イン・ザ・ココア・サン・クッキー
巨大岩石ココア・サン・クッキーにあいた穴を通過し、ピック・ロナ・ゼライド・クエン・ヤマメの五人は内部に入り込んだ。
穴のなかは、サン・クッキーの岩石で作られた洞窟だった。
現状、空気は重い。
肺と胃が、もたれそうになる。
洞窟内に漂うガスは無味……いや、さまざまな味が混ざっている。
そのため、とくに一つの味を認識できない。
そして今、洞窟は真っ暗闇である。
ただし――ここは、すべてがサン・クッキー。
まわりの岩石の適当な箇所をたたいたり蹴ったりすれば……しばらくのあいだ、そこが熱を帯びて点灯する。
♢♢♢
五人は洞窟を少し進んだのち――。
まあまあ広い部屋に出る。
青の空域でゼライドの仲間のハンガームーンの面々が、パイなどを無償配布していた体育館……それと同じくらいのサイズだ。
部屋には複数の椅子と一つの大きなテーブルがあった。
ココア・サン・クッキーの岩石を削って作られたもののようで、移動させることはできない。
各自はテーブルの前の椅子に座る。
座面を押して光らせたあと、テーブルを手の平でたたく。
すると五人それぞれの目の前にあかりがともった。
「では今後の計画を立てましょう」
金髪の後れ毛をなでながら、ロナが話の口火を切る。
「晴れてわたしたちは、ココア・サン・クッキーの内部に突入できました。これも、みなさんのおかげです。心の底より感謝します」
「こっちこそだぜ、ロナちゃん」
ゼライドが照れくさそうに反応する。
「いろんな体験を分け合えたから、俺もみんなに感謝したい」
「いや、あたしとクエンおじさまは、最終的にあんたを殺すつもりなんだけど……」
ヤマメがテーブルに片肘をつき、ロナを見る。
「確かに、一緒に旅するうちに情は湧いたよ。でも私情で手をひっこめたりしないかんね?」
「まあ、ヤマメちゃんたちは……それでいいよ」
ロナは、たじろぐ様子を見せない。
「ともあれ、わたしの目的は果たされていません。なんとしても、ココアそのものを固定する『ハンガームーン』を見つけます。ただ……ここまで来ておいてなんですが……具体的にハンガームーンがココア・サン・クッキーのどこにあるのか――当てが、ないんですよね」
「でかいクギ型の鉱物を探したらいいんじゃねえの?」
ゼライドが藍色の髪を揺らし、やや猫背になる。
「ほら、ハンガーって総じてクギみたいじゃん。細長くて、片方がぷっくりしていて、もう片方が先細りで。……そんでさ、ハンガームーンは超巨大なココア・サン・クッキ―を固定するほどなんだから――そのぶん、でかいはず。つまり、めっちゃ大きいクギを見つければ、それがハンガームーンってことになりそうだよな」
「……ゼライドさんの言うとおりだと思います。そしてハンガームーンがココアの岩石内にあるとすれば、どうやってそこまで到達するかが問題ですね。不当な掘削は、できませんし。目星が付かない以上、今はココアという岩石の中央に向かって進むのがいいとわたしは考えていますが……」
……ロナは考え込む。
ここでクエンが口をひらく。
「とぼけていませんか」
現在のクエンは単眼鏡をしまっている。
彼が裸眼で、ロナを射すくめる視線を放つ。
「立場上、ロナさんはハンガームーンを探し当てる手段を持つはずです」
沈黙する彼女に対して、クエンは淡々と続ける。
「お父さんに使命を託されたあなたは……ピックさんやゼライドくんを頼りました。しかし、いくら敵がいるとしても政府に知らせないのは、やはり不自然。ロナさんの持つ情報は、それほどのものです。本来なら、一番の権力集団に泣きつくべき問題と言えるでしょう」
クエンは……「巨大隕石」や「人類滅亡の可能性」といった肝心な部分を隠しつつ、話を進める。
ロナだけでなく、ゼライドやピックの顔にも視線を投げる。
「現実にロナさんは、政府に情報を持ち込まなかった。つまり、そうせずとも余裕と勝算があったということ。敵を頼る状況にまで追い込まれていなかったということ……だから、ピックさんという腕利きの採鉱師に仕事を依頼するだけで済んだのでは?」
「……その余裕と勝算の根拠として、わたしがハンガームーン探索の方法を持っている可能性が高いとクエンさんは思っているわけですね」
「そろそろ、核心にふれない範囲でロナさんの立場を明らかにされても、いいのでは? 僕もヤマメも、あなたの出自は知っていますが……ピックさんとゼライドくんは別です」
「言われてみれば、仕事も佳境に入るのに、必要以上の隠し事は関係にヒビを入れるだけですね……」
ロナはクエンを見て、目を細める。
ピックとゼライドのほうにも視線を送る。
「わかりました……。明かせる範囲で話します。踏み込みすぎたら、クエンさん……撃っていいです」
「無理しないでいいんだからな、ロナちゃん」
心配そうにするゼライド。
彼の表情へとロナは柔らかく返答する。
「情報の開示は……ゼライドさんとピックさんに対する信頼のあかしと考えてください」
椅子から腰を上げ、ロナは立つ。
「――わたしは、あるものの動きを予言する一族に産まれました」
彼女の言う「あるもの」とは「星」のこと……。
だがそこまで明かせば、「巨大隕石」にまでピックたちの考えが至るかもしれないので……伏せる。
「大昔、うちの一族は政府に仕えていました。しかし政府にとって都合の悪い予言をした者が政府自体に消されて以降、決別しました。政府は、うちの一族と敵対する暗殺一族をかかえています。わたしにとっては協力もしたくない……信用できない敵なんです」
ここでロナは言葉を切り、深呼吸して室内の空気を取り込んだ。
「だから政府とは関係ない人に極力、頼りたかった」
ひとりごとのようにつぶやいたのち、彼女は続ける。
「ともかく、わたしは父から『情報』と『使命』を受け取りました。『情報』のほうを言ったらクエンさんに殺されますから、こちらは依然として秘密ですが――『使命』はご存じのとおり、ハンガームーンを見つけることです……!」
「ちょっといいか、ロナちゃん」
小さく手を挙げるゼライドに対して、ロナは「どうぞ」と促す。
「ごめんな、話の腰を折って。でも、なんか理解できないんだ。だって普通に考えて『情報』や『使命』を託したお父さんや一族のみんなと協力するのが、ロナちゃんにとって最善だろ……? なんでロナちゃんは一族じゃなくて俺らと旅をしようと思ったんだ?」
「みんな死んだからです」
「まさか殺され……?」
「いいえ。わたしを除く全員が自死しました」




