ようやく対等
サメ型のボス・ガス・ホイップの口に飲まれたワッフル。
しかし五秒ほどで難をのがれる。
ワッフルが自身を取り巻くサン・クッキーをあやつって、ボス・ホイップの背中を突き破ったのだ。
彼女のかまれた箇所は脚部だった。
血は出ていない。その部分が再生していく。
同時に、ボス・ホイップの破れた背中も修復を始める。
ここでワッフルはサメの姿に背を向け、ロナに対する追跡を続行しようとした。
そこに、四つのあごが強襲する。
ワッフルの身を防御するクッキーに歯を立て、豪快にかみ砕く。
(互角か……?)
だ円体の空間に入ったゼライドが、あたりに浮くアース・パイの陰から戦いを観察する。
(ともかく、この部屋から出ていかれたら、まずいな。今は争わせて消耗させるべきだし、戦場が通路に移れば、仲間同士で別々に戦いにくくなる)
ワッフルとサメが離れたのを確かめてからゼライドは空間の出入り口に戻り、その部分にガスを噴射した。
ゼライドのボンベからタコ型のガス・ホイップが出現し、内側から出入り口をおおった。
壁面のサン・クッキーに擬態しているため……どこに張り付いているか、わからない。
そのタコは赤いガスを噴出させるのだが、漏れ出たものを部屋ではなく通路のほうに排出している。
(ココア内のボス・ガス・ホイップに似たにおいだ。これで誰も近づかねえ。……ワッフルちゃんたちの脱出の可能性も下げることができた)
隠した出入り口に気づかれないよう、擬態するタコからゼライドはすぐに離れた。
周囲に浮くアース・パイの一枚に腰を下ろし、休憩をとる。
(あ。出入り口は、反対側にあと一個あいてたっけ……向こうは……)
この空間には、だ円体の突き出た二箇所それぞれに穴が存在する。
ゼライドは、タコでふさいでいないほうの穴に視線を投げる。
赤毛が見えた。
ピックがアース・パイを重ねてそれらを打ちつけ、穴をふさいでいるところだった。
安心したゼライドは休みつつ、首を回して現状を確かめる。
(俺とピックくん以外は……? 今は夜にもかかわらず部屋を取り囲むクッキーが点灯し続けている……ヤマメちゃんがクッキーをたたいて回って消灯を防いでいるな。ロナちゃんとクエンさんは、パイに隠れて見つからない……)
そして、このだ円体の空間のなかでもっとも目立つのは、ほぼ中央にまで移動して戦っている二つの規格外存在。
(ワッフルちゃんのクッキーが光っているおかげで、かなり見やすい。いや……少々まぶしい感じも……すんな)
四つ首のサメはワッフルのまわりを素早く泳ぎ、クッキーの防御が固められる前に攻撃を加える。
あごだけでなく――鋭い鼻先やヒレ、重量のある胴体などをぶつけ、ワッフル・ハンガームーンをひるませる。
都度再生するワッフル。
クッキーで生成したハンマーやハサミでボス・ホイップを何度刻んだか数えられない。
対するサメも即座にその身を修復し、攻勢を弱めない。
ボス・ホイップのサメもまた、規格外のハンガームーンに対抗できる規格外なのだ。
ただし本来であればこの勝負――ワッフルのほうが圧倒的に有利であった。
彼女はサン・クッキーの操作以外に、敵を一時的に行動不能にする「ハンガー化」と、なんでも引き寄せることのできる「パイ設置」が可能である。
おまけに衝撃を与えられれば再度ダメージを受けない限り、星自体の固定を外した状態で加速する。
だが共倒れをねらうロナたち五人にとって、ワッフルの圧倒的勝利は都合が悪い。
あくまでワッフル・ハンガームーンが「辛勝」するのがベスト。
そこで、ほどほどにボス・ガス・ホイップのアシストをするのが望ましい。
二者をぶつけているあいだ、ロナたちは悠然と観戦していたのではない。
ワッフルがサメなどの攻撃をまともに食らうたび――。
クエンがワッフルに弾を飛ばし、世界の揺れとハンガームーンの加速を解除していた。
ゼライドの連れてきたボス・ホイップがワッフルの脚部をかんで飲み込んだときも、背中から出てきたワッフルに弾を当て状況の悪化を防いでいたのである。
また、ほかの四人はワッフルの「パイ設置」「ハンガー化」を邪魔する役目を負う。
ヤマメは、だ円体を囲むサン・クッキーの表面を走りながら部屋全体の照明確保。
そのかたわら、ワッフルの出現させるアース・パイを攻撃。
かつ、動きをとめられたボス・ホイップに鎌を当て、停止をとく。
とはいえ、あくまでヤマメは余裕があればサポートするのみ。
休憩を済ませたゼライド、出入り口にパイを打ちつけ終わったピック、残してきたタイタンのもとに戻って得物を回収したロナ……以上の三名が中心となって、ワッフルのパイ設置とハンガー化を妨害する。
もちろん急にワッフルがボス・ホイップではなくロナたちに攻撃してくる可能性もあるので、固まって行動するのはさける。
絶えずパイからパイに移り、あらゆる場所・あらゆる角度から干渉をおこない、かく乱をねらう。
とくにロナはワッフルを引きつける血を持つ。
ボス・ホイップとワッフルの戦闘する構図を壊さないよう、なるべく姿を現さず攻撃に参加する。
ワッフルをおびき寄せる可能性がある方位磁石も、すでに布でくるんだうえで風車タイタンに収納している。
あわよくばワッフルにもダメージを通す。
遠くから野球ボール大の石「ポニー」を投げて即回収。即離脱。
このヒットアンドアウェイを反復する。
サン・クッキーの仕込まれたポニーは点灯し、ワッフルの注意を引くが……彼女はその隙にボス・ホイップに攻撃され、注意を乱される。
ゼライドは遠くからピラニア型のガス・ホイップを出す。
状況に応じて、サメやワッフル……そして彼女の生み出すアース・パイとサン・クッキーを攻撃する。
また、ウミヘビ型ホイップ「ヌライア」をワッフルのまわりのクッキーに付けておく。
サメが停止した瞬間に跳び移り、衝撃を加える任を与えておく。こうしておけばサメの停止はすぐ解除される。
ピックは赤いブーメラン・オクトパスに乗って宙を飛び、白いブーメラン・スクイードで戦いに干渉。
二体の対決にかなり接近しているので、もっとも危ない位置にある。
彼の役割は攻撃や妨害というよりも、いち早く仲間に状況を知らせること。
パイの出現、サメの停止、ワッフルが衝撃を受けた瞬間……より間近でそれらを確認し、即座に報告するのだ。
ワッフルの気を引いては危ないので、言葉ではなくフリスビーを投げて連絡する。
同時にピックは、仲間の射線上に入らないよう気を配っている。
その動きから仲間の位置を特定されてはまずいので、計算して空中を移動する。
万一ワッフルによりピックが停止させられた場合は、近くにいる者がすぐさま彼に軽いダメージを与え、停止を解除することになっている……。
ピックたち五人は誰一人、無駄な言葉を発さなかった。
作戦は、事前に入念に練っている。今さら話し合う必要は、ほとんどない。
いちいち声をかけ合えばワッフルにも行動が読まれてしまうし、なにより――。
必死に行動しているさなか、余計なことをしゃべる余力などあるはずもない。




