表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/38

 村の(おく)沼地(ぬまち)で、ピックとロナとクエンはボス・ガス・ホイップを撃破(げきは)した。


 そのあと――クエンが、ロナに向かって発砲(はっぽう)した……!


 クエンは片目(かため)単眼鏡(たんがんきょう)をあてがっている。

 単眼鏡はスコープになっており、その照準(しょうじゅん)は正確だ。


 スコープの中心に(うつ)るのは、金髪(きんぱつ)少女(しょうじょ)ロナ。


 今のクエンは右手に単眼鏡を、左手にハンドガンを持つ。

 クエンのハンドガンには、(おと)や光を消すサプレッサーが内蔵(ないぞう)されている。


 (かれ)の構える動作(どうさ)を見ていない限り、よけるのは不可能と言っていい。


 一秒にも満たない刹那(せつな)のなかで、ロナの危機を救ったのはピック。

 ……ではなかった。


 現在、ピックの武器である赤いオクトパスは(ぬま)に着水し、白いスクイードは沼の上を旋回(せんかい)している。

 自前のフリスビーも、クエンの立ち位置には即座(そくざ)に届かない。


 だから単純に、この場でロナを危機から遠ざけたのは――ロナ自身であった。


 ロナは、()()()()()()()()自分で考えていた。


 天井(てんじょう)の沼地から飛びおり、真下の地面に(くつ)をつけた時点で、ロナは……。

 クエンの射線の延長線上(えんちょうせんじょう)に、風車(かざぐるま)のタイタンを配置していたのだ。

 なおタイタンの羽根(はね)は……ひらいた状態にして、クエンのほうに向けてある。


 そしてクエンの反応(はんのう)を確かめるべく、あえて近くの木をじっと見た。


 ()たしてクエンはこれをチャンスと(とら)え、ハンドガンでロナを()った。

 ただし直前、ロナはタイタンの羽根をつかみ――つかんだ羽根を()()()()()()()()()


 結果、クエンの弾丸(だんがん)風車(かざぐるま)の風圧により()き飛ばされた。

 ロナ自身はタイタンの(じく)仕込(しこ)んだアース・パイの重力に取り付き、不動を(たも)った。


 石のポニーを右手に構え、ロナはクエンに向きなおる。


 ……そして、すでにピックも動いていた。

 (ぬま)の手前で跳躍(ちょうやく)していた。


 水面(すいめん)()かぶオクトパスに着地する。

 ついで、(ちゅう)()うスクイードにフリスビーを当てる。


 フリスビーとぶつかって方向転換(てんかん)したスクイードが、クエンの周囲を(まわ)りだす。

 まとわりつくようにスクイードが飛び、(かれ)(うで)の動きを(ふう)じた。


 もはやクエンは、ハンドガンの第二射(だいにしゃ)(はな)てない。

 そんな(かれ)様子(ようす)を目に()れ、ロナが静かに()う。


「……もしかしてわたし、読み(ちが)えたら死んでいました?」


 単眼鏡(たんがんきょう)片目(かため)にくっつけたまま沈黙(ちんもく)するクエンを、ロナがにらむ。

 タイタンの羽根(はね)の回転をとめ、言葉を()ぐ。


「クエンさん。(くち)には出しませんでしたが……あなたも村の人たちも(あや)しいとは感じていました。実力もわからない(とお)りすがりの二人(ふたり)にボス・ホイップ討伐(とうばつ)依頼(いらい)することといい……きのう死人(しにん)が出たとは思えないくらいに、きょう会ったみなさんが笑顔(えがお)だったことといい……変だったんですよ」



 ……ここでピックが(ぬま)から上がり、クエンの背後(はいご)(まわ)る。


 ロナは続ける。


「なによりピックおじさんも気にしていたことですけれど、クエンさんたちの服には大小の差こそあれ、それぞれ同じエンブレムが付いていますよね。……そこに、ただの村以外の……なんらかの思想的(しそうてき)(つよ)いつながりがあるんじゃないかとも思っていました」


 そのエンブレムには、大口(おおぐち)をあけたコミカルな天体と「ハンガームーン」の(おごそ)かなロゴが()かんでいる……。

 ちょうどこのときピックは、クエンの上着(うわぎ)のそれを見ていた。


「もしかして、クエンさん」


 ロナの(げん)を引き()ぎ、オクトパスの(どろ)(はら)いながらピックが冷静に問いを発する。


「あなたがたのエンブレムがあらわす『ハンガームーン』とは、ココア・サン・クッキーの内部に想定されるハンガーではなく……組合(くみあい)の名前かなにかですか。その組合の目的に(かな)うからこそ、クエンさんはロナさんを始末(しまつ)しようとし、この沼地(ぬまち)まで誘導(ゆうどう)した……そう愚考(ぐこう)いたしますが」


警戒(けいかい)していたのなら」


 クエンが沈黙(ちんもく)を破り、ゆっくりと(くち)を動かす。


「どうしてノコノコ、(ぼく)についてきたんですか」


「……すぐにここを去りましょうか、ロナさん」


 ピックはクエンとの話を()ち切り、ウエストポーチからロープを取り出す。

 クエンのまわりを飛んでいたスクイードを回収したうえで、彼を手近(てぢか)な木に(しば)りつける。


「あなたはわたしの問いに対して答えず、話題をそらしました。仲間を売る気はないということです。また、それなりの質問に付き合わせて時間を(かせ)ごうとしているようにも()えます。……しばらくクエンさんが帰らなければ村のみなさんがこちらに来るのでしょう?」


 そうなれば、ピックもロナも(ふくろ)のねずみである。


 クエンたちは、二人を村に案内(あんない)した時点で(おそ)うこともできたのだろうが……。


 おそらく「始末するなら証拠(しょうこ)の残りにくい沼地で」「手を(くだ)す前に二人の実力を見極(みきわ)める必要がある」「ボス・ガス・ホイップと戦闘(せんとう)させて弱らせたうえで確実にほうむろう」「同行するのが一人(ひとり)だけなら油断するはず」などと考えて、すぐには(おそ)わなかったのだと思われる。


 ピックはクエンの単眼鏡(たんがんきょう)とハンドガンを草陰(くさかげ)(ほう)り投げ、ロナに聞く。


「とにかく、クエンさんはあなたを殺そうとしました。どうします?」


「相手の事情もわからないのに余計なことをしては、こちらの不利になりかねません。でも、やっぱりショックなので……警察には知らせます」


 ロナは身震いした。


「すみませんクエンさん……わたしは天使や聖女じゃありません。短いあいだでも共通の目標のために協力できた人から銃口(じゅうこう)を向けられたら普通(ふつう)に残念ですし、(こわ)いし、ただただトラウマです。裏切(うらぎ)られる可能性を事前に考えていても……ですよ」


 それからロナとピックは言葉を発さず、クエンをその場に置いて走った。

 来た道に対して横方向に進む。


♢♢♢


 じめじめした草木(くさき)()けた先に、アース・パイの途切(とぎ)れが現れる。

 地面のはしっこから真下をのぞくと、地面と接する壁面(へきめん)(した)に向かって()びているのがわかる。


 そこからロナとピックが降下――。


 百メートル以上()ちたところで壁面が途切(とぎ)れた。

 二人が、パイの裏側(うらがわ)到達(とうたつ)したのだ。


 その裏側の(めん)にロナとピックが(くつ)を当てる。

 パイの重力に引かれて二人が(からだ)の方向を転換(てんかん)し……。

 着地する。


 裏面(うらめん)では土のなかから、植物の()っこが()えている。

 二人は、根っこのあいだを()()けた。


 沼地を()せたパイをあとにし、村を載せるアース・パイの裏に移った。


 村の裏面に人影(ひとかげ)はなかった。

 代わりに、(はか)があった。


 墓石(ぼせき)一般的(いっぱんてき)な形状だが、(とう)のように大きい灰色(はいいろ)の物体が(ひと)つあるのみだ。

 巨大(きょだい)一個(いっこ)の墓の(した)に、()くなった村人たちの遺体(いたい)をうめているらしい……。


 そんな大きな墓を飛び()え、二人はさらに前進する。


 こうしてロナとピックは――村の()(ぐち)(かく)していた例の白い雲の(ただよ)う区間に(もど)ってきた。

 ただし今度(こんど)は、パイの(おもて)ではなく裏を通過する。


 雲を通り抜け、イソギンチャク(がた)のガス・ホイップを片付(かたづ)けながら道なりに足を運ぶ。

 一定距離(きょり)を進んだあと、道の表側(おもてがわ)に移る。


 ()き当たりに来たところでジャンプし、その突き当たりを飛び()えた。


 ……そのまま突き当たりの裏側に着地する。

 これでロナとピックは、もともと進んでいた(がけ)壁面(へきめん)(もど)ったことになる。

 当初の予定どおり「青の空域(くういき)」方向に進路をとる。


「ピックおじさん、ごめんなさい」


 うつむき加減(かげん)のロナが、まぶたを小刻(こきざ)みに()らす。


「わたしがクエンさんにノコノコついていったから……。結局のところ報酬(ほうしゅう)はパーで、時間も浪費(ろうひ)しました」


「ノコノコ同行したのは、わたしもです。ロナさんが謝るのでしたら、わたしも謝ります」


 少しもためらうところなく、ピックは「ごめんなさい」と返した。


「それに、先ほどまでの時間は必要だったと(ぞん)じます。(おそ)かれ早かれクエンさんたちはロナさんに近づこうとしたはず。であれば、早い段階でそれに気づけたのは(さいわ)いです」


(なぐさ)めていただき、ありがとうございます……!」


 うなずいたロナが背筋(せすじ)()ばす。


「でも本当に残念でした。クエンさんとは友達(ともだち)になれるかとも期待したんですが」


「ロナさんは年上()きでしたね。だから警戒(けいかい)しているにもかかわらず、(かれ)を信じようとしたのですか」


「話がすべて本当で、裏がない可能性も否定(ひてい)できなかっただけです。そう()うピックさんは、どうしてクエンさんにノコノコ……」


「寄り道してこその旅だからです」


 ピックの答えを聞いたロナは、口角(こうかく)を少しだけ上げた。

 目だけは笑っていない。


 そんなロナが、なにかを決意したように()う。


「だったらわたしも、すべてを無駄(むだ)なく楽しみます」


 この宣言(せんげん)は強がりを(ふく)んでいるのか、いないのか。

 それは彼女(かのじょ)にしか、わからない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ