五人と一個の対決
ワッフル・ハンガームーンは、自分から見て右奥にいるクエンをまず片付けようと思った。
彼の右肩のケガは、まだ癒えていない。
前後左右上下から自分を見上げる五人のなかでもっとも、ねらいやすい。
加えて、ワッフルは気づいていた。
衝撃を受けて素早く動けるようになるたび自分になにかが当たって、その勢いを殺されると……。原因は、現在クエンが左手で持つハンドガンに違いないと……。
クエンのほうに体を向けてワッフルは前進しつつ、アース・パイを頭上に生成した。
強大な重力により、付近のパイおよびクエンの身が引き寄せられる。
一方パイを砕こうと、真上よりピックのスクイードが襲来する。
ワッフルは、それを読んでいた。
サン・クッキーを飛ばし、白いブーメランをはじく。
その隙を突き、右斜め下からゼライドのガス・ホイップが上昇する。
ミサイルのような挙動のサンマ型ホイップの群れがワッフルに向かって突撃をかける。
が、サンマ・ミサイルにも余剰クッキーを回し、ワッフルは攻撃を防ぐ。
ついで左斜め上に視線をそそぐ。
ヤマメの緑の鎌が迫る。
ワッフルはそれをハンガー化させ、停止させる。
しかし左後ろからロナの持つ石「ポニー」が鎌に当たった。
鎌は再び動きだす。
ワッフルは冷静に、その鎌をよける。
刹那。
ワッフルの移動した空間に、ヤマメのもう一つの鎌が襲いかかった。
ヤマメの武器「カマキリ」は、鎖の両端それぞれに緑の鎌を付けている。
片方の鎌に相手の意識を集中させつつ、本命のもう一方を命中させるなど……ヤマメにとっては得意分野だ。
(……いや、ほかのみんなが四方からかく乱してくれたから当てられたんだ!)
ヤマメの鎌は刃物ではない。
その攻撃は切断というよりも、木刀などによる殴打に近い。
(もしくは――引っかけて、ぶつける!)
鎖がきしむ。
小さな体のワッフルが、鎌に引っ張られる。左脇腹を押さえられている。
ワッフルの周囲に展開するサン・クッキーは外側からの攻撃には強い。
反面、その身に取り付いてきたものに対して抵抗するのは難しい。
しかも消耗した今のワッフルでは、ピックとゼライドの追撃を防ぐので手一杯である。
さらに。
先ほど回避したもう片方の鎌が躍りながら現れ、彼女の右脇腹を押した。
そのままワッフルは二つの鎌によって持ち上げられ、みずから出現させたアース・パイに激突。
パイは砕けた。
砕けたパイの隙間から銃口が見えた。
クエンはあえて重力に逆らわず、ワッフルの生成したパイに向かってダッシュしていた。
音も光もなく弾が飛ぶ。
銃弾はワッフルの右肩に入り、体内を抜け、左肩から出ていった。
「か……かゆいっ!」
ワッフルは、両目をピクピク震わせる。
思わずさけぶほど……自身にダメージが生じたことを意識したのだろう。
また、どうもワッフルは人が感じる「痛み」を「かゆみ」として知覚するらしい。
ただし傷口をかきむしったりする様子はない。
やはり傷口から血は出ておらず……むしろ薄い煙のようなものが噴き出ている。
パイと衝突したことで加速に入ったワッフルをすぐさまクエンが撃ったのだ。
おかげでワッフルのスピードは、また元どおりになった。
ココア・サン・クッキーの震動も最小限で済んだ。
クエンは、砕けたパイのガレキを蹴る。
周辺のアース・パイに逃げ込み、遠くからの狙撃を始める。
(同じ場所にとどまらず、僕は適宜攻撃を加える。メインの火力は、あくまでヤマメとピックさん。誰かがハンガー化しても……威力のない安全な弾を即座に放ち、僕が停止を解除する)
基本的に、攻撃役はピックとヤマメの二枚。
違う角度から、二人はワッフルを間断なく攻撃する。
アース・パイを生成された場合は、どちらか一方がパイを破壊する役を引き受ける。
とはいえ長時間の休みない戦闘は疲労を生む。
休憩が必要になったときは、控えているロナとポジションを入れ替える。
控えにも役割がある。
このだ円体の空間を囲むサン・クッキーをたたき続け、室内の明るさを保つこと――これについては、もう心配の必要はない。いつの間にか夜は過ぎ、時間は昼になっている。
控えは、体力を回復しながら、あたりに浮くアース・パイの陰に潜む。
いざとなれば攻撃や妨害、支援にも回る。
その予備戦力の存在が、味方に安心感を与える。
敵の集中を乱す。
では……ワッフルのまわりを自在に動くサン・クッキーは、どうするのか。
(それは俺の役目)
ゼライドが両手に持ったボンベのダイヤルを回転させ、新たなガス・ホイップを噴出させる。
(ココア・サン・クッキーに入ってから鋳型をとったヤツだけどな)
果たして……イワシ型のホイップが千匹ほど現れた。
(ピラニア型のほうが攻撃力はあるが、数はこっちが多い。で、サポートとしてもう一種追加するか。ピラニア出すとイワシが食われるのは検証済みだから……)
ダイヤルを再度回し、ゼライドがボンベから出したのは――アンモナイト型だった。
こちらも、ココア内に入ってから鋳型をとったものである。
(殻による防御と触手による攻撃を併存させている、こいつなら有効に立ち回ってくれる)
アンモナイトのホイップは十体ほど。
イワシの群れに紛れ込ませ、ワッフルのほうに放つ。
ワッフルを取り巻くサン・クッキーに、イワシのガス・ホイップがまとわりつく。
結果、クッキーはガスのクッションでおおわれ……無力になる。
別のクッキーからいくら攻撃されても、イワシは次から次へと補充される。
かつ、アンモナイトのホイップがワッフルとクッキーの動きを妨害する。
なお味方の視界が奪われないよう、ゼライドはイワシの姿を半透明にしている。
ゼライドがサン・クッキーを封じる。
ワッフルが対象の人物を停止させる「ハンガー化」を使ってきたら、クエンが威力のない弾丸を撃ってそのハンガー化を解除する。
ヤマメとピックが、ワッフルの生成するアース・パイを即時破壊しつつ攻撃する。
衝撃を与えてワッフルの固定を解除した場合はすぐさま別の衝撃を当て、彼女を固定状態に戻すよう立ち回る。
ロナたちの立てた作戦は、うまくいった。
徐々に、確実に、ワッフル・ハンガームーンを弱らせつつある。
ワッフルは傷つくたびに再生するが、少しずつ、そのスピードが落ちてきている。
もちろん、この戦闘パターンが成立しているのは――事前にボス・ホイップをワッフルにぶつけ、彼女を消耗させていたからにほかならない。
ただし……存外うまくいきすぎた。
そのため彼らは、彼ら自身の犯した誤算に気づいていなかったのだ……。




