ワッフル・コーナー
四つ首を持つサメ型のボス・ガス・ホイップと、ワッフルを名乗るハンガームーンとの対決は、長引いた。
しかし、ココア・サン・クッキーに昼が訪れる時間帯にまでは及ばなかった。
きっ抗状態を破ったのは、ボス・ホイップの一撃。
非生物たるガス・ホイップに心はないが――。
まるで「このままではラチがあかない」という声が聞こえてきそうな……どこか、しびれを切らしたような……そんな一撃が放たれたのだ。
サメの四つの頭が、花のように放射状にひらいた。
その中心部が膨らんだかと思うと、破れ――なかからどす黒く、青いガスが発射された。
当然、ねらいはワッフル・ハンガームーンである。
極太のレーザーさながらだった。
反動で、サメの体が後ろに大きく下がる。
四つ首の根もとが裂ける。
空気を焼く音に少し後れて……強烈に強烈を重ねた臭気が、瞬時に広がる。
一番近くにいたピックだけでなく、戦いに参加していたロナ・ゼライド・クエン・ヤマメの全員が――だ円体の空間のはし、すなわち部屋を取り囲むサン・クッキーの表面へと退避した。
そして極太のガスに対するワッフルは、自身の後方にアース・パイを生成。
その重力に引かれ、すぐさま後退。
ただし、逃げたのではない。
ある程度の距離をとった直後に、ぴたりと停止。
迫りくるガスと自身とのあいだに広がるスペースに、横に倒れたかたちの筒状の物体を作り出す。
彼女を取り巻いていたサン・クッキーすべてが合わさって巨大なシールドマシン(トンネルを作る掘削機)の形状となり、青黒いガスのレーザーを迎え撃ったのだ。
もちろんワッフルのシールドマシンも、ボスのガス・レーザーに劣らず極太である。
クッキーは衝撃により、その身を強く輝かす。
ために、本来は光を含まない極太のガスまでが、明るく照っているように見え始める。
力は……五分と五分。両者、一進一退。
ほぼ同一の衝撃がぶつかり合って力を相殺しなければ、両者の暮らすココア・サン・クッキーそのものを粉砕しかねないほどの威力をそれぞれが持つ。
では、なぜ今になってワッフルは、シールドマシンによる強力な攻撃を使ったのか。
サメ型のボス・ホイップとは異なり、しびれを切らしたのではない。
三つの理由で説明できる。
第一に、長時間の戦いにより彼女がサン・クッキーの操作に慣れてきたから。
第二に、レーザーを撃つ代償にサメの俊敏さが僅かに殺されてボスに隙ができたから。
そして第三に……彼女自身がたった今、初めて自身の死を予感させられたから。
(このままだと、わたしの体が剥ぎ取られちゃう……!)
ワッフルに芽生えた必死さこそが、土壇場において彼女の進化を促したのだ。
筒状のシールドマシンの先端の面が円転する。
表面に付いたカッタービットの群れが、極太レーザーを削り取る。
青黒いガス・レーザーはシールドマシンに進撃をはばまれ、うねりながら放射状に同色の余波をまき散らす。
徐々に、シールドマシンが進行する。
前面で砕いたガスの勢いを筒のなかで完璧に破砕し、後面から排出することで――ガスの威力を殺しているのである。
こうして確実にシールドマシンが、四つ首の根もとに迫る。
しかしサメ型のボス・ガス・ホイップは諦めなかった。
ここにきて四つ首の中心部から……より太く、より速いガスのレーザーを放ったのだ。
威力は、すさまじかった。
シールドマシンの掘削能力でも対応できない。
極太の筒状にまとまったサン・クッキーが、前面から消し飛ばされていく……。
数秒後、シールドマシンは元のサン・クッキーの破片と化した。
ガスのレーザーは、その破壊の代償を負い――。
霧散した。
サメ自身も対価を支払う。
四つ首の根もとが胴体に向かってヒビを作り、ついには尾ビレ近くまで裂けた。
反動による後退は強烈で、その身を制御できない。
直進ではなく小さな螺旋をえがく状態。
その体を、サン・クッキーの槍が貫通した。
先ほどのシールドマシンとガス・レーザーの衝突のあいだに敵の死角に回り込んでいたワッフルが、ボス・ホイップの後背を突いたのである。
ボス・ホイップの体はひらききり、十字のかたちを呈する。
血走った八つの目が爆発し、それに伴い――破裂音と衝撃が、青黒いガスと共に拡散した。
規格外の存在にしては、その断末魔は控えめで、か細かった。
(あれは、わたしの求める人の体じゃなかった)
ワッフル・ハンガームーンは思う。
(生き物でもないって、最初から知ってた。でも……なにかな……最後まで、自分を失っていなかった。まるで魂が引っかかっているみたいに。困っちゃうなあ、そう見せつけられると。もう少しで、わかってしまいそう)
もうワッフルに、シールドマシンは出せない。それほどに彼女は疲れた。
だが「体」への衝動は、まだ生きている。
サン・クッキーをまわりに再生成・再展開する。
あたりに多くのアース・パイが漂う、だ円体の空間の中心に浮き……。
ワッフルは部屋全体を見回した。
ピック・ゼライド・ヤマメ・クエン・ロナの全員が姿をさらしていた。
彼ら五人はワッフルを放置できない。
自己回復の時間を与えれば、せっかくボス・ホイップをぶつけてワッフルを消耗させた意味がない。
だからあえて隠れないで、ワッフル・ハンガームーンの衝動を刺激する。
全員が同時に現れることで、一瞬間だけワッフルを迷わせる。
ピックとゼライドとヤマメはそれぞれ別のアース・パイに立つが、ワッフルからの距離はいずれも等しい。
その三人から少し離れてクエン。
さらに遠くの……このだ円体の空間をかたちづくるサン・クッキーの壁面にロナがいる。
当初の予定どおり五人は互いに距離をとり、ワッフルをさまざまな角度から見上げる。
ピックはワッフルから見て真上のアース・パイから。
ゼライドは真下に近い右斜め下のパイから。
ヤマメは前方左斜め上のパイから。
クエンは右奥のパイから。
ロナは左後ろのさらに奥のサン・クッキーから――あごを上げてワッフル・ハンガームーンを見つめていた。
重力を発生させるアース・パイ……あるいは、ココア・サン・クッキーの表面に接しているからこそ、実現できる光景と言えるだろう。
女の子の姿を借りたハンガームーンに前後左右上下から、五つの上目づかいが刺さる……。




