ハンガームーン対策会議
ロナとクエンが戻ってきたとき――。
ピック、ゼライド、ヤマメはサン・クッキーの通路に座って話し合っていた。
「ハンガームーンことワッフルさんの攻略方法を確認していたところです」
車座に加わる二人に微笑を向けつつ、ピックは続ける。
「今、彼女は暴走状態。なんとか無力化したいですよね。前提として……普通に対決すれば五人がかりでも勝てません。それほどの力を感じました。よって『完全撤退』や『よそに救援を頼む』のも選択肢に入ると思います」
「それは、しません」
ロナが静かに答える。
「犠牲者が出るのは嫌ですし。なによりわたしはハンガームーンを、みずからの手で掌握しなければなりません」
「ロナさんにハンガームーンを提供するというのが現在のわたしの仕事ですから……わたしは、かまいません。個人的には『ワッフル・ハンガームーン』ともっと対面していろいろ見極めたいですし」
「ワッフル・ハンガームーンねえ。ともあれ俺もピックくんに――ひいてはロナちゃんに、ついていくよ」
ゼライドも、自身の意志を表明する。
「給料は、しっかりもらうけどさ。で、クエンさんは?」
「僕はハンガームーンを沈静化したあと、用済みになったロナさんを殺します。あれを先に掌握すれば、もはやゼライドくんたちに秘密が渡っても問題ないので」
「あたしは、クエンおじさまの味方……。ワッフルちゃんの無力化が成功するまで、ロナちゃんたちに協力する感じかな」
そんなヤマメたちの気持ちを確かめたあと、ピックが話を進める。
「ワッフルさんのあの様子では、『敵対するつもりはないから戦うのをやめてほしい』と頼んでも無駄でしょうね。いったん落ち着かせないと……」
「ピックおじさん。一応、戦う前にわたし、対話を試みてみます」
「はい、わたしはロナさんに従いますよ。ただし十中八九、戦闘になるでしょう。この場合、わたしたちは向こうにダメージを与えて無力化する流れになりますが……ハンガームーン……つまりワッフルさんの中枢神経系を破壊しないよう注意しなければなりません」
「そのハンガームーンがなくなれば、ココア・サン・クッキーひいては世界全体を固定するものが消失する。みんな宇宙に投げ出され……死んじゃうかも、しれねえもんな」
周辺のガスをスプレー缶で吸引しつつ、ゼライドが首をひねる。
「あと、もう一つ気をつけたい。ワッフルがハンガーの特質を持つなら、衝撃を受けた瞬間に固定を解除する。そうなれば、一定時間が経過した時点で、ハンガームーンを破壊したときと同じ被害が出るだろな。だが、もう一度衝撃が与えられれば固定状態に戻る」
――「それと、固定が解除されている状態だとハンガームーン自体のスピードが上がるな」とつぶやきつつ、ゼライドはスプレー缶の底で、ゆかのサン・クッキーをコツコツたたく。
「つまり俺らは、『破壊せずに無力化する』という絶妙なダメージ調整をするだけでなく、一定の攻撃を当てた直後に、また別の攻撃を当てる必要がある」
「分散して戦うのが、いいでしょうね」
ケガした右肩から延びる腕を稼働させながら、クエンがゼライドの言葉を継ぐ。
「彼女の周囲に展開されたサン・クッキーはシールドとして優秀です。しかし、さまざまな方向から攻撃されれば、相手もカバーしづらいはず。各個撃破されるリスクも上がりますが……どのみち互いに離れて戦わなければ、僕たちは絶対に負けます」
「クエンおじさまが気になるのは……あの攻撃だよね」
ヤマメが四人の顔を順々に見て、説明する。
「ほら、あたしら……ワッフルちゃんが近づいてきたとき、体が動かなくなったでしょ。あれ、ワッフルちゃんによる停止攻撃だよ。みんなが固まっていたら、あれ食らっただけで一網打尽ってこと。さすがに敵を停止させるくらい強力なら攻撃範囲も限界があるだろうし、散らばるのは有効じゃない?」
「……ヤマメが言ってくれたとおりです。そして解除方法も、見当がつきます。僕の場合、二回停止させられましたが……一回目はピックさんにかかえられたとき、二回目はゼライドくんのガス爆発を受けたときに体の不動が治りました」
「なるほど。加えて、それ以降……停止が再発しなかったということは、一回の衝撃で不動は解除されるということ」
ロナが自身の後れ毛に指を引っかけながら言う。
「一番近くにいる誰かが、停止攻撃を受けた人に軽い衝撃を与えるようにしましょう」
「だなあ」
ゼライドがスプレー缶をシャカシャカ振る。
「で……俺、思ったんだけど。動きをとめるときワッフルちゃんは、一時的に対象を『ハンガー』にしてんじゃね? 衝撃を受けて固定のオンオフを切り替えるところとか、そっくりだしさ。彼女はクッキーもハンガーも、あやつれるってわけだ」
「さらに『三大鉱物』の最後の一つ、『アース・パイ』も生成できるようです」
背中のブーメランの羽根を、ピックがたたく。
「それも、かなりの重力を持つパイを作れる。……わたしのブーメラン・スクイードで壊せるくらいの強度であるのが最低限の救いですよ」
「問答無用で敵を引き寄せるパイに、自在に動く攻防一体のクッキー」
ワッフル・ハンガームーンの特徴を、ロナがまとめる。
「さらには強制的に相手を無力化するハンガー。……これらの特性を合わせ持つうえに、こっちにダメージ調整を強要してくる。確かに、普通にやっても負けますね」
「どうします、ロナさん。奇跡に賭けます?」
「ピックおじさん……わたしが否定することを期待して、そういう質問をしていますよね。いいえ、奇跡よりも、もっと確実なものを使います」
深呼吸して、ロナは懐から例の小冊子を取り出した。
ココア内の地図が書かれているページをひらく。
「えっと、都合のいい場所は――」
♢♢♢
ロナは磁石をむきだしにして、一つの「小部屋」で待つことにした。
小部屋といっても……それは先にハンガームーンと交戦した、一つの村ほどもある空間と比べた場合に感じる大きさ。
単体で見れば、それなりの広さがある。
部屋のかたちは「だ円体」……ラグビーボールに似ている。
二つの突き出した箇所が、それぞれ出入り口を持つ。
室内において、縦横無尽に多くのパイが浮いている。
そのうちの一枚に、ロナは立つ。
隣にはピックがいる。
ほかの三人の姿は見えない。




