表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/34

ダンジョン・スワンプ

 いったんピックとロナは、「(あお)空域(くういき)」に向かう道を(はず)れる。


 やせぎすの男のあとを追い、アース・パイのはしから飛びおりる。

 ……今まで歩いていた道の(した)に、別のパイが(たて)()いていた。


 男に続いて、ロナとピックがそのパイに着地し、重力の方向を新たにする。

 イソギンチャクやキンギョに()たガス・ホイップを掃討(そうとう)しつつ道なりに進む。


 途中(とちゅう)、白い雲が(ただよ)う区間があった。



 ――そこを()けた先に、村が()えた。


 足を()()れると、少々湿度(しつど)のある空気が(おそ)ってきた。

 あたりには、木造(もくぞう)小屋(こや)がぽつりぽつりと()っている。


 村人の何人(なんにん)かが、やせぎすの男に()け寄ってくる。


「――お帰り、クエンさん!」


 どうやら、やせぎすの男の名前は「クエン」と()うらしい。


 村に銀行は、なかった。

 だが宿屋(やどや)や料理店の看板(かんばん)は確認できる。


 ロナとピックはクエンにより、家屋(かおく)(ひと)つに案内(あんない)された。

 なかで、十数名の村人たちと車座(くるまざ)になる。


 クエンから話を聞いたあと、村人の一人(ひとり)がこんなことを言う。


「――お二人(ふたり)が、(ぬま)のボス・ガス・ホイップを片付(かたづ)けてくれるそうですね。ヤツのせいで村の空気は(わる)くなり、我々(われわれ)沼地(ぬまち)を自由に動くことができない始末(しまつ)。よって、もう放置できません。が、村の者だけでは手に(あま)状況(じょうきょう)でして……。あなたがたが協力してくださるなら、ありがたい。……あ、もちろん謝礼は、はずみますよ」


「任せてください」


 ロナが、自信ありげに胸部(きょうぶ)をたたく。


「……ついては、事前に相手の情報を提供(ていきょう)していただければ助かります」


 そんなロナの要望に――村人たちは首肯(しゅこう)する。

 (さき)ほど「謝礼は、はずみますよ」と(くち)にした村人がロナの言葉を引き取る。


「沼のボスは、大きな(つばさ)(ちゅう)遊泳(ゆうえい)するんですよ。マントのような(からだ)で……ひし(がた)のすみの(ひと)つに顔があり、その反対(がわ)のすみから長い(はり)のような尻尾(しっぽ)()えているんです。針に(どく)はないので、そこは警戒(けいかい)しなくても問題ありません。一番の脅威(きょうい)は、マントで(てき)をつつむ攻撃(こうげき)です」


「ありがたい情報です」


 背中(せなか)()った風車(かざぐるま)をつつき、ロナが口角(こうかく)を上げる。


初見(しょけん)だと、どうしても対応が(おく)れますからね」


「はっはっは、これは(たの)もしいお(じょう)さんですな――」


 そうして笑顔(えがお)を向け合い、会話するロナと村の面々(めんめん)

 村人のなかには、ここまで案内(あんない)してくれた、やせぎすの男――クエンの顔もある。


 ちなみにピックも車座(くるまざ)に加わった状態で……微笑(びしょう)している。



 同時にピックは、村人たちの服装(ふくそう)(なが)めていた。


 全員の服の(そで)身頃(みごろ)に、同じエンブレムがあしらわれている。

 そのエンブレムは――大口(おおぐち)をあけたコミカルな天体の(した)に「ハンガームーン」というロゴがくっついて、できている。


 クエンの羽織(はお)上着(うわぎ)にえがかれているものと、同一(どういつ)だ……。


♢♢♢


 それからロナとピックは、村の(おく)沼地(ぬまち)(はい)る。

 共に来てくれたクエンが二人(ふたり)に質問する。


「――本当に、お食事や休憩(きゅうけい)をされなくても、だいじょうぶですか」


「ええ、クエンさん」


 じめじめした沼地を進みながら、ピックが答える。


五日(いつか)前には(はら)ごしらえをしたもので」



 ……この世界の人々は、十日(とおか)一回(いっかい)の食事で生きていける。


 なぜなら周囲の大気に、水分や栄養素(えいようそ)が多分に(ふく)まれているからだ。

 つまり呼吸(こきゅう)をするだけで、生存に必要な成分を摂取(せっしゅ)できるようになっている。


 解剖(かいぼう)すればわかるが、(かれ)らの(はい)は胃と直接に連絡(れんらく)する。


 あごの(おとろ)えを(ふせ)ぐために、定期的に食事をとる必要はある。

 また、食べ物や飲み物を体内に取り()むことで得られる楽しみも確かに存在するので、しばらくなにも食べないと、精神的に発狂(はっきょう)する。


 ずっと(ねむ)らなければ(くる)しいのと同じ理屈(りくつ)と言える。


 ただし、おもに呼吸で栄養補給(ほきゅう)をする以上、それだけ空気に対して敏感(びんかん)(からだ)反応(はんのう)する。


 たとえば……ガスだまりであるガス・ホイップを積極的に人々が駆逐(くちく)するのも、それだけ空気が人々の(せい)密接(みっせつ)な関係を持つためだ。


 よくない空気のなかにいるときは、できる限り息をしないよう注意したほうがいい。



 ――この沼地(ぬまち)にも、よどんだ空気が立ち()める。


 ピックとロナとクエンは、必要以上に(くち)をひらかずに目的地へと足を運ぶ。


 あたりには植物が(しげ)る。

 茶色い木に()じり、大きな草本(そうほん)が無数に()()()()


 草と草のあいだに、(にご)った水たまりが……いくつも、できている。


 クエンによると、それぞれの水たまりが(そこ)なし(ぬま)であるらしい。

 三人の歩く、この地面……アース・パイは、かなりの(あつ)みを有するようだ。


 天井(てんじょう)にも地面が広がる。

 そこからも、(かぞ)えきれない(みどり)の草が()えている。


 真上(まうえ)の地形の様子(ようす)は、ピックたちの進む沼地とほぼ同じ。

 つまり沼地が上下(じょうげ)で向かい合っている状況(じょうきょう)だ。

 ただし重力方向は(うえ)(した)で百八十度(こと)なる。


 (げん)空間におけるアース・パイは陶器(とうき)に似たものでなく、完全に土の特徴(とくちょう)を持つ。


 植物以外の生物(せいぶつ)としては鳥や虫、小動物(しょうどうぶつ)などが生息し、独自の生態系(せいたいけい)(きず)く。


 そして出現する非生物(ひせいぶつ)――ガス・ホイップは、ピラニアやウミウシのかたちをしている。


 やはり本物ではない。

 ホイップたちは(ちゅう)()いたり背後(はいご)(まわ)()んだりして(おそ)いかかってくる。


 ピックは遠距離(えんきょり)からブーメランを投げる。

 接近される前にピラニア(がた)四散(しさん)させる。


 ロナは草陰(くさかげ)(ひそ)むウミウシ型のホイップに石の「ポニー」をぶつける。

 ホイップから放出されるガスを目印(めじるし)にすれば、位置の特定は容易(ようい)なのだ。


 なお今の彼女(かのじょ)は周辺の草に(から)まないよう、風車(かざぐるま)「タイタン」の羽根(はね)(たた)んでいる。


 案内人(あんないにん)のクエンも二人(ふたり)(まか)せっぱなしではない。

 持ち物の単眼鏡(たんがんきょう)をのぞき込みつつ、片手(かたて)でハンドガンを(かま)える。


 ガス・ホイップめがけて、無音(むおん)弾丸(だんがん)(はな)つ。


 ホイップを撃破(げきは)するたび、ガスの(おと)がはじける。

 その音を連続させながら、三人は沼地の(おく)()み込んでいく。


♢♢♢


 そして沼地の奥の奥で――。

 ようやくピックたちは、村人の言っていたボス・ガス・ホイップを視界に(とら)えた。


 草木(くさき)(かげ)(かく)れて、()()()()()()()()小声(こごえ)()わす。


「ピックさん。あの白い(はら)を向けているマントみたいなヤツがターゲットです」


「見た目は……大きなエイですね」


 ピックは、本の挿絵(さしえ)でその姿を目にしたことがある。


 巨大(きょだい)なエイ(がた)のボス・ガス・ホイップが(つばさ)(ふる)わせ、大きな沼の上に浮いている。

 長い(はり)のような尻尾(しっぽ)両翼(りょうよく)から、()緑色(みどりいろ)のガスが途切(とぎ)れなく噴出(ふんしゅつ)する。


 ぼそりとピックがつぶやく。


「では作戦どおりに(たお)しましょうか」


 草陰(くさかげ)に隠れたまま(かれ)らが散る。


 エイの頭が反対側を向いた瞬間(しゅんかん)に、ピックが赤いブーメラン・オクトパスを投げる。

 オクトパスが(おと)なく(ゆる)やかに(まわ)る。


 それにエイが気づき、(からだ)の向きを転換(てんかん)する。

 左右(さゆう)(つばさ)を広げ、迎撃態勢(げいげきたいせい)をとる。


 ここで白いブーメラン・スクイードもピックの手から(はな)たれる。


 スクイードはエイへと向かわなかった。

 まだ空中にとどまっていたオクトパスに直撃(ちょくげき)する。


 スクイードの衝撃(しょうげき)を受けたオクトパスが回転力(かいてんりょく)()し、エイに向かって()()される。


 エイは、左にかわす。


 ……直後、エイの左翼(さよく)爆裂(ばくれつ)した。

 クエンがハンドガンで、弾丸(だんがん)()()んだのだ。


「いい狙撃(そげき)です!」


 大声(おおごえ)を上げてピックは別の草陰(くさかげ)に移動する。


 一方、エイ型のボス・ホイップは周囲に視線を走らせる。

 弾丸の発射(はっしゃ)されたとおぼしき木陰(こかげ)尻尾(しっぽ)()ばす。


 しかし、すでに狙撃手(そげきしゅ)は、そこにいない。

 尻尾の針が、ただ木の(みき)をつらぬいた。


 ……そして草陰(くさかげ)に落ちた白いブーメランが再び飛び出し、今度(こんど)こそエイに向かって突進(とっしん)する。


 ここで――。

 天井(てんじょう)の地面から、野球ボール(だい)の石が高速で落ち、エイの右翼(うよく)にめり()んだ。



 それは、ロナの「ポニー」による攻撃(こうげき)である。


 ボス・ガス・ホイップの遊泳(ゆうえい)する場所に着く(まえ)……。

 ロナは別行動(べつこうどう)をとり、真上(まうえ)の沼地に潜伏(せんぷく)していたのだ。


 こうして――ボスに奇襲を仕掛(しか)けるために。



 ……天井に注意を向け、()き上がろうとするエイ。

 が、そばで滞空(たいくう)を続ける赤いブーメランに移動を(はば)まれる。


 加えて、白いブーメランもエイに(せま)りつつある。


 とはいえエイは間一髪(かんいっぱつ)で、白いほうのブーメランをかわした。

 ついで、そのブーメランが返っていく草陰(くさかげ)めがけて長い尻尾(しっぽ)()()す。


 ()たして手応(てごた)えはなく……草を()らしただけだった。

 (いきお)(あま)ってエイはバランスを(くず)す。――この瞬間(しゅんかん)


 三方(さんぽう)から衝撃(しょうげき)が、たたき込まれる。


 ピックがフリスビーを取り出して投げる。

 フリスビーに当たった赤いブーメランが(なな)め下に()()され、エイの尻尾(しっぽ)()もとに食い込む。


 同時に、エイの顔が弾丸(だんがん)を受けて破裂(はれつ)する。

 野球ボール(だい)の石がいったん天井の沼地に返ったあと再度超高速(ちょうこうそく)で落下し、(どう)の中心をえぐり取る。


 直後――。

 エイ(がた)の非生物の(たくわ)えていたガスが、一気(いっき)爆発(ばくはつ)した。


 ボス・ホイップ特有の大きな衝撃(しょうげき)音響(おんきょう)が、あたりの草木(くさき)にこだまする。


 はじける(みどり)のガスのあいだを通り()け、ロナが(ぬま)のそばに着地する。

 風車(かざぐるま)のタイタンを地面に立てたあと、はしゃぐように言う。


「二人とも、さっきのポニーの超高速落下を見ましたか。あれはポニーをタイタンの風圧(ふうあつ)で押し出して実現させた(わざ)です。ともあれクエンさんもピックおじさんも、お(つか)れさまでした! 村のかたが教えてくれた『マントで(てき)をつつむ攻撃(こうげき)』を(おが)む前にボスを(たお)せましたし、これぞ完封(かんぷう)ですね……お?」


 ロナは金髪(きんぱつ)(ふる)わせて、近くの木をじっと見る。


 (みき)が、どろどろ()けている。

 その溶解(ようかい)した(えき)()びた虫たちが死んでいる。


「ここ、さっきボス・ガス・ホイップが尻尾(しっぽ)(はり)攻撃(こうげき)したところですよね。……でも変じゃないですか。確か(どく)はないという話だったはず」


 そんなロナの言葉が終わらないうちに――。

 突然(とつぜん)彼女(かのじょ)銃口(じゅうこう)が向けられた。


 ()()()()()()()()()()、その銃口(じゅうこう)から(たま)をはく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ