表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/44

むきだしのハンガー

 町を去ったロナたち一行(いっこう)は、ココア・サン・クッキーの()(ぐち)関所(せきしょ)目指(めざ)して赤の空域(くういき)を進む。


 地図を見ながら、アース・パイからアース・パイに()(うつ)る。


 赤の空域のアース・パイは赤茶(あかちゃ)けた岩石。

 地面に立つと、熱が伝わる。


 ……パイの公道の周辺に、赤っぽい雲が()いていることもある。

 その雲から雨がふったときは、温水(おんすい)が周囲のアース・パイに向かって花火のように放射(ほうしゃ)される。



 道中(どうちゅう)では相変(あいか)わらず、人を(おそ)非生物(ひせいぶつ)「ガス・ホイップ」が多く出現した。


 しかしロナの体感では、無の空域や青の空域のときよりも(てき)(つよ)くなっている。

 大きなハサミを持つカニ(がた)や、高速で(ちゅう)を泳ぐマグロ型などに翻弄(ほんろう)される。


「あれ……?」


 野球ボール(だい)の石「ポニー」を十回投げてようやくマグロ型ホイップを(たお)したロナが、(かた)上下(じょうげ)させつつ、こぼす。


「ここのガス・ホイップって、こんなに()()()()んですか。赤の空域には、(つよ)いホイップがたくさんいるんですね」


「……そう思えるのは、ロナちゃんが(つよ)くなったからだろな」


 ガス・ホイップの専門家(せんもんか)とも言えるゼライドが、ロナに教える。


「より(つよ)いホイップは、より強い相手(あいて)攻撃(こうげき)衝動(しょうどう)を向けやすいんだ。かつ、弱いホイップは格上(かくうえ)にあまり手を出さない。……どの空域にもヤバいガス・ホイップと雑魚(ざこ)ホイップの両方がいるけど、どっちに遭遇(そうぐう)しやすいかは本人の実力(じつりょく)次第(しだい)だぜ。今のレベルアップしたロナちゃんが無の空域や青の空域に(もど)ったら、もっと(つよ)いホイップと戦えるよ」


「……なんか、わかりました」


 ポニーに取り付けられたヒモを、ロナが軽く回す。


「ゼライドさんと出会う前――無の空域でピックおじさんと追いかけっこしたあとボス・ガス・ホイップに(おそ)われたことがあるんですけど……思えばこれも、ピックさんという強者(きょうしゃ)にあのザリガニ型ホイップが引き寄せられた結果だったんですねー」


「……世界って、なかなかバランスとれてるだろ? (つよ)いやつほど、強いガス・ホイップと戦わなくちゃならないから」


 ここでゼライドが、視線を左の空中に向ける。


「……あ、ハンガーがあっちに()いてる。ちょっと取ってくるわ」



 ゼライドは、ピックと同じく鉱物(こうぶつ)を収集・販売(はんばい)する採鉱師マイナーだ。


 ピックはアース・パイとサン・クッキーを専門的に(あつか)うが、ゼライドはそれらだけでなく「ハンガー」も販売する。


 物体を空中に固定するハンガーは、ほとんどがガスで構成されるこの世界で真価(しんか)発揮(はっき)する。


 重力を発生させるアース・パイを、足場なき空間に配置することができるのもハンガーのおかげだ。

 だから……さまざまな()()()()の道があるし、町もある。


 なおハンガーという名前は、衣服を引っかけるハンガーを語源(ごげん)とする。

 おそらく昔年(せきねん)人々(ひとびと)は、物体を(ちゅう)に引っかけるイメージからハンガーという単語を連想したのだと思われる。



 ともあれゼライドは、視線を向けた空中に身を投げ出す。

 左上半身(ひだりじょうはんしん)をおおうスカーフからボンベを出し、(した)噴射(ふんしゃ)する。


 トンネルでも出現させていた大きなアメーバ型のガス・ホイップを複数(ふくすう)発生させる。

 ガス・ホイップたちは(たが)いにつながり、(からだ)()ばした。


 そうして、橋のような足場となる。

 ゼライドはこの橋を進み、ハンガーで固定されていない小さなアース・パイに近づいた。


 浮遊(ふゆう)するパイのそばに、クギ型の鉱物が(ただよ)っている。


 それをつかむ。


 そんなに大きくはないハンガーが、パイの(かげ)(かく)れていたのだ。

 銀灰色(ぎんかいしょく)のそれを持って橋を引き返し、ゼライドがロナたち四人の歩くアース・パイに(もど)る。


 アメーバ型のガス・ホイップの破裂(はれつ)する(おと)を聞きながら……。

 歩きつつ、ハンガーをリュックにしまうゼライド。


 (かれ)を見て、ロナが再び(くち)をひらく。


「わたしもピックさんへの支払(しはら)いのために、(ちゅう)()くパイのガレキを合法的に集めたりしてますが……むきだしのハンガーにお()にかかったのは(はじ)めてです」


 首を回して、周辺の空中を確認する……。


「赤の空域には、手付(てつ)かずのハンガーが()らばっているのでしょうか」


「うんにゃ、(ちが)うよ」


 ゼライドが首を左右に振る。


「その点に関しては、ピックくんも答えられるんじゃね?」


「……ロナさん」


 ゼライドの言葉を()ぎ、ピックが自身の赤毛をなでる。


「むきだしのハンガーは見つけたら回収するのが暗黙(あんもく)のルールなのです。もちろん、公共の道や町などを固定するハンガーを(うば)うのは、犯罪(はんざい)ですが」


 ロナと目を合わせ、ピックは続ける。


「むきだしのハンガーを放置すると、元々(もともと)固定されていたアース・パイやサン・クッキーの位置やかたむきを変えるかもしれません。だから見つけたら基本的に(そく)回収です」


「位置やかたむきを変えるとは、どういうことです。ピックさん」


「クッキーと同じで、ハンガーは刺激(しげき)を受けてオンオフを切り()えます。固定機能(きのう)がオフ状態のハンガーが移動し、既存(きそん)の固定パイに付着(ふちゃく)することもありえます」


 ピックは右の人差し指を、左手の(ひら)に当てた。

 その手の平をかたむける。


「ここでアース・パイが、ずれたとします。このタイミングで、新しく付着したハンガーがオンになれば、ずれた状態でパイが固定されることになります」


「理解が追いついてきました」


 納得(なっとく)したようにロナがうなずく。


「アース・パイに発生する(ひと)(ひと)つのずれが小さくても、余計なハンガーによる悪影響(あくえいきょう)が積み重なれば、ずれの蓄積(ちくせき)は大きなゆがみに成長する……結果、パイでできた道や村や町の崩壊(ほうかい)を引き起こしかねない……というわけですね。だからむきだしのハンガーが放置されることはなく、パイに比べてハンガーをじかに見かける機会も少ないと……」


「はい。それゆえハンガーよりもパイやクッキーのほうが身近(みぢか)であり……したがってこの二種(にしゅ)専門的(せんもんてき)に売るほうが()()()()()()


 そしてピックはロナから視線を(はず)し、やや上を向いた。


「とはいえハンガーは心理的に大きなものですよ。アース・パイ、サン・クッキー、ハンガー……わたしたちの生活に必要な三大鉱物(さんだいこうぶつ)……このなかで(ひと)つを選び取るならば、わたしはハンガーを選びます。いくら足場や光熱(こうねつ)があっても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……わたしはクッキーが一番(いちばん)ですね」


 ロナは手に持っている石「ポニー」をたたき、光らせる。


「――暗いと、なにも()えないので」


(おれ)はパイがいいな。分け合う(さい)に、わかりやすい」


 ピックとロナの発言を受け、ゼライドも話題に乗った。


 さらにヤマメとクエンも(じゅん)(この)みを明かす……。


「あたしもパイ優先かなー。足をつける地面がないと、(いえ)()たないじゃん」


「ちなみに(ぼく)はロナさんと同じサン・クッキー()です」


 こんな取るに()らない雑談(ざつだん)()わしつつ――。

 五人は、ココア・サン・クッキーの()(ぐち)に近づいていた。


♢♢♢


 この星の中心に位置する超巨大(ちょうきょだい)岩石「ココア・サン・クッキ―」は、世界に光と熱をもたらす。


 一定(いってい)(ゆる)やかなリズムで消灯(しょうとう)点灯(てんとう)をくりかえすので、世界に住むあらゆる生き物に「時間」を(あた)えているとも言える。


 またココア・クッキーには、大気(たいき)を世界にとどめるという役割(やくわり)もある。

 星の持つ引力(いんりょく)としては弱いものの、そのおかげで人々(ひとびと)もほかの生き物も呼吸(こきゅう)できる。生きていける。


 かつて「太陽(たいよう)」と呼ばれた星があったが……。

 その太陽の変化(へんか)した姿が、ピックやロナの生きるこの世界である。


 あまりにも長い時間が経過して縮小(しゅくしょう)した恒星(こうせい)が、大きな岩石「ココア・サン・クッキー」となって……往古(おうこ)の光熱のほんの一部(いちぶ)()らし続けている。


 ここから()けた小さな石が、いわゆる「サン・クッキー」として人々の生活に使われる。


 ココアは自転も公転もせず、不動のまま。

 ただただ宇宙(うちゅう)に、ぶら()がる……。



 ピック、ロナ、ゼライド、クエン、ヤマメは――。

 そんなココア・サン・クッキーの入り口として(もう)けられた関所(せきしょ)の前に来た。


 (いろ)あせた景観の関所だ。

 全体的に灰色であり、派手(はで)さはない。


 関所の門を通過する。

 その(おく)には、大量の円柱(えんちゅう)が立っていた。


 関所自体はあまり大きな建物ではないし、それを()せるアース・パイも小さい。

 物理的には関所の外側から(まわ)()んでココア・クッキーに(はい)ることも可能だが……それをやれば不法(ふほう)侵入(しんにゅう)捕縛(ほばく)される。



 五人は、灰色の円柱の林を()ける。


 すると、一人(ひとり)の女と一人(ひとり)の男が現れた。

 どちらも、灰色の制服を身にまとっている。


 二人は、政府から派遣(はけん)された「門番(もんばん)」である。


 その二人組(ふたりぐみ)が、ロナたち五人を関所(ない)の建物に案内(あんない)する。


 建物(ない)では、全員のボディと荷物のチェック……そして感染症(かんせんしょう)検査(けんさ)実施(じっし)された。

 空域(くういき)境界線(きょうかいせん)にある通常の関所よりも入念(にゅうねん)なチェックだった。


 (からだ)と服のあちこちを軽くつねられた。荷物を(ひと)つ残らずシートの(うえ)(なら)べるよう指示された。

 この世界には政府が指定する感染症(かんせんしょう)が十七あるのだが……(かく)感染症について、その有無(うむ)徹底的(てっていてき)に検査された。


 銀行のカードの提示も求められ、犯罪歴(はんざいれき)がないかも調べられた。



 ……今からピックやロナたちは、ハンガームーンを求めてココア・サン・クッキー内部に(はい)ろうとしている。

 そこは、通常の空域とは(こと)なる一種(いっしゅ)閉鎖(へいさ)空間でもある。


 その環境(かんきょう)をよりよいものに(たも)つため、危険物(きけんぶつ)の持ち()みや犯罪者(はんざいしゃ)侵入(しんにゅう)(とう)を政府は絶対的に阻止(そし)しているのだ。


♢♢♢


 一連(いちれん)のチェックは半日(はんにち)以上に(およ)んだ。

 五人全員、「問題なし」との(ひょう)()た。


 次に門番の二人組はピックやロナたち全員を椅子(いす)(すわ)らせ、質問する。


一人(ひとり)ずつ、ココア・サン・クッキー内部に(はい)る理由をお聞かせください」


()()()()()()()()()()()()()


 ハンガームーンの名を()()()()()()()()ピックが()う。


「ココアを(おとず)れたのは、旅の一環(いっかん)ですね。自分のよりどころが、ここにあるのではないかと……なんとなく期待してもいます。それと」


 ピックは、左隣(ひだりどなり)椅子(いす)(すわ)るロナをちらりと見る。


「こちらの金髪(きんぱつ)彼女(かのじょ)……ロナさんに(やと)われているから同行している(めん)もあります」


(かれ)の言葉は真実(しんじつ)です」


 ロナが、ピックに続いて(くち)をひらく。


一人(ひとり)では(こころ)もとない旅でしたから、わたしはピックさんの(うで)を買ったんです」


 真意をほどほどに(かく)しつつ、ロナが言葉を続ける。


「わたし自身は、ココア内部のハンガームーンをひと()だけでも見たくて、やってきた次第(しだい)……なんですが、聞けばハンガームーンは見つかっていないとのこと……でも、せっかくここまで来たからには、()()()()()()()()()


「わかりました」


 門番二人は、うなずいた。

 ついでゼライド、ヤマメ、クエンにも「ココア内部に(はい)る理由」を(たず)ねる。


 三人が、順番に答える。


(おれ)はピックくんに……赤毛の(かれ)()()()()()()()、ここにいます」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あたしは一緒(いっしょ)に行動しています」


(ぼく)も同じです。()()()()()()()()()()()()()()()……見守らなければなりません」



 ……以上の発言から、門番は思っただろう。「お金持ちの金髪(きんぱつ)(じょう)さま一人(ひとり)と、そのわがままに付き合わされた(あわ)れな四人の一行(いっこう)(おとず)れた」と。


 門番たちはロナを見つめる。


「ココア内部での滞在(たいざい)期間は、何日を予定しています?」


「とりあえず一年(いちねん)です」


「法律では、みとめられていますが……なぜ観光にそこまで時間を()くのです」


「ちょっと実家でゴタゴタがありましてね。親からは『しばらく帰ってくるな』と言われました。だから観光がてら、一年で頭を冷やすんです。といっても、あんまりココアが(きび)しい場所なら()()()()()()()()()()()()別の場所に()きますけれど。その場合は三十日もたたず、この関所(せきしょ)(もど)ってくるかもしれませんね」


「そうですか」


 追及(ついきゅう)することなく、門番二人は粛々(しゅくしゅく)()う。


「では最後に試験をおこないます。()()()()()()()()()()()()

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ