性が呼び掛けるのにクリストフと呼ばれた中年男性が馬車から這い出てくる。血がにじんだ腕が痛々しい。
「傷を見せてください」
リーゼはこの手のことにはなれているのか、動揺もせずに傷を確認し、それから俺にやったように手をかざすと見る見るうちに傷がいえていった。
いやはや。魔法と言うのは……本当に凄い!
「ああ。ありがとうございます、魔法使い様」
「いえいえ。お気になさらず」
クリストフさんは深々と頭を下げて礼を述べ、リーゼは首を横に振っている。
「申し遅れました。私は貿易商のクリストフ・ハーバーと申します。こちらは護衛の傭兵であるエリザ・レーマンです」
「よろしく」
ここでクリストフさんが正式に自己紹介し、大柄な女性はエリザさんと紹介された。
「自分は周防仁と言います」
「リーゼロッテ・ベルクマンです!」
俺たちもそれに応じて自己紹介。
「しかし、あれは一体……?」
クリストフさんの視線が向くのは、俺の乗ってきたSUVだ。
「あれは自動車という乗り物です。車とも言います」
「ほう? どういう仕組みで?」
「えーっと。これは電気と燃料で動くんです。電気とは──」
俺は再び電気の説明を現地の人にすることになった。それからガソリンエンジンの仕組みについても簡単に。俺は理系じゃないので、どうしてもこういう説明は上手くできなくて苦手なのだが……。
「な、なんと、雷の力で!? す、凄い技術だ……。やはり噂は本当だったのか……」
「噂と言いますと?」
俺もリーゼも気になってそう尋ねる。
「ええ。グリムシュタット村に信じられないほど腕のいい職人がいると聞いたのです。私がこの話を聞いたのはローゼンフェルト辺境伯の娘カタリーナ嬢の誕生日のことでして。その誕生日パーティで招かれていたグリムシュタット伯が信じられない贈り物をしたというのがきっかけでした」
そういってクリストフさんは語り始めた。
「何でもそれは実際の果物を閉じ込めたかのような精巧な絵が描かれた袋に入っているお菓子ということでして。そのお菓子そのものも天にも昇るような美味しさで、美食家であるカタリーナ嬢が絶賛したと」
ああ。アルノルトさんとニナさんと取引したお菓子が早速出回ったのか。
「私は伝手でそのお菓子と袋の出所が、この先にあるグリムシュタット村だと聞いたのです。そこには信じられないほどの腕前の職人がいると言い、できることならばその職人と取引を望んでやってきたのですよ」
「なるほど。そういうことでしたか」
どうやらアルノルトさんとニナさんの作戦は順調らしい。早速グリムシュタット村の噂が広まって、商売をしたい人がやってきた。
「あなた方はグリムシュタット村にお住みの方々でしょう? 神業の職人の話はやはり事実なのですか?」
「え、ええ。そのお菓子はグリムシュタット村でしか手に入らないものでしょうね」
「おお! やはりそうですか! 来た甲斐がありました!」
職人はいないがお菓子の出所がグリムシュタット村なのは事実だ。正確に言えば俺。
「ですが、困りました……。馬車の馬を失ってしまい……」
確かにクリストフさんの馬車は馬が殺されてしまっていた。さっきの男たちに矢で複数射られており、痛々しい亡骸を晒している。
「埋めてやらないといけないね」
「ええ。それからどうにかして交易のために持ってきた商品を運ばなければ……」
エリザさんが殺された馬を見てそう言い、クリストフさんは馬車を眺める。
俺も馬車を覗き込んでみると、グリムシュタット村では見かけない様々な品が中に入っていた。毛皮や敷物、あるいは干した植物などなど。馬車の重さもあり、これを人間ひとりが引いて移動させるのは難しそうだった。
「よければ車で牽引しましょうか?」
俺は途方に暮れているクリストフさんにそう提案。
「え!? いいのですか?」
「もちろんです。困っている人を放っては置けませんから」
この馬車を早く移動させてグリムシュタット村に入らないと、またさっきみたいに山賊みたいな人間たちに襲われるかもしれない。そういう意味でも俺はクリストフさんたちを放っては置けなかった。
「では、お願いします」
「はい。任せてください」
俺はSUVの向きを変え、トランクに常備されていた牽引用のロープでSUVと馬車を繋ぐ。それから用心しながらSUVを発車させた。
「おお!」
馬車はなんとか動き出し、クリストフさんたちが驚きの声を上げている。
「リーゼ、クリストフさん、エリザさん。よければ車の方に乗ってください!」
「は、はい!」
俺はみんなをSUVに乗せて、ゆっくりとグリムシュタット村へと戻っていく。馬車が壊れたりしないか心配だが、ゆっくりとした速度ならば全然大丈夫そうだ。
「これは……。この椅子は革張りですか?」
「一応ですね」
本物の革ではなく合成革だけど。
「まるで貴族様が乗るみたいな乗り物だねぇ」
「本当ですよ、エリザ。こんな上品なものが作れるとは。やはりグリムシュタット村には何としてもいかなければなりません!」
エリザさんがSUVの中を見渡していい、クリストフさんはそう意気込む。
「……何だか大変なことになってるね、ジン」
「だ、だね。ニナさんが考えたことだとは思うんだけど……」
実際のグリムシュタット村には別に凄腕の職人などいないのだ。俺が日本から品物を持ち込んでいるだけなのだ。
そこら辺のことは発案者であるニナさんに任せるしかないだろう。
グリムシュタット村に到着したら、すぐにニナさんに連絡だ。
それから俺たちはゆっくりとした速度で進みながら、グリムシュタット村に到着。
「リーゼロッテさん。そちらの馬車と男女は……?」
門では部外者を乗せている俺のSUVを衛兵が止める。
「交易商のクリストフさんと護衛のエルザさんです。交易にいらしたそうなので、アルノルト様かニナ様にご連絡を」
「畏まりました。すぐに連絡いたします」
「それから街道に山賊が出没していました。それについても報告を」
「何と! 分かりました。必ずお伝えします」
リーゼは山賊が出没するのが危険だと言っていたが、まさか初めてのグリムシュタット村の外への外出で山賊に出くわすとは……。ついてない……。
「リーゼ。山賊が出没したら、どういうふうに対処するんだ?」
「基本的にはアルノルト様が兵役につく人間を集って山狩りを。けど、あまりに危険な場合はこっちも傭兵を集ったりして対処するよ」
「兵役と言うと、普通の村人が武器を持って……?」
「そうそう。危ない仕事だけど、誰かがやらなければいけないから」
「そうか。う~む……」
日本なら警察が対処してくれそうな案件だが、ここは日本じゃないのだ。
村に危険が迫るのに、俺は何かできることがないだろうかと頭を悩ませた。
……………………




