死なないための
「――わたしたちも意地悪で言っているのではありません」
ココア・サン・クッキーの入り口の関所を守る門番二人が、はきはきとした声を出す。
「中途半端な実力でココア内部に入れば、普通は死にます。この関所をくぐった先のガス・ホイップは、それほどに厄介です。ゆえに試験をおこない……力なき者をはじくのです」
ついで門番は、ロナたち一行を別室に連れていく。
♢♢♢
ロナ、ピック、ゼライド、クエン、ヤマメが連れていかれたのは――。
明るい光で照らされた、薄い灰色の部屋だった。
正三角形のアース・パイ四枚を組み合わせた、正四面体のかたちである。
この立体のそれぞれの辺にサン・クッキーがうめ込まれ、発光しているようだ。
「これからあなたがたには、この部屋に五千秒だけ籠もってもらいます」
門番の男女は交互に口をひらき、試験の説明をおこなう。
「そのあいだ、正四面体の四つの頂点からガス・ホイップが出現し続けます。種類は、ココア内部に生息する代表的なもの。……ようは、そのホイップたちをすべて処理してくださいって話です。ただし、誰か一人でも落命しそうになった場合は、わたしたちが助けます。そして全員失格です」
「すいませーん……」
ここでヤマメが手を挙げて質問する。
「死にそうになったヤツが落ちるのはわかるけど、なんでそいつのせいで全員が巻き添えになるんですかね」
「全員で生き残る準備もせず仲間をほいほい死地に送る者は、たとえ自分が生き延びることができてもドクズでしかありません。逃げ道の多いココア内部に、そんな危険な人物を放つわけには、いきません」
そう淡々と口にした門番は、正四面体の一面に設けられた三角形の扉をひらき、部屋の外に出た。
扉を少しあけた状態で、外から五人に注意点を伝える。
「どなたかが、この扉をあけてもアウトです……。では、扉を閉めて百秒後にスタートですので、できるものなら、ごゆっくり」
直後、緩やかに扉が閉じる。
正四面体の部屋に残されたロナは、まずヤマメとクエンに声をかけた。
「わかっているとは思いますけど、わたしをココア・サン・クッキー内部に入らせないために、わざと失格になるようなマネは……」
「しませんよ」
ハンドガンと単眼鏡を上着から取り出しつつ、クエンが断言する。
「ゴールに着くまで旅を妨害しないと約束していますから」
「あたしもクエンおじさまと同じ立場ね」
ヤマメが、緑の鎖鎌を構える。
「……あと、ロナ。この場ではあんたがリーダーみたいなものだから、そんなにビクビクすることないって。ロナはゼライドくんを雇うピックくんの……雇い主にしてお客さまなんでしょ? そんで、あたしとおじさまは……あんたをしばらく監視してるだけだし」
かなりの早口で言いきった。
そしてヤマメが、声の速さを通常のものに戻す。
「そういうわけでロナちゃんさあ……『立ち位置』はどうすんの。この部屋の正四面体を構成するアース・パイは四枚。それぞれのゆかに一人ずつ立ったら、五ひく四で一人余るよね。その人には真ん中に浮いてもらうのが、いいんじゃない? ハンガーを使ってさ」
「……うん、全体を見通し、状況に応じて攻撃や指示をおこなえる人が適任だろうね」
ヤマメにそう伝えたあと、ロナは赤毛の青年に目を向ける。
「その役目を、ピックおじさんにお願いしたいと思います。オクトパスに乗ったまま戦ってください。適宜、スクイードで味方の攻撃を支援し、必要なら回避などの指示も出してもらえますか」
「はい」
返事をしたピックは、赤いブーメラン・オクトパスを放り投げた。
それに二本の足を乗せ、内蔵されたハンガーを刺激……。
正四面体の中心で停止する。
白いブーメラン・スクイードを軽く飛ばしつつ、足もとのオクトパスをさまざまな方向にかたむける。
一方……ロナ、ゼライド、クエン、ヤマメは正四面体を構成する四つのアース・パイに直立した。
正三角形のパイ一枚につき、一人が立つ。
四枚のパイが、それぞれに重力を働かせる。
よって四人の頭が、部屋の空中に浮くピックに向けられる。
なお、扉が設置されているアース・パイの面はゼライドが担当する。
ゼライドは、ゆかの扉をガスのクッションで固め、誤ってひらいてしまわないよう対策してくれた。
正四面体の各頂点から空気が送り込まれているので、呼吸に支障はない……。
宙で体を回転させながら、ピックが静かに伝える。
「互いが互いを助けることになると予想されますが、いちいちお礼や謝罪は言わないようにしましょう。挨拶の最中をねらわれて死んでは意味がありませんし……。ともあれ、試験開始のようですね……」
ピックが言葉を切ると共に、室内に小気味いい音が響く。
ちょうどそのとき、部屋の四つの頂点からガス・ホイップが排出されたのだ。
シーラカンス型のホイップ計四体が、異なる頂点から一体ずつ……茶色のガスを噴出させながら姿を現した。
……それぞれ違うパイに立つ四人は、全員が違う頂点のほうを向いていた。
各自、正面の敵に専念する作戦だ。
風車と野球ボール大の石……スプレー缶のガスボンベ二つ……単眼鏡とハンドガン……緑の鎖鎌……めいめいの得物がうなりを上げてガス・ホイップに迫る。
が、シーラカンス型は妙に素早かった。
体を柔らかく曲げ、悠々と身をひるがえす。
結果、クエン以外の三人が攻撃を外した。
しかも四つの各頂点から、十秒もたたずに新たなガス・ホイップが現れる。
今度はアンモナイト型である。
やはり、一つの頂点につき一体が出現する。
巻き貝のような殻で防御しながら、複数の触手を伸ばしてくる。
「――ロナさん、下がってください!」
頭上からピックの声を聞いたロナは、ゆかを蹴って後退する。
瞬間。
ロナの目の前のシーラカンス型ホイップを、白いブーメランが破裂させた。
ついでピックは、ゼライドにも「下がるように」と指示を出した。
フリスビーをぶつけて白いブーメラン・スクイードの軌道を変え、ゼライドを襲おうとしていたシーラカンス型をも爆発させる。
なおヤマメは……クエンに後れて、単独でシーラカンス型を鎌で撃破したところだった。
そしてアンモナイト型に続き――。
大量の小型イワシのガス・ホイップまでもが室内に出現する。
イワシ型に関しては一体ずつではなく、四つの各頂点から数えきれないほど飛び出している。
「――ゼライドさん!」
ピックが声を荒らげる。
「あなたが担当する頂点はわたしが引き受けますので、大量の敵に対抗できるホイップを出して四方に散らしてください!」
「いいよ、ピックくん!」
うなずきつつゼライドは両手のボンベのダイヤルを回して、ガスを噴射。
そこから出てきたのは、ピラニアだった。
無の空域の沼地にいたピラニア型のガス・ホイップである。
これを自分のまわりに、次々と出現させる。
「さすがにイワシの数には匹敵しないが、四百匹ほど出して、各頂点に百匹ずつ送る!」
室内の全員に聞こえる声でゼライドがさけぶ。
しかしゼライドに、アンモナイトのホイップが接近する。
ピックは手もとに帰ってきたスクイードを、次から次へと出現するイワシのガス・ホイップに向かって投げている。
イワシ型のガスは容易にはじけるものの、数が違いすぎる……。
それでもピックは、ひるまずにフリスビーをも飛ばして……ゼライドに迫るアンモナイト型をけん制した。
――と同時に。
ゼライドの斜め後ろから、カマキリの腕に似た緑の鎌が飛んできた。
「あたしの鎌、二つなんで! サポートできるなら横やりも入れるよ!」
鎌を飛ばしたのは、ゼライドとは違う面に立つヤマメ。
その鎖鎌「カマキリ」とピックのフリスビーに挟撃されたアンモナイト型は爆発。
ヤマメはすぐに鎖を引っ張って鎌を回収する。
その戻る勢いを利用して――。
ヤマメ自身の前を漂っていたアンモナイト型に鎌を直撃させ……その敵を粉砕した。
ここで、ゼライドが大声を上げる。
「俺も、数がそろったから飛ばす!」
彼のまわりには、四百匹のピラニア型ガス・ホイップが渦巻くように飛んでいた。
ゼライドは首を大きく回し、正四面体の四つの頂点めがけてボンベから無色のガスを噴出させた。
ロナのもとにも、それは来た。
すっぱいにおいが鼻孔をなでた。
この酸味の混ざった臭気に引き寄せられるように……ピラニア型の群れが百匹ずつに分かれて、各頂点に移動する。
四つのアース・パイそれぞれの重力に身を任せた計四百のピラニアたちが、各頂点から湧き続けるイワシ型のホイップの大群に襲いかかる。
ピラニア型は待ち伏せたり背後に回り込んだりして敵をかみ、イワシ型ガス・ホイップを霧散させていく。
一方、まだ生き残っていたアンモナイト型の一体がロナに触手を伸ばしてきた。
が、すぐにそれは沈んだ。
上方から二発の銃弾が落ちたのだ。
アンモナイト型の殻にヒビが入った。
イカのような弾力を持つ部分が歪曲し、はじけ飛んだ。
ハンドガンを持つクエンが、ロナを助けたようだ。
ロナは心のなかで礼を言いつつ、得物の風車を蹴飛ばした。
その羽根でアンモナイト型を切り裂く。
(……クエンさんもゼライドさんもヤマメちゃんもピックおじさんも、誰かのサポートをしながら戦闘をこなしてる。わたしもみんなを助けたいけど、今は変な欲を出さずに自分の担当箇所に集中することが肝要……!)
自分の立つアース・パイの一面を踏み締め、ロナは目の前の一つの頂点に視線を向ける。
ゼライドの送ったピラニア型の動きを阻害しないように注意しながら……。
イワシ型の大群と、あとから現れたガス・ホイップたちに、野球ボール大の石を投げ当てる。
♢♢♢
こうして、正四面体の部屋の四つの面それぞれに立つ四人と、中央に浮く一人は――。
その「立ち位置」を守りつつ、なかば乱戦とも言える状況を着実に切り抜けていった。




