こえた存在
ロナの話が終わり、ゼライド、ヤマメ、ロナ自身、ピックが順に所感を述べる。
「……はああー? キウイカットの決断のあと、実際に月が切られたって――」
「ゼライドくん、めちゃくちゃショック受けてるじゃん。でも、さすがに水が星を切ったってのは、ウソじゃないの?」
「まあヤマメちゃんの言うとおり、真実かは断言できないよ。ハンガームーンが人の魂の具現化した姿なら……史実よりも自分の主観的な認識を……誤認を含む感覚を優先しているはずだし」
「ハンガーがクギ型である理由が、一番興味をそそられますね。中枢神経系……脳と脊髄をもとにしているからと。自分の精神と肉体に、魂を打ちつけるイメージでしょうか」
そのように興奮する四人のそばで……。
クエンだけが沈黙を守っていた。
うつむいている彼を少し目に入れたあと、ヤマメがロナに視線を向ける。
「ところで、さっきのあんたの話で……あたしたちを襲ったあの女の子の名前が出てこなかったけど」
「名前? ……そのまま『ハンガームーン』じゃないの?」
「本人が、『ワッフル』って呼んでってさ」
「なんでワッフル?」
「おそらくハンガームーンが、僕の記憶にある娘をおのれに引っかけたせいですよ」
ここでクエンが口をひらき、四人を……とくにロナを見る。
「最初、あれは四十センチほどのクギ――いや人の脳と脊髄のかたちをしていました。それが僕の吐息を身にまとったのだと思います。ハンガームーンは空気中に含まれる周囲の栄養分をもとにして、体を作り上げました。それは、僕の死んだ子どもに似ていました。その娘の名前が、ワッフルです」
「吐息から情報を読み取ったということですか」
ロナは平静をよそおいながら、受け答えする。「ご愁傷さま」とか「心中お察しします」とか、そんなかたちだけの同情をクエンが許さないと……わかっていたから。
「言われてみればクエンさんと似ていたような気もします。髪も黒でしたし」
「もちろん本物のワッフルじゃありませんよ。だから、ためらわずに撃ちました」
「ハンガームーンは人間の体を奪おうとしているんですよね。長いあいだ体を持たなかった魂だから、なにかを自分に引っかけたくて仕方ない状態……そんな感じですかね、クエンさん」
「……どうして僕に同意を求めるんですか」
「あなたは、わたしが話す前からハンガームーンに関する秘密を知っていたのでは? さっきの話を聞いてもクエンさんだけは、びっくりしてませんでしたし」
それからロナは、「少しだけクエンさんとサシで話しましょうか」と言った。
ほかの三人から離れ、サン・クッキーの通路を二回ほど曲がったところに移動する。
その際ピックとゼライドは、なにも口にしなかったが……ヤマメはロナをにらんでいた。「クエンおじさまに変なことしたら、わかってるよね?」と言葉もなしに警告していた。
ともかく二人は場所を移して、近くのクッキーを点灯させ、しゃがむ。
ロナが、声を極限まで抑えてクエンとの話を再開する。
「さて。クエンさんは、わたしたちが寝ているあいだにむきだしのハンガームーン……ワッフルと接触したんですよね。そのとき、さっきわたしが話したような情報を受け取ったんでしょう?」
この質問に対してクエンは、ロナと同じ声量で応じる。
「完全に同じ情報かは、わかりませんがね」
「……それで思ったんですけど。もしかしてクエンさんって、星の動きを予言するわたしたち一族の……隠し子かなにかですか」
「飛躍していますよ、ロナさん」
「裏面に大きな墓を持つ――あなたのいたあの村に一族の裏切り者は隕石の情報をリークしたんでしょう? でもなぜ? 変じゃありません? 村は一族となんのつながりも、なさそうなのに」
最低限の大きさではあったが、彼女の声は引き締まっていた。
「あくまで憶測ですけれど……裏切り者は、分け合うことを信条とする組織『ハンガームーン』の一員だったんじゃないかとわたしは思っています。だから同志の多いあの村に情報を『分けた』わけです。でもハンガームーンのまとまりは、ほかにもあります。とくにあそこを選んだ理由は、なんでしょう」
「それが、隠し子の僕とでも?」
「はい。裏切り者の実子かどうかは知りませんが、クエンさんがそれに準ずる存在であれば……あの村に『隕石の情報』が漏れた理由も、わたしと同じ『ハンガームーンの情報』をあなたが受け取った原因も、説明できてしまうんです。まあ、ずっと一族の里で暮らしてきたわたしのほうが独特の『血のにおい』を持っているはずですから……ハンガームーンは優先的にわたしに引き寄せられるのでしょうけど」
「……そこまで言うなら否定は、しないでおきます」
ため息をついて、クエンは足もとのクッキーをなでる。
「ロナさんは、裏切り者の特定をするつもりですか。しかし僕は話しませんよ」
「わかっています。……ただわたしは、自分に流れ込んできたハンガームーンの情報について確証を得たかっただけです。クエンさんが同族で似たようなことを感じたのなら、信ぴょう性が増します。あと……」
ロナも光るクッキーに指をすべらせつつ、その熱を確かめる。
「わたし以外の生き残りがいて、うれしいんです」
「僕はロナさんの敵です。今だってあなたは、うかつです。二人きりなら……普通に殺せるんですから。あなたも忘れていないはずです。協力関係はハンガームーンにたどり着くまでだという約束を。もともと薄っぺらな口約束でしたが……やはり隙あらば殺します」
「無理ですよ」
ぴしゃりとロナが断言する。
「都合よく操作できるハンガームーンが目の前にあるならまだしも……今はリスクが大きすぎます。死ぬ前にわたしが『五年後に隕石が落ちる』と大声を出せば、ピックさんたちに聞こえます」
ついでクエンの耳もとにささやく。
「……人質だって、いるんです」
「ヤマメですか。ロナさんに殺す気は、ないでしょうに。下手なハッタリですよ」
クエンが左手で、自身の右腕をさする。
「そもそもハンガームーンに僕たちを殺してもらうことがロナさんにとって最善だったのに、それをしなかった時点で」
「クエンさんとヤマメちゃんを見殺しにしていたら、あの場を脱出しようとしてもハンガームーンに追いつかれて結局わたしもピックさんもゼライドさんも死んでいたと思います。五人のうち一人でも戦力が欠ければ、あの超常的な力には対抗できません」
クエンの耳もとから口を遠ざけ、ロナが淡白に言葉を継ぐ。
「……それでも撃ちます? ここまで来たらハンガームーンを掌握することを考えたほうがクエンさんたちの利益になると愚考しますよ」
「まだ待ちます」
無意識にこの子はピックさんみたいな言い回しをしているなと内心で感じながら、クエンが答える。
「ただし、ここで僕があなたを殺さない理由は……恐れたからでも、ほだされたからでもなく……そうだ。『報酬の支払い』とでも言いましょうか」
「なんの報酬ですか」
「僕たちの村に寄ったとき、沼地のボス・ガス・ホイップ討伐に関して村の者が『謝礼は、はずみます』と口にしたことは覚えていますか。……僕自身も、『充分な報酬を払う』と約束していました。あれ、未払いでしたよね」
「そういうことですか。大盤振る舞い……感謝します」
――そんな彼女の口振りに対し。
クエンは不思議そうな表情を返す。
「ロナさんは、やはり大物ですね。僕に殺されかけたトラウマは、どうなったんです」
「まだ生きていますよ」
胸に手を当て、ロナが立つ。
「――だから乗り越えるんでしょう?」




