表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/44

とどまるワッフル・ハンガームーン

 ところで、ロナとワッフルとクエンとヤマメが話しているあいだ……。

 残りの二人(ふたり)――ピックとゼライドは、なにをしていたのか。


 赤いオクトパス、白いスクイード、青い濃淡(のうたん)のクラーケン……これらのブーメランの破片(はへん)を回収していた。

 破片は――空間を取り囲むサン・クッキーの表面(ひょうめん)や、あたりに散らばるアース・パイに落下している。


 最初はピックが一人(ひとり)で探していたが、それをゼライドが手伝(てつだ)った。

 ピックはゼライドに礼を述べた。


「助かります。残骸(ざんがい)溶接師ウェルダーに売って……余裕(よゆう)をもって、次のブーメランを買いたいですからね」


♢♢♢


 ちょうどワッフルとクエンのやりとりが一段落(いちだんらく)したあたりで、ピックとゼライドがロナたちのいるサン・クッキーの地面に(もど)ってきた。


 ピックはヤマメの鎖鎌(くさりがま)「カマキリ」の破片も(ふくろ)()め、ヤマメ本人に(わた)した。

 ヤマメは意外そうな顔をしながら感謝した。


 ここで、ワッフルがピックとゼライドとロナに視線を送る。


「わたし、ヤマメさんとクエンさんの名前は聞いたんですが」


 やや遠慮(えんりょ)がちに()う。


「あとは……赤毛のお兄さんがピックさんで、藍色(あいいろ)(かみ)のお兄さんがゼライドさん。そして金髪(きんぱつ)のお(ねえ)ちゃんがロナさんで合ってますか? これまでのみなさんの会話を聞く限り、そうなんじゃないかと」


「はい、間違(まちが)いありません」


 ピックたち三人は首肯(しゅこう)した。

 (かれ)らとワッフルは、あらためて名乗り合った。


♢♢♢


(おれ)はピックくんに(やと)われて、ここに来た」


 サン・クッキーの地面に(こし)を下ろし、ゼライドが話す。


 ゼライドの右(なな)め前にピックが、左斜め前にワッフルが(すわ)っている。

 もし時間があればピックとゼライドの話も聞きたいと……ワッフル自身が(たの)んできたのだ。


 ゼライドは周囲の空気をボンベで吸いながら、しっとりとした声をはく。


「だから……ロナちゃんたちと(ちが)って、目的意識は低いほうなんかなあ……」


「それを言うなら」


 ピックが、落ち着いた口調(くちょう)で言葉を受ける。


「わたしもロナさんに仕事を任された身ですよ」


「ピックくんは元々、旅に出る予定だったんだろ? ハンガームーン目的で。求めるものが、たまたまロナちゃんとかぶっただけでさ……ここに来た意味は、あったんじゃないの」


「自分を……おのれの(からだ)と心を、つなぎとめるもの。その正体をわたしは確かめたかった。この世界自体を固定する実在のハンガームーンに対することで、なにかヒントが得られるかと期待していました」


「ハンガームーンって、わたしのことですよね」


 ここでワッフルが、自分の頭を軽くたたきながら(くち)をひらいた。

 ピックは、うなずく。


「はい、ワッフルさんのことです。わたしは、ちょっとハンガー自体にトラウマがありまして……。ですので、ハンガーのなかのハンガーである『ハンガームーン』と会うに(さい)して内心ビクついていました」


「そ、そんなに(こわ)かったですか」


「今は(おそ)れていません。ワッフルさんは、想像以上に自由でした。そして最終的に()()()()()()()()()()()受け()れ、新しい自己を確立しました。そんなワッフルさんを見て、思ったのです。自分をつなぎとめるものは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なんか難しいですね……つまり、えっと」


 ワッフルは、遠くで休むロナ・クエン・ヤマメの(かげ)をも目に入れつつ、ぼそりと言う。


「ピックさんの(たましい)は、自分の体だけでなく、いろんな世界に引っかかっているんですね」


「そう言うこともできますね。あるいはわたしだけでない、すべての存在が複雑に引っかかり合って、世界は構成されるのかもしれません。そんな宇宙においては『ムーン』……衛星さえも(ひと)つの中心に……なにかを固定する『ハンガー』になりえるのでしょう」


「正直ピックくんの言うこと、ほとんどわからんけど、それってさあ」


 ピックの息継(いきつ)ぎの瞬間(しゅんかん)に、ゼライドが言葉を(はさ)む。


「ようは、『みんながいてくれて助かる』ってこと?」


「……そうですよゼライドさん。『みんな』とは必ずしも、人でなくてもいいのですが」


 ピックは微笑(びしょう)し、言い聞かせるように静かに声を連ねた。


「みなさんと旅するうちに、新たな世界と出会うなかで……わたしは、たくさんのものに引っかかりました。(だれ)かではなく、わたし自身の思いで、この星を楽しむことができました」


「――よかったです」


 ここでピックの背後から声が落ちてきた。

 ()り返ると、ロナが後ろに立っていた。


「ピックさんは、自分の見つけたいものを探し当てたんですね」


 ロナはピックとゼライドのあいだに座った。

 位置をずらして場所を作ってくれた二人のうち、ゼライドのほうをロナは見る。


「ゼライドさんが得たものも……聞きたいです」


「あ、わたしもっ!」


 ワッフルが、ロナに便乗(びんじょう)する。

 持っていたボンベを地面に置き、ボサボサの髪をたたいて、うなるゼライド。


 彼女(かのじょ)たちは、「ココア・サン・クッキ―に住むガス・ホイップの鋳型(いがた)」といった答えを想定しているのではない。

 もっと心に関することを()うているのだろう。


「俺が得たのって、なんだろ。やっぱノリで付き合ったとこが大きいし……軽薄(けいはく)なんだよなあ、ピックくんたちに比べると」


 それから左手を、自身の右肩(みぎかた)にかぶせる。

 そこには、コミカルな天体が大口(おおぐち)をあけているエンブレムがある。「ハンガームーン」の(おごそ)かなロゴも、くっついている。


「分け合いたかったんだろうな。自分とは(ちが)う考えのヤツらと……生き方を」


 うなるのをやめ、はきはきと話しだすゼライド。


「クエンさんとヤマメちゃんも……同じ組織の一員(いちいん)だ。けれど、たぶん二人と俺の考えは違うんだ。おまけに俺には、ピックくんのような哲学(てつがく)も、ロナちゃんのような信念も、ワッフルちゃんのようなこだわりも、ねえんだよな」


 (やわ)らかい表情で小さく息をはき、エンブレムから手をはなす。


「そんな俺が、おまえさんたちの生き方を分けてもらって得たものがあるとすれば、きっと……『友情』とか『親愛』とか『尊敬』とか、そういった言葉でさえ表現できない……俺自身を(ふる)わせてくれる、特別なようでありふれた――『空気』なんじゃないかと思うぜ」


「気になるんですが、ゼライドさん」


 (かれ)左腕(ひだりうで)を軽く引っ張り、ワッフルが聞く。


「みんなの空気は、おいしかったんですか?」


 そんな彼女の質問に――。

 一瞬(いっしゅん)も迷わず、ゼライドはニヤリとして答える。


「俺が証人。メッチャうまいよ!」


♢♢♢


 そして。

 ロナ・ピック・ゼライド・クエン・ヤマメの五人が、この場を去ろうと(あゆ)みを始める。


 このだ円体の空間の出入(でい)(ぐち)をふさいでいたアース・パイとタコ(がた)のガス・ホイップは、すでに()()()()()()()


「わたしは、ココアのなかに残ります」


 ワッフルが、出入り口近くのパイに立ち、五人を見送る。


「星をささえるハンガームーンのわたしがココア・サン・クッキーを(はな)れたら、世界が不安定になるんですよね……。だから、これまでどおり通路を動き(まわ)ります。今は(だれ)とも会わないように。うっかり(おそ)ってしまいたくないから……もっと頭が冷えるまで待ちます」


「本当に……」


 ロナが心配そうにワッフルを見つめる。


一緒(いっしょ)にいなくても……だいじょうぶ?」


「はい……わたしはハンガー。固定するものです。人間と違って十日に一度(いちど)の食事も必要ありませんし……。それよりロナさん、わたしに(たの)みたいことは、ないんですか? そのために、わたしに会いに来てくれたんですよね」


「ありがとね、だけど今すぐには(たの)めない」


 ついでロナは、はだしのワッフルに(くつ)靴下(くつした)(わた)す。ヤマメから、よければ貸してあげてと言われていたのだ。


「ワッフルちゃん。これ、あげる。ぴったりだと思うよ」


「はいてみます」


 いったん()いてワッフルは、自分でそれを足に通す。


「あ、ほんとだ。ありがとうございますっ」


 このあとヤマメがワッフルに着替(きが)えを預けようとしたが、「だいじょうぶです」と返された。

 ワッフルによれば、よごれた服も靴も分解して何度もきれいに作りなおすことができるそうだ。


♢♢♢


 ……なお。

 五年後に落ちる巨大隕石(きょだいいんせき)から人類を守るために、世界を固定するハンガームーンを掌握(しょうあく)して操作し、隕石の当たらない別の場所に星を移すのがロナの本来の目的。


 今回ピックを始めとする仲間と共にハンガームーンと知り合えたのは、目的達成のために大きすぎる一歩(いっぽ)であった。


 しかし意志を持つハンガームーン「ワッフル」の心を「掌握」するのはロナの本意ではない。

 かつ、ワッフルがロナの言葉に(したが)って星の位置を移動させてくれるにしても……その重大な作業をロナの独断でおこなうことはできない。


 だからロナは念願のハンガームーンと出会えたにもかかわらず、いったんワッフルと別れざるを得なかった。

 もし勝手(かって)に世界を動かせば、ロナは全人類を混乱におとしいれる犯罪者として処理されるだろう。


(少なくとも星を動かす前に……政府を納得(なっとく)させるのは絶対。接触(せっしょく)は今まで、さけてきたけれど――もうこれからは、向き合う以外に選択肢(せんたくし)がない)



 冷静に思考を(めぐ)らすロナとほかの四人をざっと見て、ワッフルが手を()る。


「ではクエンさん、ヤマメさん、ロナさん、ゼライドさん、ピックさん……みなさんと次に会う機会を楽しみにしています。とくにクエンさんとロナさんは、必ずですよ……!」


「またね」「じゃっ」「近いうちに」「元気でな」「お世話になりました」


 六人全員が落ち着いた笑顔(えがお)で、別れの挨拶(あいさつ)()わした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ