ハンガームーンを釣る方法
ココア・サン・クッキー内では、アリの巣のように複雑に枝分かれした洞窟が縦横無尽に走っている。
その通路の表面すべてに重力が働く。
ゆかだけでなく、壁や天井を歩くことも可能だ。(というより壁や天井に近づいた時点で、そちらの面が「ゆか」となる)
ただし重力を持つとはいえ、ココアはあくまでサン・クッキー。
アース・パイに分類されるわけではない。
♢♢♢
……今のところ、赤と青の空域のあいだにあったトンネルよりも、通路は広い。
よってロナたちは、一列縦隊に並ばず――。
輪になって前進する。
現在、通路は円柱のかたち。
五人は一列横隊となって円周上に足を乗せ、中心に向かって頭を突き出している格好だ。
ロナの右手にはクエンが歩く。
クエンの右にはピック、ヤマメ、ゼライドが続く。
ここで一周し、ゼライドの右手にロナが位置することになる。
一人ひとりが、等間隔で離れている。
ローテーションで、常に誰か一人が「後ろ歩き」を担当する。
通路が広いため、ピックのブーメランやゼライドのホイップだけで後方を警戒するのにも限界があるのだ。
今は、ロナがほかの四人とは反対側を見つつ、背中のある方向に進む……。
背後から、ピックやヤマメがガス・ホイップを蹴散らす音が響く。
関所での試験や、門番から渡された小冊子のデータのおかげで、厄介な相手にもピックたちは問題なく対応している。
もちろん無傷とは、いかない。
そのときはゼライドが治療用のガスを患部に噴射してくれる。
なおココア・クッキーの通路には警察のみならず、武器や食料を売る商人や、ほかの探索者もいた。
彼らとすれ違うときに必ず情報を交換する。
とくに、遭遇すべきでないボス・ガス・ホイップのにおいの有無を確認し合う。
これにより、比較的安全に進めている。
溶接師と会ったときが、もっともありがたい。
傷ついた武器を修理してくれるからだ。
通常の町や村の相場よりは高めの金額を要求されるが、法外な値段ではない。
視界のガス・ホイップをすべて片付けたロナは、後ろ歩きのまま風車タイタンの軸をひらき、なかから「あるもの」を取り出す。
「磁石に反応は……まだ見られませんね」
彼女は手の平に、かつて「方位磁石」と呼ばれた道具を載せた。
丸い透明な盤の内部に、太い棒磁石を仕込んでいる。
太古の時代では、これの指す向きによって方角を知った。
この星では「地磁気」が乱れ、その法則は通用しないが。
では現世界において、磁石の方向を不安定にしているものは、なんなのか。
世界じゅうに散らばる、重力を発生させるアース・パイか……光熱を放出するサン・クッキーか……。
しかし磁石をパイに近づけても反応はない。
また、磁石がクッキーに影響を受けるならば、星の中心に浮かぶ巨大なココア・サン・クッキーに引きつけられるはずだが……そんな例も見られない。
(つまり世界の地磁気を乱れさせているのは、この星特有の第三の鉱物「ハンガー」以外に考えられない)
ハンガーは、鉄のように磁石にくっつくことがある。
厳密には、完全に固定されたハンガーは磁石に対して無反応。
どこにも「ぶら下がっていない」ハンガーだけが磁石と引き合う。
(もしココア内部のハンガームーンが、なかの通路を動き回るのなら……、それは固定されながら固定されていない絶妙な状態と言えるよね。だったら磁石にも引き寄せられる可能性は充分にある……向こうの存在が絶大なぶん、わたしの磁石が小さくても、いける)
ただし、これは採鉱師でもないロナですら思いつく計画である。
当然、ほかの者たちが、磁石によるハンガームーン探索を発想しないわけがない。
(磁石だけでは足りないということ。でもわたしには、一族の血が通う……!)
星について予言するロナの一族は、そのまま「星」を感じ取る。
いや、星に感情をそそぎ込まれる「器」といったところか。星に感情があると仮定した場合の話だが……。
(ハンガームーンは、世界の中心のココア・サン・クッキ―以上に星を固定する存在。あるいは「星」そのものと定義できるかもしれない。近づけば、必ず器のわたしに気づいて興味を示す。エサは磁石とわたし。中央にもぐるほど向こうの認知半径に入りやすくなるはず……)
ここでロナは、小冊子内に書かれた迷宮のような地図も確認しつつ……。
後ろ歩きの当番を、クエンに代わってもらった。
♢♢♢
「……ロナさんは、自分の使命のために一生懸命なのですね」
クエンを隔てた右斜め上から、ピックがロナに声をかける。
ロナは前方のガス・ホイップに野球ボール大の石ポニーを当てながら答える。
「わたしのために頑張っているんです」
「そうでしたか」
赤毛の青年ピックが、金髪の少女ロナの投げる石を見る。
「ところでロナさん……サン・クッキーの育て方ですが」
「え……?」
「覚えていませんか? 以前にわたしはクッキーを『生きた鉱石』と言いましたが、そのときの話の続きですよ」
「……あっ、思い出しました」
ロナが手をたたく。
「ありましたね……。青の空域手前のアース・パイを歩いているときに、サン・クッキーがどこに落ちているかピックさんに聞いた記憶が今よみがえってきましたよ。でも庭で育てるのが通例って話でしたっけ」
「実は簡単ですよ、クッキーを育てるのは」
柔らかい口調の一方で、ピックの紅白のブーメランは慈悲なくガス・ホイップを刻む。
「人の吐息を与え続けるのです。そうすればサン・クッキーは死なず、ちょっと膨らみます。ココア内部に空洞があるのも……政府がここの通行をみとめるのも……人のはく息を内側から当ててもらい、ココア・サン・クッキーが『しぼむ』のを防ぐためです」
「……へー。でもピックおじさん、どうして今その話を? 確か、『秘密にしておく』って言ってたことですよね、それ」
「知られたところで――」
二人は斜め上に顔を向けた。ロナとピックの目が、はすに合った。
「――あなたは採鉱師ではなくロナさんとして生きるでしょう」
「はい、わたしは誇り高い一族の人間です」
「それを確信した今、『商売敵を増やしたくないから教えない』と意地悪する必要も消えたのですよ」




