いざ星と世界の中心へ
ココア・サン・クッキー直前の関所で、ロナやピックたちは試験を受けることになった。
試験内容は……一定時間、正四面体の部屋でガス・ホイップと戦闘し続けるというもの。
これに失敗すれば、ロナたち五人はココア・サン・クッキーに入れなくなる。
その内部にあるとされるハンガームーンを求める旅も終わってしまう。
しかし五人それぞれが自身の力を振るい、出現するガス・ホイップをことごとく――さばいていった。
♢♢♢
さて、ついにガス・ホイップが室内に供給されなくなったとき……。
「――五千秒たちました」
門番の男女二人の声が溶け合って聞こえた。
外から二人は、ゼライドのふさいでいた三角形の扉をこともなげに開け放った。
そして扉から頭だけを出して、室内を見回す。
四枚のアース・パイに一人ずつ立っている。
正四面体の部屋の中心に一人が浮いている。
五人は、いずれも汗だく。
しかし誰一人倒れておらず、全員が依然として正四面体の四つの頂点を警戒している。
各頂点は、ガス・ホイップが現れていた場所。
試験時間が終わってもなお、五人は油断しなかったのだ。
全員の緩んでいない表情を確認し、門番二人は静かに笑った。
「ふふ……いいですねえ。制限時間が過ぎた途端に気を抜いていたら全員不合格にしてやったところですよ」
「はあっ? それ、ズルくないですかー」
ここでヤマメが斜め上のアース・パイであぐらをかき、不満をこぼす。
「誰も死にそうにならず五千秒この部屋に籠もることができたらクリアって話じゃなかったんですかねー」
「確かにわたしたちは、『五千秒だけ籠もってもらいます』と言いました。誰か一人でも落命しそうになった場合は全員失格にするというルールも明かしました」
門番の男女が代わる代わる口をひらき、セリフをつないでいく。
「……しかし『五千秒籠もることに成功したら即合格にする』なんて約束をした覚えはありませんよ」
「む。言われてみれば……そうですね」
ヤマメがあぐらをやめて、再び立つ。
「ズルって言ったのは取り消します。すいませんでした」
「いえいえ、構いませんよ。そうやって疑問点をそのままにしないことも立派なスキルです」
ついで門番二人は頭だけでなく全身を室内に入れて、順に五人と目を合わせる。
「ともあれ、みなさん慢心もない様子。――いいでしょう。五名さま、ココア・サン・クッキーに通ずる、当関所の通過をみとめます」
♢♢♢
ロナ、ピック、ゼライド、クエン、ヤマメは門番についていき、関所内の建物から外に出た。
灰色の円柱の林立する空間を抜ける。
関所に入るときに通過した場所と比べると、柱の本数が多くなっている気がする。
……その密集した円柱の林を通り抜けたあと……。
やはり灰色のアース・パイに立ち、門番の男女があらためて五人に向き合う。
「いいですか……不当にココア・サン・クッキーを損壊すれば犯罪となります。また、一年以内にこの関所に帰ってきてください。そうしなかった場合は、強制的に連れ戻します」
それから門番は、ロナに小冊子を渡した。
「ココア内では、腕利きの警察がパトロールしています。彼らとすれ違ったときは、この冊子の表紙をパスポートとして見せてください。正当な手順で内部に入った証拠になります。なお、他者への譲渡や貸与、売却は禁止です。そして死にそうになった場合は表紙を破くように」
「別の人に悪用されないためですね」
「そのとおりです。ちなみに冊子にはココア内の地図と、主要なガス・ホイップのデータが書かれています。お役立てください」
「ありがとうございます……」
ロナは小冊子をひっくり返して表と裏を確認した。
落丁がないかパラパラとめくったのちに、脇に挟んだ。
「でも気になったんですが……先ほどの試験の際、ガス・ホイップがこれ以上ないくらいに出てきた一方で――ボス・ガス・ホイップだけは出現しませんでしたよね。……だいじょうぶなんですか」
「ボスを試験に使わなかった理由は二つです。まず制御できない可能性が高いから。ココア・サン・クッキーに生じるボス・ガス・ホイップは、ほかの空域のボスよりも――はるかに規格外です。関所内で飼い慣らすには限界があります」
門番たちは、冷酷な調子で言い放つ。
「そして二つ目の理由は……戦うなんて、もってのほかだから。『遭遇したら逃げてください』……という言葉すら、ぬるいです。そもそも遭遇しないようにしてください。ほかの空域のボスと同列に考えたり、自分なら倒せるという幼稚な万能感に酔っていたりする者は……ココア・サン・クッキーに生息するボス・ガス・ホイップに蹂躙されてその生を終えるだけです」
そう厳しく注意したあと、付け加える。
「ただしココア内のボス・ガス・ホイップはいずれも強烈なガスを発していますから、出会う前にさけること自体は比較的容易です」
「ご忠告、助かります」
ロナは素直に感謝した。門番の真剣な様子からして……その言葉に一抹の冗談も含まれていないことがわかる。
「……強烈なガスのにおう方向には、近寄らないようにしますね」
「……勝てると思えば必ず負けます。人間が自然災害に勝てないのと同じです」
「肝に銘じます」
続いてロナと……。
ピック、ゼライド、クエン、ヤマメが門番二人に別れを告げる。
「では、お世話になりました」
「いってらっしゃいませ。……『ご武運を』とは祈りませんよ。人の道をひらくのは運ではなく――個人の意志による、戦う勇気と逃げる覚悟ですから」
♢♢♢
門番たちが、関所のなかに戻っていく……。
一方、ロナたち五人は……。
関所の門から出たところにある灰色のアース・パイのはしに立ち、正面をのぞき込んだ。
赤の空域の赤いガスは、ほとんど薄まっている。
大きく、ひらけた視界の先で――。
巨大な壁が輝いている。
光の色は白。オレンジも僅かに含む。
豪快にけずれた岩石の表面を模様としており……。
上下左右に視線をやっても……その果てがまったく見えない。
「これがココア・サン・クッキーの実物。世界の中心から光を放つ超巨大岩石にして、大気を星にとどめるもの……」
ロナが息をのむ。
「……だけど間近で見ても目が焼かれるほどでは、ないんですね。……周囲の温度も暑すぎるってことは、ありませんし」
「みなさま、落ちましょうか」
パイの途切れに足をかけ、ピックが身を乗り出す。
バックミラーの付いたゴーグルをウエストポーチから出し、頭部に装備する。
「ココア・クッキーはアース・パイではないものの、重力を持ちます。それに引っ張ってもらい、いったんココアの表面に落下しましょう。そのあとで、内部につながる穴のなかに入るのです」
赤いブーメラン・オクトパスに乗る。
白いブーメラン・スクイードを前方に飛ばしつつピックが正面のココアに向かう。
いや、ココアに引かれて落ちていく……。
……ついでゼライドが、折り畳み式のアース・パイをリュックから出す。
ボンベも取り出して……パイのなかにガスを注入し、膨らます。
「これでよし……っとな」
ゼライドはパイをじゅうたんのように広げたうえで、ロナ、クエン、ヤマメに呼びかける。
「みんな! よければ、乗せてくよ」
「気が利くね、ゼライドくん……クエンおじさまも一緒に」
ヤマメがクエンの手を引き、じゅうたんのようなアース・パイに乗る。
ロナもゼライドの言葉に甘え、同じパイに腰を下ろす。
ゼライド本人も含め四人が座ったあと……じゅうたんのようなパイには、あと一人ぶんのスペースしか残らなかった。
じゅうたんの下の、灰色の地面にゼライドがガスを噴射する。
パイを浮かす。
それからパイの後方の一辺に刺激を与え、そこだけを宙に固定。
言うまでもなく、内蔵されたハンガーの効力である。
固定された部分を軸にしてパイを手前へと直角に回転させる。
ここで再び同一の一辺を刺激し、固定を解除。
結果――。
ちょうど、じゅうたんのアース・パイの真下にココア・サン・クッキーが位置するようになった。
先ほどまで壁に見えていたその岩石の表面へと……緩やかにおりる。
じきに……赤いブーメランに乗るピックに追いつき、じゅうたんからゼライドが声をかけた。
「ピックくんも、俺のパイに乗ってかないか?」
「ありがとうございます。――ただ、今は頭上に広がる星の中心を自分だけで楽しみたいのですよ」
「そっか……通だねえ」
じゅうたんの上のゼライドたち四人の視点では、赤いブーメランに乗ったピックが逆さまに落ちている。
それを見て、ゼライドとロナは優しく笑った。
♢♢♢
ちょうど五人が落下するあいだに、ココア・サン・クッキーは光を失い始めた。
オレンジを混ぜた白色が、だんだんグレーに染まっていく。
……あたりは真っ暗闇に沈む。
各自は手持ちのサン・クッキーを取り出して、たたく。
そうしてクッキーに、あかりをともす。
♢♢♢
落下中、ガス・ホイップは一体も現れなかった。
そしてとうとう、超巨大岩石ココア・サン・クッキーの表面に肉迫する。
ココアに近づくにつれ空気の層が向こう側から押し返してくるような、ふわりとした浮遊感があった。
じゅうたんとブーメランから飛びおりた五人は、ココアの表面に着地する。
すでに暗く、冷たくなった岩石を蹴ると――その部分に光と熱がともった。
感触からして、ココアの岩石は充分な硬度を有するようだ。
生半可な衝撃を加えても損壊させる危険はないだろう。
とりあえずロナは近くの地面を刺激する。
すると地面が光るわけだから、最低限の視界は確保できる。
「えーっと、内部に続く穴は、どこでしょうかね」
足もとを蹴って視界を広げつつ、ロナたち五人は周囲を探る。
ここで、聞き覚えのない声が突然響いた。
「こっから入れ……五人組」
声のしたほうに目を向けると――遠くで光がともった。
ロナたちは、そちらに近づく。
光のなかに人がいた。
彼は右目の位置する箇所に、サン・クッキーをはめ込んでいた。
その右目のサン・クッキーが、まばゆく光っているのだ。
さらに……彼の立つ場所のすぐ横に、やや小さな穴があいている。
「パスポートを見せな」
隻眼の男がそう言って、右手を差し出す。
ロナは、関所で渡された小冊子を提示する。
彼は表紙を左目で確認しつつ、つまんだ。
「はなせ。よく見えん」
「……見づらいなら、わたしが手を使って、あなたの目の前に移動させれば済みます」
ロナは、にらんでくる彼をにらみ返す。
「確かにわたしは関所で、警察のかたにこれを見せるよう言われました。でも、あなたが警察という証拠は、現状ありません。ここで無警戒に手をはなして小冊子を渡した場合……奪われるかもしれません。そうなればパスポートを失い、わたしたちの旅は即終了。だからわたしは絶対に手をはなしません。……そういうわけで、ご不便をおかけします。すみませんね」
「く……くく。合格だ」
隻眼の彼は愉快そうに身を震わせ、小冊子から手をどけた。
「これも試験の一環というわけさ。不用意に俺へとパスを手渡してたら、強制送還してたとこだぜ」
……ロナやピックたちは、なんとなく……この展開を予想していた。
なぜなら例の男女の門番は関所の通過をみとめた一方で、「合格」だけは明言していなかったから。
ともあれ合格を言い渡した男が、そばにあいた穴を指差す。
「……入んな。ココア・サン・クッキーのなかに」
かくして五人は、その穴に順に飛び込む。
やや小さな穴なので、一人ずつ入る。
ゼライド、クエン、ヤマメが穴を通過したあとで――。
ロナの順番になった。
彼女はすぐに穴に飛び込まず、ピックへと笑みを向けた。
「ピックおじさん……」
「なんですか」
「わたし、成長しましたよね」
「そうだと思いますが、なぜ今それにふれるのです」
「いえ……旅を始めたときのわたしだったら、さっきの時点でパスポートをあっさり失っていただろうなって思いまして。いろんなガス・ホイップと戦ったり……殺されそうになったり……みなさんの生き方にふれたりしたおかげで、すっかり垢抜けちゃったみたいです」
ロナが不敵に口角を上げる。
「ピックおじさん、わたしのこと……あらためて『お嬢さん』って言えないでしょう」
「では、そろそろ」
ピックも、口もとを不気味に崩す。
「……ロナさんのことを『リーダー』とでも呼びましょうかね」
「それは遠慮します!」
ついでロナは、穴のへりを回りながら言う。
「思えば、ついに世界の中心のココア・サン・クッキーに到達したんですね。ほかのみんなにも感謝していますが、一番は……ずっと一緒にいてくれたピックさんに『ありがとう』と言いたいです。そしてどうか、今までどおりで……いてください。呼び方なんて、ロナさんでいいんです……。わたしもピックさんのこと、ピックおじさんって言い続けますのでね!」
「ロナさん……」
ピックが目を細める。
「……とりあえず早く、穴に入ってくれません?」




