クギの形状
ハンガームーンを探し求めて、ピック・ロナ・ゼライド・クエン・ヤマメの五人は……。
超巨大岩石ココア・サン・クッキー内の洞窟を進み、奥に入り込んでいく。
ココアは一定時間ごとに明るくなったり暗くなったりする。
昼と夜を何回も何回もくりかえしたのち五人は――。
一つの村ほどもある、大きな空間に到達した。
サン・クッキーに囲まれた空間内部には、アース・パイのガレキがいくつも浮遊している。
ハンガーが内蔵されていないので、どのパイのかたむきも位置も不安定だ。
種類は雑多であり、陶器……ガラス……岩石……いろいろな性質や形状のパイが混在する。
やはりピックたちは、パイからパイに跳躍してその空間を移動……。
途中、群れで待ち構えていたイワシのガス・ホイップが襲いかかってきたものの――。
焦らず広範囲攻撃を仕掛ければ、やられることなく対処できる。
ゼライドのピラニア型ホイップがイワシ型の群れを攻撃している隙に、ヤマメが緑の鎌二つを群れの左右から当てる。
ついでロナの風車の羽根が逆回転してイワシたちを引き寄せたのち、ピックの二つのブーメランが上下から群れを切り裂く。
さらに中央に寄ったイワシのホイップたちが、クエンの弾雨に撃たれて消えた。
ガス・ホイップをあらかた消滅させたところで、ロナが呼びかける。
「みなさん、そろそろ眠りませんか」
彼女のひと声と共に、全員が一つの大きなパイに集まる。
現在、ココア内は昼。
周囲のサン・クッキーを刺激せずとも、明るい。
だがロナたちは夜ではなく昼に睡眠をとるようにしている。
夜間でもサン・クッキーのあかりを頼れば前進は容易であるし……。
昼のほうが、就寝中に奇襲を受けた場合に安全な対応をとりやすい。
ピックはウエストポーチから……クギのかたちをしたハンガーと、ツルハシを引っ張り出す。
ツルハシの頭の片側は、ハンマーの形状。
それを振り下ろし、自前のハンガーを足もとのパイに打ち込む。
すると、そのアース・パイのかたむきと位置が固定された。
地面が安定したところで――めいめいが自身の寝床を用意し、睡眠に入る。
ピックは寝袋、ゼライドはテント……ロナは風車の軸の柱で作った小部屋で眠る。
ヤマメは得物のカマキリの鎌二つと棒の部分を、仕込んだハンガーによって空中に固定する。
これに大きな布を引っかけ、ハンモックとする。
もちろんガス・ホイップや悪意ある者に備え、一人は起きておく。
この世界の人間は、一日程度は眠らなくても平気な体をしている。
その日、見張りを任されたのはクエンだった。
♢♢♢
標的のロナの寝息が聞こえる……。
とはいえ彼女は大きな風車タイタンの小部屋のなかで休んでいる。
内側から鍵もかかっており、いくらクエンでも殺せない。
クエンは、ピックの寝袋とゼライドのテントにも視線を向けた。
(……この二人を今のうちに始末しておき、ロナさんを孤立させるという方法もある。いや……今までも野営の際に、やろうとは考えた)
……クエンの単眼鏡には、目を閉じたピックの寝顔が映されている。
(ロナさん一人ならヤマメと協力して情報もろとも逃がさず殺せる。これで「五年後に巨大隕石が星に衝突して人類が絶滅する」と言いふらしたり、世界を固定するハンガームーンを探して操作を試みたりする者は、いなくなる。みんなで死を分け合える)
だが理解しておきながらクエンは……ピックとゼライドを撃たないでいた。
情のためではない。
(そもそも無警戒すぎる。攻撃をさそっているんじゃないか? ゼライドくんのガス・ホイップが彼らの全身をおおっているのなら……銃撃しても即死させるのは、ほぼ不可能。僕のハンドガンには消音装置のサプレッサーが付いているとはいえ、ホイップが音を立てれば向こうは起きる……)
すでにクエンは、ゼライドのクマノミ型ホイップが背中に張り付いていることにも気づいている。
クエンが不審な行動をとった時点で、クマノミがゼライドのもとに飛んでその事実を知らせるだろう。
確かにクエンなら、容易にクマノミを撃ち落とすことができる。
が、そのときは大きな音が鳴るに違いない。
このようにして暗殺が失敗した場合、ピックとゼライドは確実に起きる。
ゴールに着くまで旅の妨害をしないという約束を破ったとして……クエンと仲間のヤマメは容赦なく排除されることになる。
暗殺未遂の事実がクエン側にみとめられれば、ロナ側の正当防衛が成立し……クエンとヤマメを再起不能にしても警察に目をつけられる心配はない。
ただでさえクエンは、これまで二回もロナの暗殺に失敗している。
さすがのロナも三度目は、許さないだろう。それはピックとゼライドも同じと思われる。
(おそらくピックさんとゼライドくんのコンビは、ヤマメと僕の二人がかりにも勝てる。よって寝込みを襲うことはできない。今は大人しく周囲を見張っておこう)
またクエンは「ガス・ホイップや悪党の襲撃を確認してもピックたちに知らせず、そのまま放置する」というプランも心のなかで破棄する。
(僕の銃撃への対策を怠っていないと思われる彼らが、そこらの小物にやられるわけがない。知らせなければ僕の印象が悪くなり、ロナさんたちの警戒心を強めるだけ。殺すべき瞬間に殺せる確率を下げてしまう)
だからクエンは、僅かな危険の予兆であってもピックたちに伝える気でいた。
クエンは単眼鏡をピックの寝顔に向けるのをやめ、耳を澄ましながら視界を拡大していった。
ときどき、自分たちのいるアース・パイの裏側にも回った。
ガス・ホイップなどによる死角からの奇襲を警戒したためである。
なお一人で始末できる場合は……ホイップが現れても、ほかの者を起こさない。
とはいえクエンだけで片付けられない敵は、少なくともしばらくのあいだ――現れなかった。
♢♢♢
数刻後……。
クエンの単眼鏡に、一抹の違和感が映し出された。
前方に浮遊するアース・パイのガレキ十数枚の向こうに、四十センチほどのクギ型の鉱物が浮いているのだ。
(あれは、ハンガー……? 大きいが、ありえないサイズじゃない。ハンガームーンの可能性は、あるだろうか。いや、ほとんどない。ロナさんの血を考慮しても、見つかるのが早すぎる。希望が労なく実現するほど、ココア・サン・クッキーは甘くないはずだ。それに……超巨大岩石を固定し、世界をつなぎとめている鉱物が、たかが四十センチ程度だなんてありえないだろう……!)
危険な存在であるかは、わからない。
その大きなクギが宙を漂い、パイのガレキのあいだを抜け――だんだんクエンに近づいてくる。
(正確には僕じゃなくて、ロナさんに引っ張られているのかもしれないけれど……)
じきに……銀灰色を帯びた約四十センチのハンガーが、クエンたちのいるアース・パイに到達する。
いったんその奇妙なハンガーが、ロナの眠る風車のまわりをゆっくり飛ぶ。
しかし、なかの小部屋に寝ているロナに、たどり着けない……。
諦めたのか、クギ型のそれが――今度はクエンのそばに寄る。
むきだしのハンガーは回収するのが暗黙のルールであるとはいえ……。
なにもせずクエンは、その四十センチのハンガーを裸眼で見ていた。
不用意に刺激すれば万一それがハンガームーンだった場合に、この星自体を動かすことになりかねないからだ。
が、彼は浮遊するハンガーを至近距離で観察するあいだに、感じていた違和の正体に思い至った。
(……このハンガーも、やはりクギの形状。ぷっくりした頭から、細長いものが垂れている。……よく見たら、クギの頭に波のようなシワが刻まれている。棒状の部分も、まっすぐではなく、やや湾曲しているような?)
ここでクエンは、はっきりと気づいた。
(……待った、これは……クギじゃない!)
顔面を青ざめさせて、声を漏らす。
「人の……中枢神経系のかたちじゃないか!」
すなわち、四十センチのハンガーはクギ型というよりも――。
つぶれた球体のような脳と、そこにぶら下がって垂れる脊髄を組み合わせた形状をしていたのだ。
クギの頭に見えた部分は脳であり、連結していた細長い部分は脊髄だったわけだ。
ただし銀灰色ではあるし……見た感じ硬度も一定以上有する。
本物の中枢神経系というわけではない。
クエンは、人間を不当に解剖する者たちのアジトに乗り込んで彼らを殺したこともある。
そのとき、きれいに分けられた脳と脊髄をじかに目に入れていた。
(長年、ハンガーがなぜクギのかたちをしているかは不明だった……。サン・クッキーはココアから離れた岩石。アース・パイはロストテクノロジーであり、かつての宇宙ステーションとやらの重力制御装置の残骸……。そしてハンガーがクギに似ている理由は――)
――人間の脳と脊髄を、模しているから。
(ハンガーが、人をマネしたというのか……? それも中枢神経系だけを……?)
採鉱師でもないクエンが、怪しげなハンガーに対して――。
そこまで考察を巡らせたのは、ただの興味本位ゆえではないだろう。
彼は……クギのような――中枢神経系のような銀灰色の鉱物を見つめるなかで、なぜかある人物を思いえがいてしまっていた。
だから、目の前の奇妙な物体の正体を探る必要が余計に生じていたのだ。
ある人物とは、クエンの娘だ。
人さらいに誘拐され、十一歳で死んだ子どもだ。
かわいらしい顔は父親に似ていないが、髪の色は同じ黒だった。
今のクエンのそれは、白を多分に混ぜるけれども……。




