表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

赤毛と金髪の追いかけっこ

 (からだ)の向きを上下(じょうげ)逆転させたあと――。

 赤いブーメラン「オクトパス」に乗ったピックは、足裏(あしうら)の方向に白いブーメラン「スクイード」を投げた。


 するとオクトパスごとピックが、スクイードの飛んだ方向に――吸い寄せられた。


 さらに、回転しながら手もとに(もど)ってきたスクイードをピックはキャッチし、再び投げる。

 それにより、もう一度(いちど)ピックとオクトパスがスクイードの飛んだ方向に――吸い込まれるように移動した。


 ――赤いブーメランに乗ったまま白いブーメランを投げ続け、ピックが空中をぐんぐん進む。



 オクトパスとスクイードは、重力を持つ鉱物(こうぶつ)「アース・パイ」で作られている。


 今は――ピックの乗ったオクトパスが、投げられたスクイードの重力に引き寄せられるかたちで、空中を移動している。

 スクイードの投げる方向やスピードを調整すれば、自在な飛行が可能となる。



 そうしてピックは五百メートルほど進んだあと、つま(さき)でオクトパスをたたいた。

 同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 直後、左右のつま(さき)(じく)にして(からだ)を半回転させる。

 腹側(はらがわ)に向かって(どう)を回し、もう一度(いちど)体の上下(じょうげ)の向きを逆転させた。


 ついで再度、つま先でオクトパスを刺激(しげき)した。

 これにより、ブーメランの()()()()解除(かいじょ)された。



 二つのブーメランにはアース・パイだけでなく、物体をその場に固定する鉱物「ハンガー」も仕込(しこ)まれている。

 ハンガーは一定の刺激を受けることによって、固定機能のオンオフを切り()える特性を持つ。


 この特性をうまく利用して――。

 ピックは適宜(てきぎ)、宙にとどまったり流されたり、方向転換(てんかん)したりする。



 続いてピックはオクトパスを()り上げる。

 帰ってきたスクイードと共に、それを自分の背中せなかに戻した。


 目の前に新たな足場がある。

 ピックはそこに着地し、走る。


 ここもアース・パイにより作られた地面である。

 このあたりのパイの材質は陶器(とうき)に近い。


 あちこちにヒビ割れが()える。

 雑草(ざっそう)()えている。


 じきに道が途切(とぎ)れる。

 先には、なにもない。(がけ)っぷちになっている。

 代わりに、右手から(おく)に向かって(かべ)()びる。


 ピックは(がけ)っぷちに到達(とうたつ)すると同時に――。


 ――ジャンプした。

 ただし、なにもない正面ではなく、()()()()()()()()だ。


 (からだ)を横にかたむけ、両足を右の壁につける。

 するとアース・パイの重力効果により、そこが次の足場となる。


 直前まで壁に見えていたその道を、走りだす。

 ピック自身にも「横になった」という感覚はなく、「まっすぐ地面を走っている」という実感がある。


 ()けながら()り返る。

 先ほどまで走っていた地面が、左後方(ひだりこうほう)に延びる壁になっている。


(あのお(じょう)さんの姿は、まだ見えないな)


 だがピックはスピードを落とさず、この地面も駆け()け、もう一度現れた右の壁へと()ぶ。

 すると――やはりその壁が()()()()()()し、ピックを(むか)()れる。


 ……そして、ここで「異変(いへん)」が出現する。

 道の調子はこれまでと一緒(いっしょ)だが、前方の道に「()()のようなもの」が待ち構えていたのだ。


 視認(しにん)すると共にピックは、背中のスクイードを投げる。

 白いブーメランが高速で回転し、小気味(こきみ)いい(おと)衝撃(しょうげき)を発生させてエビのかたちを粉砕(ふんさい)する。


 瞬間(しゅんかん)、エビの内部から、圧縮(あっしゅく)されていたガスが周囲に散る。

 カラの部分も霧散(むさん)した。



 そのエビは本物のエビではない。


 よどんだ空気がたまって生まれる「ガスだまり」が、生物(せいぶつ)の姿をかたどったものである。

 表面(ひょうめん)から色付きのガスが噴出(ふんしゅつ)しており、そこから非生物(ひせいぶつ)だと判別できる。


 ……「ガス・ホイップ」の通称(つうしょう)を持つその非生物は、人を始めとする生物(せいぶつ)を理由なく(おそ)う。


 また、ガス・ホイップはガスだまりの一種なので……よりよい空気の循環(じゅんかん)のためにも、できるだけ退治(たいじ)しておいたほうがいい。



 ――道の先には、エビ型のガス・ホイップが複数たむろしていた。

 それらをすべてスクイードでなぎ(はら)い、ピックは足をとめずに走る。


 スクイードを投げるごとに背中(せなか)のオクトパスが反応(はんのう)し、ピックの(からだ)が前方へと加速する。


「――そのまま全力で走ってください! スタミナ()れをねらいます!」


 ……後方から細く声がする。

 振り返るまでもなく、あの金髪(きんぱつ)少女(しょうじょ)が追ってきたのだとわかる。


 声は、後方(なな)め上から聞こえる。

 少女は、二つ前の地面……アース・パイにいるようだ。

 ピックから見て、ちょうど少女は天井(てんじょう)を走っている状態でもある。


 ピックは微笑(びしょう)し、前方のガス・ホイップを全滅(ぜんめつ)させたあと、次なる地面に足を()み出す。


 今度(こんど)は前方の右と左に、向かい合った(かべ)がある。

 両方とも(おく)に続いている。


 右の壁にピックは着地した。


 さらに、その先に現れたガス・ホイップも蹴散(けち)らす。

 天井にうごめくエビやイソギンチャク型のホイップたちにも、ブーメランを(とう)じる。

 取りこぼしたぶんは、体当(たいあ)たりで爆発(ばくはつ)させていく。


 続いて右前方のホイップに向かってスクイードを――。


 ――投げようとしたとき、後ろから(するど)(かぜ)()き、野球ボール(だい)の石が飛んできた。


(この石は、サン・クッキーか。……アース・パイで、おおっているな)


 そのまま石が三匹(さんびき)のガス・ホイップに当たる。ホイップたちが爆発する。

 石にはヒモが付けられており、それが引っ張られ、後方に(もど)る。


「――待たなくていいですよ!」


 後ろから、例の少女の声が(とど)いた。

 どうやら先ほどの「石」は、自称(じしょう)十八の少女の攻撃(こうげき)手段らしい。


 ピックはウエストポーチからゴーグルを取り出し、装着(そうちゃく)する。

 そのゴーグルにはバックミラーが付いており、()り返らずに後方を確認できる。


 ミラーは、正面と右と左に(ひと)つずつ。


 ……少女は、左後方(ひだりこうほう)(かべ)を地面として進んでいる。

 その途切(とぎ)れまで到達(とうたつ)し、左にジャンプし、着地する。


 先ほどピックはそのポイントで右にジャンプしたから――。

 これでまた、ピックの後ろの天井(てんじょう)を少女が()けるかたちとなった。


 ピックの走る地面も、少女の()ける天井も、重力を有する鉱物(こうぶつ)「アース・パイ」である。

 そのため、(たが)いに立ったまま頭頂部(とうちょうぶ)を向け合う……今の状況(じょうきょう)も起こりうる。


 フロントのミラーをかたむけ、(さか)さまの彼女(かのじょ)を確認するピック……。


 野球ボール(だい)の石を投げては回収し、ガス・ホイップを攻撃(こうげき)している。

 その石から()びたヒモは、大きな「風車(かざぐるま)」の根もとに連結する。


 少女は、横に(たお)した風車(かざぐるま)の太い(じく)に立っている。

 羽根(はね)の部分は後方を向いており、()えず回転を見せていた……。


 どうやらピックのブーメランと同様、道具自体に仕込(しこ)んだアース・パイの重力に引っ張られることで、空中を自在に動いているようだ。


 少女は前進を続けていた。

 パイでおおわれた石が、風車(かざぐるま)そのものを重力で引っ張る。

 羽根(はね)の回転が、さらに彼女を前方に押し進める。


(速いな……()()れるか)


 背中のオクトパスを足もとに投げ、ピックはそれに(くつ)の裏をつける。


 体を前方に九十度かたむけ、地面に対してうつ()せになる。

 ただし地面よりもブーメラン・オクトパスの重力のほうが優先されており、ピックの体感としては「まっすぐ立っている」も同然だ。


 頭部を前方に向けたまま――白いブーメラン・スクイードでガス・ホイップの()れを()(はら)いつつ、それに引き寄せられるかたちで道の先へと高速で移動する。


 返ってきたスクイードをキャッチ。投げる。またキャッチ。投げる……その向きは、ひととおりではない。


 右、左、上、(なな)めなど……スクイードがその都度(つど)(ちが)う方向に飛ぶ。

 そのたびピックとオクトパスが、そちらの方向に引っ張られる。


 ここでフロントミラーをのぞくと、ちょうどピックの真後(まうし)ろの天井(てんじょう)に少女が(うつ)った。

 風車(かざぐるま)(じく)に立ったまま金髪(きんぱつ)頭頂部(とうちょうぶ)をピックのほうに向け、(かれ)並走(へいそう)している。


 ピックは、彼女が石を投げて進行を妨害(ぼうがい)してくる可能性も考えた。

 だから警戒(けいかい)したのだが、少女は前進とガス・ホイップの掃討(そうとう)専念(せんねん)しているようだ。


 ……今のピックはブーメランを足場としている。

 その足場が(ゆる)やかに回転し、ピックの顔が少女の進む地面を向いたとき、二人の目が合った。


 少女が首を(たお)し、顔をピックに向けている。

 (たが)いに互いの笑顔(えがお)()えた。

 ――それも相当(そうとう)不敵(ふてき)()()が。


 ここで……手もとに戻ってきたスクイードを彼女めがけて(とう)じるピック。


 かたや少女は、風車(かざぐるま)の根もとをピックのほうに向けた。

 (じく)に乗ったまま高速で投球モーションをとり、石をぶん投げる。


 石が、だ円の軌跡(きせき)をえがき――。

 この直前にピックを取り囲むように出現していたガス・ホイップたちを――立て続けに炸裂(さくれつ)させた。


 一方、ピックの手から(はな)れたスクイードが――。

 後ろから少女にせまっていたイセエビ型ホイップに直撃(ちょくげき)し、それを爆裂(ばくれつ)させる。


 ブーメランが、自然にピックの手に返る。

 石もヒモごと引っ張られて、少女の手もとに戻る。


 そして……向かい合う二つのアース・パイが、同時に途切(とぎ)れる。

 ここから先は、両方の地面のあいだに板状(いたじょう)のパイがある。


 新しい地面を構成するパイは、今までの二つのパイに対して平行に()いている。

 そちらに向かって二人は落ちた。


 ただしピックと金髪(きんぱつ)の少女は同じアース・パイに落ちたが……それぞれ(ちが)(めん)に着地している。


 ピックが着地した(がわ)(おもて)ならば、少女は裏側(うらがわ)に足をつけたことになる。


 アース・パイの重力は(おもて)(うら)の両方に働く。

 よって、どちらの(がわ)に立つことも可能なのだ。


 パイの裏側(うらがわ)にいる少女が、表側(おもてがわ)のピックに話しかける。


 (つか)れを感じさせない、はつらつとした声が――ピックの足もとから(ひび)く。


「ピックおじさん! さっきの事務所では……(だれ)()()りにするって言ったんですか!」


「それはもちろん、『世渡(よわた)りできないお(じょう)さん』を」


 オクトパスとスクイードを背中に固定しなおして、ピックが下を向いて言う。


「……しかし少しだけ、あなたは(ちが)ったようですね。まさか追いつかれるとは思いませんでしたよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ