魂の先約(前編)
ワッフル・ハンガームーンと戦うにあたって、ロナやピックたちは二つの過ちを犯していた。
一つ目の過ちは、ワッフルの「進化」を促してしまったこと。
規格外の存在――すなわち星と世界を固定するハンガームーンに対抗するため、ロナたちはココア内に潜むボス・ガス・ホイップをワッフルに当てた。
ここまでは、いい。
問題は、「ワッフル・ハンガームーンは生物と同じく『成長できる存在』である」とロナたちが見抜けていなかった点に存する。
事実としてワッフルは、自身に匹敵する存在と戦うことで進化した。
ココア・サン・クッキーをも破壊しかねないほどの威力を持つボス・ホイップの攻撃――それをしのぐほどのシールドマシンをサン・クッキーから生成した事実こそ、成長のあかしと言えるだろう。
だが進化とは、単純な戦闘力の増加のみを意味しない。
ワッフルは四つ首のサメとの争いのなかで、かの非生物の有する「自己」を見た。
それはすなわち、「自分」のことばかりを優先していた彼女の精神が、「他」の存在を考察するという段階に進んだことを示している。
これが、もう一つの誤算につながる。
その二つ目の過ちとは、ワッフルを倒すために時間をかけすぎたことだ。
もしワッフルの進化をロナたちが考慮していたら短期決戦を考えたはずだが……彼らは堅実な策のほうを採用した。
ボス・ホイップをぶつけて消耗させたあと、時間をかけてワッフルにダメージを与えていく戦法をとったのだ。
絶妙なダメージを与えながら確実にワッフルを無力化するには、下手な賭けに出ず慎重を期すべき――という考え自体は間違っていない。
長時間を使って蓄積されたダメージは、ワッフルの力を確かに弱めていた。
しかし同時にワッフルのなかに積もっていたのは、ダメージだけではなかった。
一定時間の戦闘を経たすえに――。
ほかならぬ「尊敬」の感情が、彼女の心にたまったのだ。
ロナ・ピック・ゼライド・クエン・ヤマメに対して。
知恵と技術と自己の能力を駆使し、果敢に立ち向かう彼ら……。
そこには、魂をつなぎとめる体があった。
先約された魂が感じられた。
とはいえワッフルは、「いいものを見せてもらったから満足した」と考えなかった。
(これ以上を見たい。もっと戦って、もっと追い込んで、みんなの魂が本当に体に引っかかっているのかを確かめたい!)
それは、ただの好奇心。
好奇心が……相手を追い込む方法を模索した。
時間は、充分にあった。
そして彼女は、絶対の策に思い至った。
単なる自分でもなく、相手でもなく――「他者から見られている自分」を意識したとき、たどり着いた答えだ。
彼女の精神が進化していたからこそ、発見できた策であった。
(向こうは、わたしがスピードアップしたすぐあとに強い攻撃を当てて、わたしの動きをとめてるよね。そして遅い状態のわたしは、ガーン! って衝撃を受けたときにスピードを上げる。そのとき、部屋全体が揺れる。みんなは、これをさけている。だったら、それをしちゃおう!)
だからワッフルは、生成したサン・クッキーの一つを……。
自分自身の背中に、力一杯当てたのだ。
直後、ロナたちは……誤算に気づく。
思えば、誰でも思いつく簡単な手だ。
それゆえに見のがしてしまった可能性……!
ハンガーが衝撃によって固定のオンオフを切り替えるなら……ハンガームーンたるワッフル自身が自分で自分に攻撃することで、随意におのれをあやつればいい。
このときワッフルは、自身にクッキーを当て、能動的に自己を加速させたのだ。
即座に対応したのはピックだった。
飛んでいた白いブーメラン・スクイードにフリスビーをぶつけ、軌道を修正。
ワッフルにスクイードを命中させる。衝撃により、彼女のスピードを削る。
が……。
再び、ワッフルがクッキーを操作して自傷する。加速する。
ゼライドのアンモナイト型ホイップと……ヤマメ、クエン、ロナがワッフルに攻撃して動きを鈍化させるも、すぐにワッフルは自傷をおこない、「固定されていない状態」を保つ。
五人は、作戦が順風満帆にいかなかったことを悟った。
冷や汗がにじみ、息が荒くなり、意識が揺れた。
脅威は、ワッフルのスピードの上昇のみにとどまらない。
空間が震える。
だ円体の部屋全体が、安定を失う。
なかに散らばったアース・パイが、かき混ぜられていく。
おそらく……いや確実に、ココア・サン・クッキーのすべてが――それを取り巻く大気が――すなわち、ほとんどがガスで構成された世界そのものが動揺している。
いくら少女の姿でワッフルを名乗っても、ハンガームーンはココアを、ひいては世界を固定する存在。
それが役目から解放されれば、この星は今までどおりではいられない。
(固定が外れたところで、人類は絶滅しないだろう)
ピックは考える。
(しかし……よりどころは失う。「この星で生きていい」という……みなをつなぎとめるものが消える。わたしも単なるハンガーではなく、この世界に引っかかりたい……そうか、これが自分をつなぐのか……)
(ハンガームーンの探索を始めなければ、こんなことにはならなかったかもしれない)
ロナも考える。
(けれど……人は震えを超えて星を動かし、かつ望む場所に世界を定める生き物……なら、この程度……試練の一つに数えればいい)
ピックは笑った。ロナも笑った。不敵に笑った。声なく笑った。
釣られて笑うワッフルを見た。
意識と空間の揺れのなか、ワッフルは自身のみならず周囲を自在に飛ぶクッキーをも加速させる。
ゼライドの出現させたイワシ型のホイップを振り払う。
高速で敵に近づき、その動きをとめてくる。
アース・パイ生成の速度も上昇している。
対応が追いつかない。……だが、これまでに蓄積したダメージを考慮すれば、あと少しでワッフルを「限界」に至らせることができるはずだ。
ここでワッフルは、震えるパイの一枚に立つクエンを見つけた。
もともと最優先で片付けるつもりだった相手である。
再び――かつ、即座に彼に向かって飛んだ。




