厄介な相続と思ったが……
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──厄介な相続と思ったが……
俺にその話が来たのは6月のことだった。
東京でしがないサラリーマンをしている俺の下に祖父母が暮らしていた家の相続の話がきたのだ。
「うへえ。あの家、まだ壊してなかったのか……」
俺の知っている実家というのは、かなり古い家である。
一応電気と水道、ガスは通っていると聞くが、いかんせん立地が田舎の熊本の中でもクソ田舎の辺鄙なところにある。そのせいで価値はほとんどないと実家を出て熊本市内で暮らしていた両親たちからも聞いていた。
「どーしたものかな」
俺はそう悩みながらも、一応現物を見ておこうと生まれ故郷の熊本に一度帰省することにしたのだった。
熊本に帰省するのは祖父の葬式以来だ。
祖父のことは好きで、祖父も俺のことが好きだった。よく両親に内緒でこっそり小遣いくれたし。俺も老齢になってからは耳が悪い祖父の付き添いで病院に連れていったこともある。
そんな祖父も介護が必要になり、家を離れて老人ホームに入ったと聞く。
どうしてそんな祖父が俺にその家の権利を残したのかは分からないが、遺言状にはっきりと俺に家の権利は譲ると書いてあったそうだ。祖父と両親は決して仲が悪かったわけでもないので、この決定はかなりの謎である。
「お帰り、仁ちゃん」
「ただいま、母さん」
まずは熊本市内の実家に顔を出し、状況を確認する。
「ええ。弁護士さんから遺言状があるって言われてね。しっかりそこにじいちゃんの家を仁ちゃんに相続させるって書いてあったのよ」
「う~ん。じいちゃんの家の状態って分かる?」
「私たちももうあそこを出てから長いからねぇ。それにじいちゃんも最後の2年間は老人ホームで暮らしてたし……。多分、あまり手入れされてないんじゃないかしら?」
「そっかー……」
母から聞かされた話は憂鬱になるものだった。
「一応、俺、じいちゃんの家を見てくるよ。取り壊すにしても準備は必要だし」
「そう? あまり無理はしないでね。仕事、大変なんでしょう?」
「ああ」
俺はレンタカーを借りて、熊本市内から阿蘇方面に向けて走る。その途中の山中に祖父の家はあるのだ。
「うわっ! こりゃ酷い……」
かつての祖父の家は平屋で、広い庭があると記憶していた。
その庭が当たり一面生い茂る雑草だらけ。家の方はそこまでダメージを負っていないようだったが、この庭の惨状を見るだけでげっそりする。
「失礼しますよっと」
俺は家のカギを開けて中の様子を見る。
祖父は老人ホームに入る前には訪問の介護を受けていたそうで、その人たちが片付けてくれていたのか、室内は埃が積もっているだけで綺麗だった。
これと言って特別な処理が必要な遺品やゴミもなさそうで、この家を取り壊す上での問題はなさそうだ。
「……あれなんだ?」
そこで俺はリビングから庭の方に倉庫のようなものを見つけた。
俺がこの家に住んでいたときは見たことのないものだ。それに作りもそこそこ新しく、荒れた庭の中でも綺麗なままに存在していた。
大きさは結構大きく、自動車一台なら十分に入れる大きさのシャッターが取り付けられている。それから勝手口だろう扉もあった。
俺は不思議とその倉庫に興味を惹かれて、家を出て倉庫の方に向かう。
「ん?」
倉庫には南京錠のようなカギが掛けてあったが、俺が触れると何やらそれが自然にかちゃりと開いた。これは最初から開いていたのだろうか……?
不思議なものを感じたまま、俺は扉を開き──。
「え!?」
その先にある光景に俺は思わず目を見開いた。
倉庫の扉の先にあったのは、全く知らない場所だったのだ!
阿蘇の山林とは違う山々が遠くに見え、その麓には一面の小麦畑が広がる集落が。そして、さらにその中には西洋風の城すらもあった。
「おいおいおい。まさかこれって…………!」
ウサギの穴を落っこちたり、クローゼットの扉を開いたらひょんなことで繋がったりするあれなのか? つまりは異世界なのか!?
俺はそう驚きながらよく周囲を見渡す。
俺が開いている扉はそのまま異世界側に存在している。シャッターと勝手口の扉だけが異世界側に立っている感じだ。なので何もないところに扉やシャッターが存在して、かなり不思議な景色になっている。
「しかし、本当に異世界なのか……」
祖父の家の倉庫が異世界に繋がっているとか、いくら何でも非日常すぎて、すぐには受け入れられなかった。
俺はそう思いながら俺は恐る恐る扉の向こう側に足を踏み出した。
扉を閉じるのは、閉じた途端に扉が消えたりしたら怖いので開けたままにしておく。
「近くに誰かいたりしないかな……? 誰かいたら話を聞いたりできるんだけど……」
そう思って周囲を見渡す。もし、俺が不審者として怪しまれても、今ならすぐ扉に飛び込んで逃げられるだろう。
きょろきょろと周囲を見渡すと、村から少し離れた場所に小さな家屋が見つかった。家屋と言ってもそれこそファンタジー小説に出てきそうな、そんな木造の小屋である。
「あそこに行ってみるか……」
俺は未知の大地に踏み出し、小屋の方に一歩、一歩進む。
心臓がどきどきする。未知の場所ってのはそれだけで怖すぎる。だけど、同時に好奇心をそそられてしまう。好奇心は猫を殺すというのはこういうことなのか。
そして、俺はファンタジーな小屋の前に立っていた。
「もしもし? どなたかいらっしゃいませんか?」
いや。日本語が通じるのか、ここで? と今さら思ったが、英語でしゃべっても同じだろうし、俺は日本語で押し通した。
「はいはーい!」
すると小屋の中から日本語で反応があったことに驚く。
「どうなさいましたかー?」
そして、顔を出したのは20代の若い女性だ。艶やかな灰色の髪を背中から腰に向けて長く伸ばしている、赤い瞳が印象的な女性。とても可愛くて一瞬どきりとした。
ただし、格好は現代からすると不思議な感じである。
魔法使いが被っていそうな白い三角帽にたぼたぼした白いローブというのは、まさにファンタジー世界の住民であったからだ。
「あの、自分はこういうものなのですが」
俺はそう言って名刺を差し出す。異世界の住民とのファーストコンタクトの場で適切かどうか分からなかったが、女性は不思議そうにしながらも俺の名刺を受け取った。
「スオウ・ジンさん? スオウ・タダシさんの血縁の方、ですか?」
「え!? 祖父を知ってるんですか……?」
周防正は祖父の名前である!
「はい! 前にお世話になりましたから!」
女性はそうニコニコと応じる。
「私はリーゼロッテ。リーゼロッテ・ベルクマンです。タダシさんの家族の方なら、渡すものがありますよ。上がって、上がって!」
「は、はい」
元気のいい女性──リーゼロッテさんに押し切られてしまい、俺は彼女の家に上がらせてもらうことにした。
家の中は小ぢんまりとした空間が広がっていた。本棚があり、本が広げられた木製のテーブルがあり、ちょっとおんぼろそうなベッドがありでそれらがコンパクトにまとまっていた。それに加えて猫を飼っているのか、黒猫が窓の方からじっと俺を見つめている。
「これです。2年前にタダシさんの家族が来たら渡してくれと頼まれていました」
そう言ってリーゼロッテさんは戸棚から取り出した封筒を俺の前に差し出す。祖父の達筆な文字で『遺言状』と書かれた封筒だ。
俺はこの遺言状に何が書かれているのだろうかと、恐る恐る封筒を開いた。
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