表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/44

ヤマメとクエンの結末

 ワッフル・ハンガームーンとロナたちとの戦いは終わった。


 一方(いっぽう)で。

 勝利の余韻(よいん)(あま)んずることなく、サン・クッキーの地面の上でクエンは思う。


(ハンガームーンは沈静化(ちんせいか)した……()()()()()()()


 クエンの目的は――五年後に隕石(いんせき)が世界に衝突(しょうとつ)すると知っており、かつそれを阻止(そし)しようとしているロナを殺すこと。


 あわよくばハンガームーンを掌握(しょうあく)し、星の固定を維持(いじ)させたまま――世界に巨大(きょだい)隕石(いんせき)を当てること。

 それで、みなと死を分け合うこと。


(クミナとワッフルだけが死んで……(ぼく)(ふく)()()()()が生きているなんて不公平だ……(われ)ながら正当性のカケラもない勝手(かって)な言い分だけど、元から僕は、そういう人間)


 ここで(かれ)脳裏(のうり)をかすめたクミナとは、妻の名前。

 ワッフルはハンガームーンのマネしたほうではなく、すでに世にない(じつ)(むすめ)のことを指す。


 クエンは先ほどロナの風車(かざぐるま)()りを()れたとき、(くつ)靴下(くつした)を外していた。

 あくまで蹴りの衝撃(しょうげき)によって()げてしまったと見せかけた。


(今、ロナさんが隕石(いんせき)の情報をピックさんたちに()()()()ところで問題ない。みんな弱っている。ハンガームーンを即座(そくざ)(うば)い去れば、こちらのもの。なんならピックさんとゼライドくんも、まとめて()つ)


 クエンは両腕(りょううで)を失ったが――(となり)から手が()びてきて、(かれ)の足もとに向かってハンドガンを落とす。


 左から、左目に単眼鏡(たんがんきょう)があてがわれる。

 それが(だれ)の手によるのかは……説明するまでもない。


 はだしにした右足の指を引き(がね)にかけるクエン。

 そして、引く。


 だが……正確には、ねらえなかった。

 弾道(だんどう)は見当(ちが)いのほうに走った。


 跳弾(ちょうだん)さえせず右横へと大きく、それていった。

 (かれ)の挙動に気づいたロナが、同じくサン・クッキーの地面の上からクエンを見返す。


「やっぱり、足じゃ当たらないか」


 クエンはハンドガンを地面に置いた。

 あてがわれていた単眼鏡(たんがんきょう)が、静かに外された。


「練習しとけば……よかったな」


 なお、クエンには「舌」で引き(がね)を引くという手もあった。

 だが以前、ロナたちの前でその芸当を披露(ひろう)していたため、警戒(けいかい)されていると(かれ)は考えた。


 よって足での狙撃(そげき)を優先したのだ。

 とはいえ舌で()ったところで(かれ)の手による銃撃(じゅうげき)匹敵(ひってき)することはないから、どのみちロナを射殺することは不可能だっただろう。


♢♢♢


 ――すでにクエンは、ゼライドの予備の治療(ちりょう)用ガスによって応急処置をほどこされている。


 両腕(りょううで)は失ったものの、いのちを落とす心配はない。

 (あし)を伸ばして、へたり()むクエン。


 ……(かれ)のつま先の前に、しゃがむロナ。


「ちゃんとした病院で見てもらったほうがいいですね。一緒(いっしょ)に引き返しましょう」


「……あんたの頭のなか、花畑(はなばたけ)を通り()して、お星さまでも()いてんの?」


 単眼鏡(たんがんきょう)とハンドガンを両手にかかえたヤマメが、クエンの右隣(みぎどなり)()()め、ロナを見る。


「あたしに、クエンおじさまのような(じゅう)(うで)はない。カマキリも(こわ)れた。いくらピックくんのブーメランが三つもコナゴナになったとはいえ……ロナちゃんの武器は健在。ゼライドくんもいる。この状態だと、あたしたちはロナを殺せない」


 ヤマメは単眼鏡を構え、それをロナに向けた。


「おまけにハンガームーンを落ち着かせたから、もう……あたしら用済みでしょ。今度(こんど)こそ警察に身柄(みがら)(わた)すのが、いいよ」


「そうする意味も、なさそうだけど」


 ロナが、単眼鏡を凝視(ぎょうし)する。


「警察にもヤマメちゃんたちの仲間、いるんじゃなかったっけ? で、釈放(しゃくほう)されると同時に多人数(たにんずう)でわたしを殺しに来るんだよね。困ったなあ……連絡(れんらく)とられないよう、病院にも()()()()()()()()


「しなくて、いいって。少なくとも、しばらくは大勢(おおぜい)(ちから)を借りても無理。クエンおじさまが回復するまでは、ロナちゃん殺せないって……一緒(いっしょ)に旅して、わかったもの。でも勘違(かんちが)いしないでね。あたしたち、改心なんかしてないから」


 ヤマメは、あおるように言葉を続ける。


「どうする? いっそ殺す?」


「殺さない」


 ロナは即答(そくとう)した。


「どのみちクエンさんとヤマメちゃんも連れて帰らないと、関所(せきしょ)で問い()められるの。『あの二人は、どこに()ったのか』と。そして正当防衛を証明できないまま殺害容疑をかけられて投獄(とうごく)された()()、わたしは終わる。ハンガームーンの先にあるわたしの最終目的を、そんなことで(つぶ)したくない」


「だったらせめて、いのちをねらわれていた()さ晴らしに()()()()()()ボコボコにしたら? チャンスだよ、今はカマキリがないから抵抗(ていこう)仕返(しかえ)しも、できないし」


「それも、やらないよ。だってここでヤマメちゃんをボコせば、わたしがヤマメちゃんの思いどおりに動いたことになるもの。――自分にヘイトを向けさせて、クエンさんをかばっているんだよね? なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」


「あんたの言葉を聞く限り……」


 目もとだけで笑い、ヤマメが言い返す。


「今までは表面的にそういうそぶりをあんまり出さず、あたしたちのことを克服(こくふく)したようでいて……実際はそうでもなかったってわけか。まあ共闘(きょうとう)したとはいえ殺されかけた記憶(きおく)()けないだろうし、当然よね。じゃあ最後に、おじさまを(なぐ)ってスカッとでもすんの?」


「ケガしている人を傷つけたら、被害者(ひがいしゃ)としてのわたしのアドバンテージがなくなる」


「ふーん。ロナってお花畑に見えて、なかなか打算的だよね……」


「そうだよ、わたしも……いくらトラウマを乗り()えるとか大層(たいそう)なことを(くち)にしても、すべてを水に流せるほど大物じゃない。九割(きゅうわり)九分(きゅうぶ)は『いい人』になりたいと思ってるけど、残りの一分(いちぶ)は――」


「……天使でも聖女でもないってわけ?」


 小さく息をはくようにヤマメは笑い、単眼鏡を(ひざ)に下ろした。


「思えばあんたが仲間にした二人も、そういう感じよね。ゼライドくんはチャラそうで実際は(やさ)しいけど、なんかガス・ホイップに対しては冷酷(れいこく)だし……ピックくんはマジメで誠実である一方(いっぽう)で、計算高くて()()()()()自分の利益(りえき)も考えてるというか」


「ヤマメちゃんもクエンさんも、そんなふうじゃない?」


節穴(ふしあな)。……ふしあなロナ」


「かわいい(ふた)()、ありがとね」


「……やっぱ、あんた、(あたま)お星さまだわ」


 ヤマメの視線はロナから外れ、(となり)に移った。


「で……ワッフルちゃん」


 そこには黒髪(くろかみ)のボブパーマの女の子が立っていた。

 小さなはだしの裏側を、サン・クッキーの地面につけている。


()くの、やめたの? ()()()()()()()()()んじゃないの?」


「ヤマメさん、わたし、まだまだ飛べますよ。けれど、なんとなく地に足をつけるのも悪くないんじゃないかと思って」


「ずいぶん、ものわかりが()()()。今まで、あん……ワッフルちゃん、(からだ)(うば)おうとしてたじゃん……。それなのに、背中からクッキーに落ちた途端(とたん)に態度を変えちゃってさ」


「最後の風車(かざぐるま)()しの一撃(いちげき)で、みなさんの(からだ)それぞれに(たましい)先約(せんやく)があるのだと理解させられました。みなさんの(たましい)(からだ)にちゃんと引っかかっているって()()()()からには、もう奪えません。いや、体のほうが魂に引っかかるのかな……?」


 ワッフルがまばたきをくりかえす。


「きっと、わたしが会ったことのない人の体と魂も、そうなんでしょうね。だったら、これ以上意地(いじ)を張っても仕方(しかた)ないかなって。確かに、わたしは間違(まちが)えていたんです」


「なんか変な流れだね。ワッフルちゃんに一番(いちばん)ダメージ(あた)えてたのって、あのサメ(がた)のボス・ガス・ホイップだと思うよ。なのに……それをけしかけて手柄(てがら)を横取りしたような、あたしらのことをみとめていいわけ?」


「ダメージ量じゃなくて、みなさんの魂が体に()ちつけられていることが、うれしかったんです。もちろんわたしは、生き物ではないあのサメさんにも尊敬を覚えています。みなさんが誘導(ゆうどう)したのだとしても、サメさんは本能に(したが)っただけ」


 続いてワッフルは、クエンの太もものそばで正座した。


「でも、みんなには(あやま)らないと、だめだったの」


 クエンの……上着(うわぎ)(そで)ごと()き飛ばされた両腕(りょううで)を……布で(しば)られた両肩(りょうかた)上目(うわめ)づかいで見た。


「クエンさんには、とくにごめんなさい」


「僕には謝らなくていい」


 このときクエンは、目の前のワッフルの顔を直視していなかった。

 ワッフルの黒髪のほうに視線をそそいでいた。


(きみ)とは比べ物にならないほど、僕は人のいのちを……(からだ)(うば)ってきた。これは、そんな僕に対する天罰(てんばつ)なんだよ」


 内心で、クエンは自分の言葉を嘲笑(ちょうしょう)していた。

 人には、おこないに(おう)じた(むく)いがあるなど――そんな話を彼は一片(いっぺん)も信じていない。


 報いが本当にあるのなら、なにも悪いことをしていない自分の妻と(むすめ)が死ぬのは変だ。

 また、二人を殺した人さらいを、わざわざ自分が殺す必要もなかったはずだ。


 首を横に()りつつ、ワッフルが目をにじませる。


「天罰じゃないよ。奪ったのは、わたし……クエンさんの過去とは関係ないです……!」


 それからワッフルは、クエンの両腕のあった箇所(かしょ)をじっと見つめた。


 ワッフルは、銀灰色(ぎんかいしょく)のハンガームーンを基礎(きそ)にして今の女の子の姿を作り出した。

 つまり彼女(かのじょ)は人体を作成できる。

 先ほどの戦いで負った傷も、すでに大半がふさがっている……。


 だから、できると思ったのだ。

 クエンの両腕を元どおりにすることも。


 しかし……どんなに思いを込めても、手をかざしたりしても。

 ()()()()()()()()()()


 それっぽいものは、できるのだ。

 しかし腕らしきかたちはクエンの肩と結合せず、地面に落ちて(ちり)(くだ)ける。


「ご……ごめんなさい」


 ワッフルの体が(ふる)えた。

 彼女はクエンの腕の修復を試みながら、何度も(りょう)のまぶたをぎゅっとつむった。


 そして、すぐに目をひらいた。

 ()れ動く目もとから、幾筋(いくすじ)もの熱がこぼれる。


「ごめんなさい……ごめん……ごめんね……」


 か(ぼそ)い声を出しつつもなおワッフルは、うつむかずにクエンを見続けた。

 クエンは()()()沈黙(ちんもく)ののち、静かに(くち)をひらいた。


「……ありがとう、治ったよ」


 きょとんとするワッフルに対して、クエンは両肩を……(わず)かに残ったその部位を上下(じょうげ)させる。


「見えないだけで、さわれないだけで、(ぼく)(うで)は、ここにある」


 (かれ)左隣(ひだりどなり)で……ワッフルは腕の修復をやめ、()(だま)った。

 めちゃくちゃなことをクエンが言っているのは、わかっている。


 しかし言外(げんがい)の意味を読み取れないほど、ワッフルは()()()なかった。「もう無理しなくていい」と彼の言葉は語っていた。


 それが単純な(やさ)しさではないことも理解した。

 優しさの底に、失望や悔恨(かいこん)怨念(おんねん)拒絶(きょぜつ)までもが(ふく)まれているのを読み取った。

 だからワッフルは黙って泣いた……いや。


 ()()()()()()()()()()()


 まばたきをくりかえし、(なみだ)()(はら)う。


「クエンさんは、これから、ここを去るんですよね」


「うん」


「だったらもう一度(いちど)、わたしに会いに来てください! そのとき、左右の腕を『完璧(かんぺき)に』治してみせます。今は無理でも、修復できるようになるまで()()()()練習します」


 ワッフルの……(ふる)えを力一杯(ちからいっぱい)(おさ)えた声を聞いて、クエンは気づいた。

 黒髪ではなく、彼女自身の顔を見た。


 目の前で一生懸命(いっしょうけんめい)自分を見つめているのは、(むすめ)ではない。

 ……そんなことは、わかっている。


 だがクエンは、彼女が――ほかの(だれ)でもない、世界でたった一人(ひとり)の、自分の意志を持つ女の子であることに今まで気づいていなかった。


 顔が似ているからといって、娘と重ねはしない。……しかし、それが確定したならば。

 彼女を()()()()()()()()、二つの存在は混ざり合わないはずだ。


「そうか……なら、()()()()()()()


 (ゆる)やかに口角(こうかく)を上げ、クエンは笑いかける。


「いつか僕は、再び君に会いに()く。その日が今から楽しみだよ。ありがとう」


 その「ありがとう」は先ほどのものとは異なり、笑顔(えがお)と共に発音された。

 今のクエンの言葉が優しいウソではないという証拠(しょうこ)は……ほほえみだけで充分(じゅうぶん)だった。


 ワッフルのほおが(ほころ)ぶ。

 笑顔に(なみだ)(つた)って落ちた。(くだ)けた涙のカケラが散った。


 うち一粒(ひとつぶ)がクエンの脚部(きゃくぶ)()えて()ね、ヤマメのほおを()らした。


(あーあ、ホントおじさまって……罪作りなんだから。これじゃあたしを裏切る日は、いつになるやら。父母と同一視(どういつし)するわけには、いかないし……もっとゲスなこと、してほしいんだけどなあ)


 ヤマメは心のなかだけで、自分で自分に苦笑する。


(それともクエンおじさまは、裏切ってほしいというあたしの願いを裏切ってくれているのかな? ある意味あたしの願いって、そういう意味でも実現してんのかも……いやいや、さすがにそう考えんのは、都合よすぎだってば。あきれるくらいに欲目(よくめ)だねー……)


 そしてヤマメは、クエンの上着(うわぎ)の背中と自分の手袋(てぶくろ)(こう)をふれ合わせた。


 大小の差はあるが……背中と甲のどちらにも同じエンブレムが見える。

 大口(おおぐち)をあけたコミカルな天体と(おご)かなロゴを組み合わせたエンブレムだ。


(おじさま、結局あたしたちの負けで終わったね……でも、これがひとつの区切りかもしんないね。だから伝えたいなあ……クエンおじさま、これまであたしと人生を()()()()()()()()……ありがとう。だけど天罰なんか似合わないよ。……あたしのすべてを助けたのは、クエンおじさまなんだから)


 人さらいから自分を救い出してくれたこと……その()、村で毎日(かお)を合わせてくれたこと……一緒(いっしょ)に旅ができたこと……先ほどの戦いで両腕(りょううで)への攻撃(こうげき)を代わりにクエンが受けたこと……そういった事実がヤマメを心奥(しんおう)から(ふる)わせていた。


(あたしはあなたが裏切る日まで、あなたをささえ続けたい。……許してくれるなら、これからも)


 ついでヤマメの手が背中に当たっていることに気づいたクエンが、小さな声を出す。


「ヤマメも……ありがとう。(きみ)はずっと(ぼく)に、時間を分け(あた)えてくれた」


「……うんっ!」


 直接(ちょくせつ)顔を見合わなかったが、(たが)いに微笑(びしょう)したのがわかった。


(それだけで、(むく)われるよ。あたし、ちょろ……)


 彼女の(した)まぶたから、なにかが、こぼれそうになる。


 ようやくヤマメは知った。

 自分のほおを()らしていたのは、自分自身の()()でもあったと。


 ヤマメはクエンに、自分の(うで)をかばってくれたことについて言いたいことがあった。

 しかし彼は……それに関して感謝も謝罪も(こば)んでいた。


 同時に、少なくとも彼自身には「助け合って当然」という感覚もない。

 彼女はそれを読み取り、受け入れた。


 クエンとヤマメの関係は、そんな微妙(びみょう)なところに生きている。

 その絶妙(ぜつみょう)な関係性を、両者だけが知っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ