ラスボス・アタック
超巨大岩石ココア・サン・クッキー内部に存在する「だ円体」の空間――。
そこに浮かぶアース・パイの一枚に、金髪の少女ロナと赤毛の青年ピックが立っている。
ロナは方位磁石を片手に載せ、ハンガームーンを待ち続けた。
そしてココア・サン・クッキーが点灯と消灯のサイクルを二回くりかえしたとき。
ハンガームーンが磁石とロナの血に引っ張られ、ロナたちのいる空間に姿を見せた。
この空間に二つ存在する出入り口の片方をとおってロナの前に現れたのだ。
かたちは変わらず、黒いボブパーマを持つ女の子。クエンの娘「ワッフル」に似ている。
ヤマメの渡した上下をまとっており、はだしである。
ワッフル・ハンガームーンはアース・パイに足をつけていない。
やはりワッフルの背後には、サン・クッキーの群れが半球状に浮く。
時間は、夜。
空間の壁面を構成するサン・クッキーは、刺激を与えられない限り光を発さない。
視界は悪いが……移動時に発生するワッフルの風圧と独特の威圧感により、その接近がわかる。
ピックがブーメランを二つ投げ、空間の壁面に当てる。
ブーメランがクッキーの表面をこすって音を出すたび、あたりがだんだん明るくなった。
ロナとワッフルが見つめ合う。
タイタンを地面に置き、ロナが両手を大きく振る。
その動作に反応したワッフルが、空中で動きをとめる。
ロナは伝えた。
自分たちに害意はないと……人の体を破壊しても、それを他人が奪うことはできないと……。
ワッフルは、すべて聞いたうえで困った表情を作った。
「害意がないから、なんですか? 関係あります? わたしにも、みんなを傷つけようなんて気はないですよ? それに……実際に誰かの体を壊したことがないのなら、『そうしても体をもらえない』って断言できないと思います。やっぱり、わたしは体を奪いますよ。納得できるまで」
ここで、少し考えるように目を閉じた。
まぶたをあけて、言葉を続ける。
「じゃあ、お姉ちゃんたちの体がすでに魂に引っかかっていると……わからせてください。先約があると確信できたら、わたしだって諦めますから。心身と魂のつながりは、大事なもののはずだから」
瞬間、ワッフルの力によってロナの体が停止した。
直後、ワッフルの背後に浮くサン・クッキーがハサミのかたちになり、ロナを挟もうとした。
寸前、緑の鎌が飛んできて、ロナの腹部に引っかかった。
結果、そのまま鎌はロナを引っ張り、ハサミの攻撃を回避した。
空間に散らばるアース・パイの一枚に隠れていたヤマメが、鎖鎌「カマキリ」を使ってロナを救出したのだ。
ヤマメの鎌は刃物ではなくカマキリの手の形状をしている。
威力も抑え気味であるので、ロナの身が真っ二つになることはない。
ロナを追おうとするワッフル。
そこに、白いブーメランが飛んでくる。
ピックが投げたものである。
彼はロナとワッフルが話している隙に遠くへ離れ、様子をうかがっていた。
白いブーメラン・スクイードはワッフルのクッキーに簡単に防がれたが、ロナを逃がす役目は果たした。
体が動くようになったロナは、すぐさまヤマメの鎌から離脱。
あたりに浮くアース・パイを蹴り、パイからパイに跳んでいく。
ワッフルの現れた出入り口から見て反対側にある出入り口に向かう。
武器兼乗り物の風車タイタンをパイの一つに置いたままにしているため、自分の足での跳躍となる。ヤマメの鎌に確実に救出されるべく、事前にロナは背中からタイタンを外していたのだ。
これに呼応し、ワッフルは浮いたままロナと同じ方向を目指す。
右と左からブーメランと鎖鎌の妨害を受けるものの、ほとんど減速しない。
パイ伝いに足で移動するロナよりも、宙を自在に動けるワッフルのほうが速い。
だが――ロナにとっては、それでよかった。
(あんまり距離をあけすぎると、強烈な重力を持つアース・パイを生成して対応してくるに決まってる。だからあくまでわたしの逃走は「移動だけで追いつける」と思わせる速度じゃないといけない。とはいえ接近されれば停止を食らう。こちらの真意がばれないように絶妙なスピードを保つ……!)
移動速度を調整しつつ、だ円体の空間の出入り口にたどり着くロナ。
一方ワッフルは、あと少しで停止攻撃を仕掛けられる間合いに入る。
……近くに強烈な臭気が漂っている。
ここでロナが、急カーブをえがく。
出入り口のふちを蹴り、ココア・サン・クッキー内に働く重力に従って壁面を地面とし……ワッフルから見て上へと走る。
踏んだ箇所が光り、彼女の経路が白く輝く。
ワッフルも同様の軌道をなぞろうとした――
――そのとき。
彼女の背後に浮くサン・クッキーごとワッフルが、
かまれた。
飲み込まれた。
目の前の出入り口から現れたものがワッフルに襲いかかったのだ。
ワッフルをかんで飲み込んだそれはサメのかたちに似ていた。
白い腹を除き、黒と青の中間くらいの色を肌に張り付けている。
口から鋭利な歯がのぞく。
頭が四つある。それぞれに凶暴な目と口が付いている。
体からは、濁った青いガスが噴出する。
太っているものの、動きは俊敏。
……だが。
これこそが奇跡よりも確実な、ロナたちの策だ。
ロナはココア・サン・クッキーの表面を走りつつ、斜め上からサメを見る。
(うまく当てられた! ボス・ガス・ホイップ……!)
♢♢♢
普通に戦ってもロナたちは、ワッフルに勝てない。
相手は世界そのものをささえるハンガームーン。
あどけない少女の姿をとっているとはいえ、「正々堂々向き合わないとかわいそう」とか「小さいから手加減しよう」とか考えれば殺されるだけ。
存在の規模が桁外れなのである。
とはいえワッフル・ハンガームーンに対抗しうるものが、いないわけではない。
たとえばココア・サン・クッキー内部に生じるボス・ガス・ホイップ。
関所で門番が言っていたとおり、ほかの空域のボスに比べてココアのボスは規格外。
それとは戦ってはならない。
遭遇をさけるべき脅威である。
ロナは考えた。
通常ならば関わるべきでないココア内のボス・ホイップも、対ワッフル戦においては役立つのではないかと。
そもそも……少なくとも野生のガス・ホイップは、人を始めとする生物を理由なく襲う。
ボス・ガス・ホイップも例外ではない。
よって、人の姿をしているワッフルにボスをぶつけることも可能なはずだ。
またロナは、赤の空域でゼライドが教えてくれたことを覚えていた。
それは「より強いホイップは、より強い相手に攻撃衝動を向けやすい」という情報だ。
ロナたち五人よりもワッフルは、よほど強い。
ひとたびワッフルのそばにボス・ホイップをおびき寄せることができれば、確実にボスはワッフルに攻撃衝動を向ける。厄介な二つの存在の戦う構図を作り出せる。
事前準備として五人は、ココア内部をさまようほかの探索者からボス・ガス・ホイップの強烈なにおいについて情報を集めた。
探索者たちには、ワッフル・ハンガームーンのいるほうに向かわないよう忠告する。ハンガームーンの存在自体は伏せつつ……。
そのうえでボス・ホイップをだ円体の空間に誘導する計画だった。
あとは……ワッフルが現れたタイミングで、どう都合よくボスを当てるか。
だ円体のその空間から外に延びる通路の一つには、輪のようにループする道がくっついている。
前にワッフルと交戦したポイントから見て、より遠いほうの出入り口に接続する通路だ。
強烈なにおいを放つガスの情報をもとにボス・ガス・ホイップを見つけだし、このループ地点に誘導した。
ガス・ホイップの攻撃衝動を利用すれば、誘導自体は難しくない。
ループ地点を周回して逃げ続けることで、ボスをその場にクギ付けにしておいた。
その役を引き受けたのは、ガス・ホイップの扱いにたけたゼライドであった。
ワッフルがだ円体の空間にやってきたタイミングで、周囲のパイの陰に隠れていたクエンがゴム弾を撃った。
跳弾したそれは……だ円体を出て通路の壁に反射し、ゼライドのもとまで飛んだ。
合図を受けたゼライドはループ地点の周回をやめ――ボス・ガス・ホイップを連れたまま、だ円体の空間の出入り口に向かって全力疾走した。
そしてボスは誰よりも強いワッフル・ハンガームーンを見つけ、かぶりついたというわけだ。
しかし当然ながらゼライドも、余裕で自身の役目を果たしたのではない……。
(あの四つ首のサメ……怖すぎる。マジで攻撃が効かないし、何度も飲み込まれかけたし、なんで俺、生きてんの? ……って感じだ。ロナちゃん、もう充分――奇跡、拾ってるよ)




