健康診断と車のお披露目
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──健康診断と車のお披露目
「周防さん。お酒は結構飲まれるということですが」
俺はリーゼに魔法をかけてもらったあと、その効果を知るために健診を受けた。
市内にある病院を訪れた俺は血液検査やその他もろもろの検査を受け、今その結果を医者から聞こうとしている。
「はい。まあ、割とそれなりの量を……」
「はあ。ですが、肝臓は綺麗なものですよ。お酒を飲む人の肝臓には見えないですね」
「本当ですか?」
「ええ。血液検査の結果も良好です。これからもこれを維持してください」
「はい!」
俺は医者の言葉に笑顔で頷く。
正直、サラリーマン時代は不摂生が続いてた。睡眠不足にお酒と。
お金で健康は買えない。医学はそこまで進歩していない。15億円資産があろうと、いつ不摂生の結果が出て、楽しい人生が損なわれるかは分からないのだ。
なので、またしてもリーゼに感謝することができた。彼女は15億円の次に健康をプレゼントしてくれたのだから。
それから血液検査の結果を受け取ったが、気になる項目は全部クリアしていた。まるでこれまで健康でいようと努力していたみたいに。
「ありがたや、ありがたや」
俺はリーゼのいる異世界の門に向けて、そう拝んだ。
「さて、次は……いよいよ……!」
そう、今日はついに待ちに待ったものが届くのだ。
それは自動車!
買ったのは国産のPHEV車である。それもサラリーマン時代の憧れの赤いSUV!
「ふふふ。リーゼがびっくりするだろうな」
これまではバッテリーを地球で充電して台車で運んでいたが、これからはスマートに電力がグリムシュタット村に運べる。
何より車というものがあれば、遠くに出かけることだってできるはずだ。グリムシュタット村の周りがどうなっているのか、俺も見てみたかったのである。
というわけで、シャッターを開けて車両発進!
俺は事故らないようにゆっくりと車両を倉庫の中に進めていき、完全に倉庫の外に出た。今日もグリムシュタット村は晴れており、絶好のドライブ日和だ。
「わあっ! な、何だ、あれは!?」
粉ひき小屋の傍にいた村人のおばさんがぎょっとしている。俺は不審がられないように窓から身を出して、手を振った。
「え? ジンさんかい?」
「そうです。今日はこういう乗り物で来ました」
「へええ! これはまた変わった乗り物だねぇ……」
おばさんは興味深そうに車を眺めて、不思議そうにしていた。
それから俺はリーゼの家まで車を進める。道は舗装されていないが、現代のSUVならさほど揺れずに到着した。
「リーゼ。来たよ!」
「ジン! って、わあああっ! そ、それは一体!?」
俺が扉をノックして言うのに、扉を開けて出てきたリーゼがびっくり。
「ナイスリアクション。これは車という地球では珍しくない乗り物だよ。こっちでいう馬車みたいな」
「馬車、なの? だけど、馬がいないよ?」
やっぱりそこは気になるらしい。何というか、想定通りの基本的なリアクションだ。
「ああ。これは馬車の中に動力があるんだ。馬が馬車を引くみたいな力を発生させるものがね。ちょっと乗ってみない、リーゼ?」
「もちろん! 楽しみ!」
というわけで、俺たちは早速ドライブに出発ということになった。
グリムシュタット村の周りにはぐるりと木製の柵が張り巡らされている。まずはその柵の周りをゆっくりとぐるーり回る。
「おおー! 馬車とは全然違って揺れないし、座り心地がいいし、快適だね!」
「だろう?」
凄くのんびりした速度ながら馬車と同じくらいの速度で俺が柵の周りを走るのに、リーゼはとても満足げ。恐らくリーゼがこの世界で初めて車を体験した人間になる。
「ああ! 何だ、あれ!?」
「お菓子のお兄ちゃんとリーゼ姉ちゃんが乗っているよ!」
俺たちに気づいた子供たちが、遠くから手を振ってくるのに俺たちは手を振り返す。
そして、俺ものどかな田舎であるグリムシュタット村の景色を楽しみ、何よりリーゼとのドライブを楽しんでいた。
村の周りをぐりると回り終えると、衛兵が立っている村の出入り口まで来た。衛兵は一瞬ぎょっとして俺たちの車を見たが、リーゼが窓から手を振ると害はないと思ったのか、安堵した表情を浮かべた。
「リーゼ。村の外ってやっぱり危ないのかな?」
「気になるの?」
「うん。村の外って一度も見たことないから」
こうして村の周りに木製ながら頑丈な柵があるということは、やはり外には危険があるということなのだろう。しかし、俺は村の外に興味があった。
「なら、ちょっとだけ見に行ってみよう。私もいるから大丈夫!」
「おお。ありがとう、リーゼ」
俺たちはそういうことで村の外に出ることに。
「衛兵さーん! ちょっと村の外を見てきます!」
「リーゼロッテさん。分かりました。今、門を開けます。……ところで、その、お乗りになっている赤い乗り物は一体……?」
「クルマという乗り物ですよ!」
衛兵はリーゼが頼むと木製の門を開き、俺たちを通した。
村の外の光景を俺はここで初めて見た。
村の外にはちょっとした森が広がっている。しかし、ここは異世界らしく何やら巨大な木がところどころに生えていたりした。
そこから先にはずうっと長い道があり、それが遠くまで繋がっている。
「これが村の外かぁ……」
「ええ。たまに山賊などが出没するのが危険なくらいで、ちょっと行けば炭焼き小屋があったりもするよ」
「炭焼き小屋は村の外に?」
「はい。一家で暮らしてるんだ」
「ほうほう」
さて、そんな人気のない村の外ならばスピードを出してもいいはずだ。ちょっとばかりアクセルを大きく踏み込んでみよう。
「リーゼ。ちょっとスピードを出すよ」
「うん」
俺はアクセルと踏み込むとSUVは未舗装の道路を駆けだした。
「おおーっ!? 馬車より断然早いね!」
「ふふふ。舗装された道ならもっとスピードが出せるんだけどね」
俺はリーゼを乗せて村の外の街道を飛ばす。
そして、鬱蒼とした森を抜け、開けた場所に出たとき──。
「あ! ジン、止まって!」
リーゼが急に叫び、俺はブレーキを踏む。
「あそこで誰かが襲われてる!」
「本当だ!」
街道を進んだ先で、1台の馬車が数人の武装した人間に囲まれていた。馬車を引く馬は既に死んでいるのか横たわっており、ひとりの大柄な人物が馬車を守ろうとしているのか応戦している。
「ジン、助けに行こう! このクルマなら間に合う!」
「了解だ!」
俺はここは人命救助を最優先と思ってSUVを再び走らせる。
「うおおおっ!」
俺はクラクションを鳴らしまくって威嚇するようにSUVを接近させた。
「な、なんだ、ありゃあ!?」
「ま、魔法だ! 逃げろ、逃げろ!」
馬車を囲んでいた人間たちはこれに驚いたのか逃げていき、俺はクラクションを鳴らしたまま馬車にゆっくりと近づいた。
「大丈夫ですか!」
俺は応戦していた大柄な人物にそう言葉をかける。
「大丈夫だ! 加勢に感謝する!」
意外なことに応戦していたのは女性だった。
20代前半ほどとリーゼと同じくらいの年齢で、黒い髪を短いポニーテイルにしてブラウンの瞳をした人物。その180センチぐらいありそうな体の全身をがっちりとした鎧で固めた人物だ。
「怪我人はいませんか?」
「ひとり負傷している。お前は魔法使いか?」
「ええ。治療しますよ」
「助かる」
こうして俺たちはひょんなことから人助けをすることになった。
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