表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/44

戦略的撤退

 クエンの(むすめ)のかたちをしたワッフルと交戦状態になったピックたちは、いったんこの場からの離脱(りだつ)(はか)る。


 そのさなか、ピックのブーメランがワッフルに当たった。

 瞬間(しゅんかん)――ワッフル自身のスピードが上昇(じょうしょう)するのみならず、空間が震動(しんどう)した。


 サン・クッキーで囲まれた空間全体が、位置を(なな)め下にずらす。

 それに(ともな)い、()いていたアース・パイのうち数十枚が、天井(てんじょう)(かべ)にぶつかった。


 同時に、ピック・ロナ・ゼライド・クエン・ヤマメは()()()()()()直観的に確信した。


(あの子が衝撃(しょうげき)を受けると共に、ココア・サン・クッキーの固定がとけた……? とすれば彼女(かのじょ)の正体は、ココアをとどめるハンガー……ハンガームーンに(ちが)いない!)


 ただし……すでに中枢(ちゅうすう)神経系(しんけいけい)にイメージを流し()まれていたクエンだけは、この確信に「やはり」を付けた。


 ここで、(ひと)つの(たま)が発射される。

 クエンが(なな)め下のワッフルめがけて銃撃(じゅうげき)したのだ。


 右肩(みぎかた)負傷(ふしょう)しているクエンはロナの風車(かざぐるま)の柱にまたがり、左手でハンドガンを持っている。

 自身の単眼鏡(たんがんきょう)を、右の上下(じょうげ)のまぶたに(はさ)んでいる。


 しかし、ねらいは(はず)れ……弾丸(だんがん)がワッフルの頭上(ずじょう)を大きく()える。


「しまった。ロナさん、ヤマメ。彼女に攻撃(こうげき)を」


 クエンの言葉に対し、二人(ふたり)少女(しょうじょ)は言葉ではなく行動で返答した。


 風車(かざぐるま)タイタンの(じく)の柱に乗って飛びながら、ロナは野球ボール(だい)の石「ポニー」を、ヤマメは鎖鎌(くさりがま)「カマキリ」を投げる。


 すると、ワッフルの後背(こうはい)を固めていたサン・クッキーの群れが前方に移動し、(たて)となった。

 ポニーも(かま)も、はじかれた。


 あと少しで、ロナたちは追いつかれる。

 ――と思われたタイミングで。


 なにかに当たったかのように、ワッフルの左肩(ひだりかた)の上部が急激に前に出た。

 みずから移動させた前方のクッキーに、(かた)をぶつける。


 直後、ワッフルの動くスピードが落ちた。


 すでにクエンの(だい)二射(にしゃ)(はな)たれていたのだ。


 一番目(いちばんめ)(はず)した(たま)は、頑丈(がんじょう)だが比較的(ひかくてき)(おそ)い。

 次に()った弾丸(だんがん)は、貫通力(かんつうりょく)はないものの、かなり速い。


 そのまま撃ってもワッフルを取り巻くサン・クッキーに妨害(ぼうがい)されるだけと判断したクエンは、ロナとヤマメにクッキーの群れを前方に誘導(ゆうどう)してもらい、ワッフルの背後(はいご)(すき)を作らせた。


 あとは速い(たま)で、まだ宙を泳いでいた(おそ)い弾を()つ。

 前者の弾丸(だんがん)を後者の弾丸に当てて()ね返らせる。

 その跳弾(ちょうだん)によって、後ろからワッフルの(かた)をたたいたというわけだ。


 なお角度の関係上、弾で跳ね返らせるだけではワッフルをねらうことは不可能だったので――あたりに浮遊(ふゆう)する何枚かのアース・パイをも利用して跳弾(ちょうだん)複数回(ふくすうかい)発生させ、クエンは弾丸(だんがん)をワッフルの左肩に運んでいる。


(見た目が似ていようとも、あれは(ぼく)の子どもじゃない。もはや人間ですらないのも明らかだ。狙撃(そげき)をためらう理由は皆無(かいむ)……)


 結果、空間自体の()れが収まった。

 周辺のアース・パイの動きも安定する。


 ココア・サン・クッキーが、再び固定されたようだ。


 ともあれ先ほどのココアの震動(しんどう)により、この大きな空間の()(ぐち)が多少ロナたちに接近していた。


 ……入り口のそばで待っていたゼライドが自身の立つアース・パイを裏返(うらがえ)し、(からだ)(さか)さまに変えている。


「みんな、早く! こうなりゃ()ぼうぜ!」


 ピック・ロナ・クエン・ヤマメがパイに着地するのを確認したゼライドはアース・パイの地面を()った。


 一方(いっぽう)……スピードは()がったものの、ワッフルがサン・クッキーを連れて(かれ)らに(せま)る。

 この瞬間(しゅんかん)、五人の(からだ)が指先に(いた)るまで動かなくなった。


 クエンとヤマメは、先ほど同じ攻撃(こうげき)を受けている。

 ……が、今度(こんど)は助けてくれる仲間もいない。


 心臓も、とまっている。

 死なないのは、()()()()()()()()()()()()()()()


 精神だけは(しば)られておらず、ひたすら自身の滅亡(めつぼう)を予見する。


 (せま)るワッフル――。

 彼女を取り巻くサン・クッキーが、アンキロサウルスの()に似たハンマーを再び作る。



 ――そんな危機的状況(じょうきょう)でロナやピックたちが助かることができたのは、ゼライドが事前に仕込(しこ)んでいたガスのおかげであった。


 ゼライドはワッフルの「停止攻撃(こうげき)」を受ける前……。

 自分のいるパイの裏にウミヘビ(がた)ガス・ホイップ「ヌライア」を移動させていた。


 あらかじめゼライドはパイの裏に、圧縮されたガスを配置してもいた。

 ガスは(うす)(まく)でおおわれ、()()()()()()()()である。


 この膜をかみちぎる指示をヌライアに出していた。

 地面を蹴るという合図を受けたヌライアは、指示どおりにあごを動かした。


 直後、ガスが爆発(ばくはつ)した。

 ()(ぐち)付近の(かべ)にも衝撃(しょうげき)(あた)えた。


 この爆発によりアース・パイ一枚(いちまい)崩壊(ほうかい)し――。

 パイに立っていた五人は一気(いっき)に、入り口とは反対の方向に()ち出された。


 ワッフルのそばを()ぎる。彼女(かのじょ)反応(はんのう)できないスピードで。

 加えて、爆発の衝撃を受けた五人の(からだ)が、停止状態から解放される。


 ピックとヤマメとゼライドは、ロナの風車(かざぐるま)タイタンの(じく)につかまった。

 かたやロナとクエンは、横倒(よこだお)しにしたその軸の柱にまたがっている。


 立ちふさがるアース・パイのガレキをヤマメの鎖鎌(くさりがま)粉砕(ふんさい)する。


 減速しないよう、ロナがタイタンの羽根(はね)をプロペラのように後方に向かって回し続ける。

 野球ボール(だい)の石ポニーを前方に投げる。それに仕込(しこ)んだアース・パイの重力(じゅうりょく)により、タイタンのスピードを上げる。


 ピックは左手でタイタンの軸につかまったまま、右手で白いブーメラン・スクイードを飛ばす。

 (わき)(はさ)んだ赤いブーメラン・オクトパスが、スクイードの重力に()()られる。

 手もとに(もど)ってきたスクイードを何度も投げて、風車(かざぐるま)タイタンの加速の補助および方向調整をおこなう。


 ゼライドはスプレー(かん)型のボンベでガスを後ろに噴射(ふんしゃ)し、ガス爆発(ばくはつ)の勢いが死なないように気を配る。


 さらに――進路に立ちふさがる、あるいは(おそ)ってくるガス・ホイップを、クエンのハンドガンが()()いていく。


 こうして、(ひと)つの村ほどもある空間の……()(ぐち)とは反対側にあいていた出口に彼らは到達(とうたつ)した。


 出口は、五人が横に並んでも余裕(よゆう)で通れる穴のようだ。そこに(はい)る。

 やはり穴の先は、サン・クッキーでできた洞窟(どうくつ)である。


 後方を警戒(けいかい)していたゼライドが()う。


「宙を()くあの子とは距離(きょり)ができたが、まだ追ってきてる。しばらく全力(ぜんりょく)()げよう」


 五人は風車(かざぐるま)タイタンにつかまった状態で洞窟の通路を飛んでいく。

 曲がりかどに来たときはゼライドがクリオネ型ホイップで中規模(ちゅうきぼ)爆発(ばくはつ)を起こし、その反動で左右に折れる。


「……(かべ)にヒビが(はい)っちまってるな。確か不当にココア・サン・クッキーを損壊(そんかい)すれば犯罪になるって話だったが今は緊急(きんきゅう)事態だ、言い(わけ)できるさ!」


♢♢♢


 ――彼らが逃亡(とうぼう)をやめたのは、周囲の通路を構成するサン・クッキーが暗くなり始めたころだった。


 全員が(あせ)だくで過呼吸(かこきゅう)のまま、クッキーの表面(ひょうめん)(たお)れた。


 各自(かくじ)は横たわった状態で目の前のクッキーをたたき、あかりをつける。


 タオルで(あせ)()きつつ、ロナが()う。


「大きな空間から出たあとの通路には多くの分岐(ぶんき)がありましたね。ルートを複雑化(ふくざつか)させて、ときに引き返したりもしたわけなので……向こうも簡単にはわたしたちを追えない……これで、いったん()げられたとは思います」


 ロナの声を聞いて――。

 ほかの四人が上体(じょうたい)を起こす。


 ただしゼライドはクエンのそばに寄り、もぎ取られた右肩に治療(ちりょう)用のガスを噴射(ふんしゃ)した。


 うなだれたクエンが(くち)をひらく。


「……すまない、ゼライドくん」


可動域(かどういき)は縮小しただろうが、これである程度は右腕(みぎうで)も動かせるようになるよ。……もちろん失った部分が再生したわけじゃないから、無理は禁物(きんもつ)な」


 ゼライドは(やさ)しく、クエンの右腕をさする。


「……それと、関所(せきしょ)でピックくんが言ってたとおり、逐一(ちくいち)(あやま)ったり礼を言ったりすることは、ねえから。『どうしても』ってとき以外は。だって、ここにいる全員が、全員に対して感謝と謝罪を思ってる……言われなくてもわかるよ。そういうもんだろ、人ってさ」


 (かれ)の言葉に対し、ほかの四人が(だま)ってうなずく。

 呼吸を整え、ロナが切り出す。


「みなさん、すでにわかっているはずですが、一応(いちおう)確定しておきましょう。サン・クッキーの群れを連れて宙に()いていた黒いボブパーマの()()女の子こそが、わたしやピックさんの求めるハンガームーンと見て間違(まちが)いありません。まさかあんなに小さいとは思っていませんでしたけど……あの子が衝撃(しょうげき)を受けると共にココアが()れたり逆に空間の震動(しんどう)が収まったりしていたところを見るに、そうとしか考えられません」


 彼女(かのじょ)はポケットから方位磁石を出す。


「これも、さっきの空間において(ふる)えていました。あの女の子が磁石に反応するハンガーである証拠(しょうこ)です。今は動きをとめていますが」


 ついで磁石を布で何重(なんじゅう)にもくるむ。


「そもそもあの子は、わたしたちと同じ生き物じゃないですね。ガス・ホイップとも(ちが)います。宙を自由に移動するだけじゃなくて、サン・クッキーとアース・パイを形成し……手もふれずにそれらを操作(そうさ)していました。クエンさんの銃弾(じゅうだん)が当たっても血さえ出ていませんでした。また、一瞬(いっしゅん)でしたけどあの子とすれ違うときわたしのなかに……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それをロナは言語化(げんごか)していく……。


 内容は、クエンがむきだしのハンガームーンと対したときに理解させられたものと同じだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ